早くやりたいのに…

アナタには有りますか?
早くやりたいのに一分でも良いから時が来ないことを望む…みたいな?
この時ほどその思いを痛感したことはなかったネ
でもないか?
好きなヒトが出来て告白して
その結果発表を聞く日がやって来て早く
結果を知りたいけど
それを聞くのが怖くて好きなはずなのに逃げ出したくなる的な(笑)

電車はそんな切ない思いとは裏腹に
こんな時に限って順調に時刻表通りに劇場のある江古田駅に着いた
然も途中駅からバスなのにほぼ時刻表通りに
着いたのだバスなのに(笑)

劇場は前にも書いたかもだが江古田駅前に有る
一階にフルーツショップが入った古びたビルの五階にある
普通ならエレベーターとかが入っててもおかしくないのだが何せ当時ですら築50年は経っているとのことでまだ諸々の法律が緩かったみたい…
なので階段で五階まで徒歩で上がっていく
古びた踊り場にコンクリートの壁
ビルの入り口迄来た時その今にも剥げ落ちそうな壁を伝って「おはようございます!」
の元気そうな声がエコーして耳に入って来た

もしやこの声は
自分らより若干早く入ったH君の小屋入りの挨拶の声だった
五階から一階迄まるで糸電話のように聞こえた
まさか
五階から一階迄聞こえるか?

気のせいか?
願望が幻聴を招いたのか?

「ねえ今のH君の声じゃない?」
えっ?彼女も幻聴?んなワケないか
「だよな」

間違いない
その思いを胸に一歩一歩階段を登っていく

「おはようございます!」






そして……


3日目
彼女の台所からの日常音で目が覚めた

まあまあ飲んでしまった…
H君に対しての自戒の念が(笑)
イヤ笑っている場合ではなく
これは願掛けみたいなもので然も初日打ち上げで調子に乗って飲ませてしまった自分への
戒めなので出来うれば飲まない方が良く…

ただ
酒というモノは神代の頃より
神事の際には身を清める大切なアイテムなワケで…(笑)
何を言っても言い訳になる事は承知ですが
やはり師であるはな太郎曰く
「芝居なんて飲まなきゃやってられないよ!」
の精神に則って飲んでしまいました(笑)
この時ほど由利徹 はな太郎一門の性を恨んだことは御座いません
などと心にも無い御託はこのくらいにして

H君の復活を祈りつつ朝の身支度を整える
この時代に携帯電話があればネ
ウチは家電話があるがまだこの頃は家電話がある奴は少なかったネ
よって何かあっても連絡が取れないのがもどかしかった…
何かあればウチに公衆電話から連絡を入れてくれる段取りでもし自分が外出していても外から留守番電話を聞けるシステムを利用して
なんとか事を運んだ

今のところH君からの連絡はなかった

声が出ることが当たり前だとは思っていなかったがこれほどに有り難く切ないモノだとは…

「H君大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うけど…」
無責任にそう言うしかなかった
彼女は自分がどう言うのか試したのか?
それともただの社交辞令でこの時のトピックスNo.1だったから言っただけなのか?
にしても何か策は講じないことには不味いかもだが…
昨日考えた弁士作戦しか思いつかなかった
「もし声が出なかったらどうするの?」
今思っていたのに…
「弁士作戦?」
また言われた(笑)

「今のところは…まっ劇場行ってみて最悪はAさん達と相談するしかないよね…」

彼女の入れてくれたインスタントコーヒーを
啜りながらタバコに火をつけた
紫炎の先に劇場のスポットライトを浮かべながらこんな事を思った

もしもH君の声が出たら自分はこのまま
芝居をやれる
H君の声が出なかったら自分の役者人生は
終わる
それとも全くの真逆か?
声が出なかったら公演は失敗することになるが
コレを反省材料として再挑戦するか?

