本当の理由?

「良い本だね…やるわ芝居…」
Aさんの出演オッケーの返事を貰った
「ありがとうございます宜しくお願いします近いうち顔合わせ的なことをやりますのでよろしくお願いします…」
思わず公衆電話の受話器を握る手がギュッとなった…かなり台本気に入ってくれたようだった
しかし本当にそれだけで
アレだけTさんとの共演嫌がってたのなに…
いくら本が良かったとは言え…
「ただ一つだけちょいと注意しといて欲しいって言うかさ…」
「はい…なんです?」
「Tってさ芝居に対してそのなんて言うかさストイックって言うかさ自己中って言うかさ
要はその芝居の作り方とかで演出に対しても自分の考え方と違うって言うか納得出来ないと
平気で文句を言うタイプだからさ…その辺り気をつけた方がいいかなって…」
なるほど…
Aさんがオッケーしなかった理由ってのは対TさんってよりかはTさんと自分や他の役者達との葛藤をまとめたりするのが厄介だと思ったのかなぁ?
「そうなんですね…分かりました」
「アイツも大した経験有るわけじゃないんだけど
ガラに気に入って貰ってるって思ってるから調子に乗るかもだからさ…それとガラが劇団とかやって来た経験が無いと思ってるから上から目線で来るからさ(笑)まぁヤバそうになれば俺が間に入るけどさまぁそういうワケだから上手くやってよ!」
「はい!分かりましたありがとうございます
じゃあまた顔合わせとか何かあったらまた連絡しますのでよろしくお願いします」
公衆電話ボックスの扉を開けると冷たい風が吹き込んで来た
「ウッさみいなぁ!」

劇団運営の経験値か…
確かにそれに関してはど素人レベルだけどネ

あとは今思うに
芝居を始めて10年くらいってのが一番尖ってくるお年頃なんだよね?所謂天狗って奴でさ(笑)
なのでそれぞれに妙なやり方やプライドに固執してくるんだよね?
勿論そいつの性格ってのもあるけどネ!
まっ要するに融通が効くか否かって奴かね?
柔軟性だよね?

そこのやり方や芝居にどれだけ従順に貢献できるか否か…
この芝居なら自分の客を呼べるとか否か?(笑)
中々にシビアなワケだけど
如何に面白く交通整理していくのが演出家って奴だもんね?(微笑)
自分自身にとってもこの芝居 舞台 公演は
勝負なワケでやり甲斐満点
やるっきゃない!ってネ!
さてと
あとは他の役者さんやスタッフさんに確認とりつつの顔合わせのセッティングだな…

何も無かった
有るのは15歳からの役者修行の僅か10年ちょっとの経験しかない
金も無い
作り手としての知識や経験も前の劇団で支える側の僅かな知識だけ
本当に何も無かった

ただ一つだけ有るとしたら
毎度毎度の口癖の
根拠のない自信と情熱だけだった

今更ながら思うことが有る
誰でも最初は素人で何も無くて何も出来ない
ただ
その時迄の経験値とそれをやる時の環境はかなり大きい
例えば本当にゼロからのスタートと自分みたいに演者としてやりながらも現場の流れや空気感的なモノを肌で感じることが出来る環境にいることが出来たのでは全く違うし
そう言う意味ではあとは兎に角やってみろって事になる?
失敗して恥かいて学習して…
その失敗や反省は自分の為にはなるかもだが
まわりの役者やスタッフさんに対する精神的な痛みは拭えない事になるかもだ…
劇団やプロデュースなどチームを作ってなんらかのモノを作るっていうのは責任ってもんが重くのしかかってくる

一人じゃ出来ないからね…

ただこん時の自分はそんな殊勝な事は微塵子のケツの穴ほども思ってなかったのよ(笑)
当たり前だよ!
やる前から失敗すること考えてどうするんだよってネ!
さっきも言ったけど
こん時の自分には煮えたぎるほどの根拠のない自信と情熱だけはヒト100倍はあった

絶対にいける
イヤ
いかないといけない
イヤ
じゃないとコレだけのメンバーは揃わない
失敗する為に集まる馬鹿が何処にいる⁈

兎に角こん時の自分にはまだ見ぬスポットライトが眩いばかりに目ん玉の奥に熱く突き刺さっていた
いける!
絶対に!

楽しかった
熱かった!
いつしかそのスポットライトの光は目ん玉を突き抜けて琥珀色したジョッキを照らしていた

「乾杯!」
そしてついにこの日を迎える事が出来た
この日がやって来た
どっちの物言いがあってるかはわからないけど
ビールが美味い!






そして……