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恵慈の心は小躍りをしていた。

 

(カズメちゃん、驚くかな)  

 

帰宅していく人々で混み合う電車の中。

片手でつり革を掴んで体勢保ちながら、空いた方の手で持っている小さな花束をちらりと見やる。

先程、乗換で通りかかる所謂「エキナカ」の花屋で買ったものだ。

 

――やっぱり、オメデタだって――  

 

産婦人科の待合室で俯き気味に呟く彼女の姿が浮かぶ。  

 

妻の一芽が、初めての子を妊娠した。

重ねて今日、恵慈たちは三回目の結婚記念日を迎えた。

連日の残業でなかなか一緒に過ごせないことへの申し訳なさもあり、恵慈は何か彼女に送りたいと思っていたところだった。

 

――今日ちょうど、入ってきたんですよ――  

 

花屋の女性の店員が教えてくれた。

 

――今がちょうど時期の花で、香りがとても良いんです。男性の方もよく買っていかれるんですよ――

 

花のことはよく知らなかった恵慈だったが、その店員の話を聴いて、この花のことは少しだけ覚えた。

 

名前は、ガーデニア。

薔薇にも見えるけれど、枝に棘はない。

切り花にすると花持ちが短い、というのが難点だ。  

 

男性も買っていく、というのにも理由があるようだ。

花屋の店員が言っていた。  

 

花言葉と、その由来。  

 

それに倣ってこの花を一芽に送ってみようと、恵慈は思った。

ついでに、伝えにくい彼女への想いも、花言葉に乗せて伝えられたら……。  

 

 

 

ところが、夫婦というのは、そう簡単なものではないらしい。

 

 

 

「……は?」  悪阻が酷いために仕事を休み、ベッドで横になっていた一芽は、恵慈の差し出した花束を見て顔をしかめた。

 

「ケイちゃん……今、何時」  

 

その問いに、腕時計を見て答える。

 

「えっと、十時、ちょっと前」

「残業、してきたんだよね。連絡くれたもんね」

「うん」

「私が今日、気分悪くて仕事休んだの、知ってたよね」

「うん」

「で、今日が結婚記念日だっていうことも、分かっていた」

「うん」  

 

一芽は「はぁーっ」と大きなため息をついた。  

 

恵慈は不安で仕方がなかった。

何か良くないことをしていたらしい。

 

(何だろう、何だろう)  

 

原因を探ろうと一生懸命考えてみるが、頭が上手く回らない。  

 

一芽が口を開く。

 

「花を買ってくる時間があるなら、少しでも早く帰ってこれなかった? 私、本当にしんどくて、家のこと何もできてないんだ」

「あ……」  

 

体調の悪い一芽にとっては、花束を貰うよりも現実的な「家事」という行動の方がありがたかったらしい。

 

「……ごめん」  

 

恵慈は「すぐ、やるから」と小さな声で伝えて立ち上がった。

 

(……あ)  

 

片手にはまだ、ガーデニアの花束。  

 

こんなもの、という思いがちらりと掠めたが、恵慈は小さく首を振った。

花束に罪はない。

それに、早く生けなければ。

この切り花はただでさえ命が短いのだ。

恵慈は、一芽にまた叱られる前に、こっそりと花束を花瓶に生けておくことにした。  

 

結婚して三年。

どうも最近、妻とすれ違うことが増えてきた。

 

(結婚する前は、どうやって彼女と関わっていたんだっけ)

 

そのようなことをよく考える。  

 

すれ違う最中で、一芽は妊娠した。

これをきっかけにまた、二人で楽しく暮らすことができたら……。

しかしそれは、甘い考えなのかもしれない。

このままでは、ぎくしゃくした両親の狭間で、生まれてくる子どもが苦しむことになる。

それは避けたい。

 

(どうしたらいいの……)  

 

花を挿した花瓶を見ながら、口の中で呟く。  

 

恵慈は焦っていた。  

 

 

 

 

 

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