「成功する迄やり続ければそれは失敗ではなく
単に経験の一つで有る」
誰かの名言が脳裏をよぎる…

タバコの火を消して最後の一口を啜りコーヒーカップを置いた

「行こうか」

昼前の駅に向かう道すがら居酒屋のマスターが
お客さんを見送っていた
「ありがとうございましたまた来て下さいね!」
ニコニコ笑ってガッチリ握手していた

随分遅くまでやってたんだな

ただその事よりマスターがニコニコ笑って握手している姿が何故か羨ましかった

何故か…
自分らも無事笑ってその日を迎える事が出来るのか?
その思いでいっぱいになった

笑って終わりたいね…


駅前はそんな自分のアンニュイな思いを他所に
日常を様々な思いを抱えてスクランブル
交差点を往来していた
様々な顔で…




そして……


ダメ出し

カーテンコールの是非とある意味並んで良く言われるのがこのダメ出しの意義だ
というかダメ出しというこの言い方だ
ダメって何?
いやぁわかるよダメなところを修正していこうって事でしょ?
ただ自分的にはこの「ダメ出し」って言葉は何か腑に落ちないのよね?
生でやってりゃ間違うことだって一つや二つはあるでしょ?
要は本人がそれを認識しているか否かを確認する作業でしょ?
よっぽどじゃない限りわかってると思うよ
たまに忘れてる時もあるけど(笑)
要は確認したいだけなら
ダメ出しじゃなくて「確認」でいいし
新たに何か変えたいなら「変更」でいい
まっ生だからお客様入れてやってみないと分からなかったところもあるだろうから多少の軌道修正は良いけど基本本番入ったらやめてほしい
だったらコメディーとしてあそこで何かできないかなぁ?とか今日はたまたまアドリブ受けたけど明日は忘れていこうとか
その程度の確認作業で充分だと思う
誰でも一つくらいは反省点はある筈
そいつを持って帰って明日やってくれれば良い
自分はそのくらいに考えているので
基本芝居終演後のダメ出しや翌日の集合時間後のダメ出しはやらない
せいぜい円陣組んだ時に「面白いので怪我しないでください」くらいしか言わないのよね

てなわけでこの日も無事終了した旨を皆と分かち合い解散した
ただH君には「早めに休んでネ喉温めて朝起きてやばかったら耳鼻科行って来てお金払うからネ!兎に角今日はお疲れ様でしたありがとう」
「お疲れ様でしたあのぅ今日は飲みには?」
「アホか」
皆大笑いした
「俺は行くよ!」Aさんがかました(笑)

兎に角今日は…
言葉が出なかった

明日
明日からまた初日…
芝居はもともと日々初日であり千穐楽なのだ
お客様にとってはもうその日しか来れない方がいらっしゃるし
その日の芝居はもう二度と出来ない
昔プロ野球の野村克也さんが言ってた
「我々はシーズン中は毎日試合があるが
お客様にとっては大切な二度とない楽しみにしていた今日の試合なのだから我々は決して手を抜くようなことがあってはいけない」

毎日が思い出になるような芝居を打たなければいけない
その為に皆一丸となって必死にその舞台を務めなければならない
何があろうとどんなに苦しくても…
自分の師であり大尊敬する由利徹の言葉に
大好きな格言が有る
「子供の涙は虹の色
     喜劇役者の涙は血の色」

「芸は軽く汗をかいてはいけない」

決してお客様の前では流してはいけない
役者の涙や汗は心で流しグッと踠いて堪えて
そうして何事もなかったかのようにサラッと
一流の芸を楽しんで頂く
それが我々の仕事だから…
あっコレは由利徹先生から学んだ持論です(笑)
おっと話が横道にそれてしまった
コレが自分のダメなところ(笑)
さぁ自分にダメを出したところで
流石に今日は飲まずに帰って鋭気を養うこととするか…
最寄りの駅に着きコンビニで缶ビールでも買って帰るか?

それとも…
「いらっしゃいませ!」
気がつくと彼女と「居酒屋青ムラサキ」に入っていた
ホントにダメな男だと
ダメを出しつつ中ジョッキを煽ってしまう

ダメなモノはダメでも
どんな時でもビールは美味い
普通?公演中は初日と千穐楽の打ち上げだけで
他の日は大抵家で風呂に入ってから軽くやって
早く寝るってのが
真面目な方々の有り様らしい?のですが
勿論我々は毎日毎日のように飲みクールダウンしてから帰るのが役者の意気地だと(笑)
我が師匠達に嫌というほど教え込まれたのです(笑)
ただこの日はH君の件があり明日は我が身と戒めようと思ったのですが…
「ええとイカの塩辛とホッケで」

「一杯だけだからね!」
彼女の声は店のBGMに溶けていった
そして自分の脳みそも…

馬鹿は死ななきゃ治らない
馬鹿は死んでも治らない
ならば
オイラは馬鹿のままでいい
ただ生きていられるなら…

明日は3日目





そして