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フランスってどんな国?

小学5年生、日仏アイノ子のフランス生活日記

2013年12月31日 火曜日

 大晦日 その2

 マッサージの後は、大掃除をした。箪笥の上を拭いて上下のトイレの掃除をした。
 そして、お正月の用意をした。鏡餅と羽子板と色々なものを飾った。
 その後は、びいちゃんとスカイプした。家にはびいちゃん、びいパパ、びいママ、ばあば、そして真紀ちゃんのお父さんとお母さんがいた。
 日本の除夜の鐘を聞いたら、お雑煮の分のお餅がないのに気が付いた。そこで、3分で餅を搗いた。暖かいもちっとした餅ができた。最後の年越し蕎麦の前に、スキーの用意をした、明日スキーに行くからだ。手袋、靴下、スキーウエア・・・
 そしていよいよ、年越しそばを食べた。蕎麦はべちゃべちゃで、どこにもコシがなかったけれども、太郎のフランスチャンピオン以外、何もいいことがなかったので当たり前だと思って美味しくいただいた。そして今から風呂に入って寝るところだ。










2013年12月31日 火曜日

 昨日はユジーヌで剣道もした。ずっとテクニックをやった。まず、鏡に向かって小手と面を各自やった。先生は一人ずつ直してくださった。そして前進後退面を踏み込みと一緒にやったりした。
 ムタルド先生の家で自家製ワッフルをご馳走していただいた。家には日本人がいた。先生の知り合いでフランスに旅行に来ていたのだった。ワッフルはとても美味しかった。

 今朝は、お母さんに30分マッサージをしてあげた。お母さんは、
「これでマッサージ機は買わなくてもいいね。」
と、笑いながら言った。今度は僕が言った。
「そうだね。この間読んだ話とおんなじだね。僕が生きているマッサージ器なんだものね。」
ぼくたちは顔を見合わせて笑った。その話とは、近所のおばさんたちの食器洗い機の話だ。一人が新しい食器洗い機を買ったのだ。すると、もう一人は15年前から食器を洗って、乾かして、戸棚にしまうのを持ってるわよ、という話だ。


2013年12月30日 月曜日

 昨日、Mちゃん、MNちゃん、Yくんが来た。
 お母さん、Tさん、とYさんは伊達巻、昆布巻き、栗きんとんを作った。
 ぼくたちは外で遊んでいた。キックボードで鬼ごっこみたいなもんをして遊んだ。キックボードに乗ってる次郎と太郎を、MNちゃん、Mちゃん、そしてYくんがタッチするのだ。

 今朝は卵ご飯を食べた。僕の卵は1か月前からお酢に浸していた卵だ。それを卵ご飯にして食べた。そしたら何よりも不味かった。お醤油をもっと入れたらだいぶおさまった。食べた後、口直しにオートミールを食べた。
 そして10時にみんな来た。すぐ、餅つきを始めた。
 10分後、YK先生が、
「こんにちはー。わー、お久しぶりー、みんなー。」
と言って入ってきた。
 「わー、元気―、みんなー。」
ぼくは、YK先生ってこんなにおしゃべりだっけ、と思った。
 餅が出来上がると、みんな味見した。とてもふわっとしていた。今度は蕎麦打ちをした。ぼくは、蕎麦を切る係だった。
 昼ご飯は蕎麦を食べた。蕎麦にコシがあってよかった。一緒にかき揚げも食べた。
 MNちゃん達は3時に帰って行った。


















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2013年12月29日 日曜日

 昨日はいろいろ掃除をした。ぼくは階段上から下まで3つともと、勉強机の下と、食卓の下を掃いて雑巾がけをした。
 そして、お父さんと太郎とで牧場に卵24個と野菜を買いに行った。売ってるお姉さんがチョコレートをくれた。ぼくは嫌いだけれども、お父さんと太郎のためにもらっておいた。お父さんに、
「はい、食べていいよ。」
と言ってあげた。すると、太郎が、なんで僕にくれなかったの、なんでなんでと、ずっとブツブツ文句を言っていた。
 帰りに、ラ・バルムで漂白剤入り洗剤と、パスタを買った。
 家に帰って来て、牛乳がないのに気が付いた。だからしょうがなく、みょうがもなく、もう一回ラ・バルムで牛乳を買って帰ってきた。そして夜ご飯には、とってもおいしい、シュークルートを食べた。







2013年12月28日 土曜日

 27日午前は、まあねぼうをして、やることをやった。そして午後、4時にお父さんと次郎そして太郎でユジーヌに向かった。ついでに税務署と郵便局に寄った。1時間半でユジーヌに着いた。稽古は6時から始まる。ところが5時45分になってもまだ誰も来ない。お父さんが電話をつけるとメッセージが入っていた。読んでみたら、ムタルド先生が、
「こんばんはジェロームさん、稽古は中止になりました。」
と、書いてあった。僕たちはがっかりして帰ろうとすると、お母さんが電話をかけてきて、
「稽古が中止になってるよ。」
と、言った。そしたらお父さんは、
「うんユジーヌに着いてやっと気が付いたよ。じゃあ今から帰るね。」
と、答えた。そしたらお母さんはあわてて、
「じゃついでにシュークルートを買ってくれない。」
と聞いた。
「いいよ、じゃあまた。」
と言って切った。
 だから、ラ・バルムのスーパーマーケットでシュークルートを買った。そして家にもどって、
「楽しかったよ、剣道。」
と、言った。
2013年12月27日 金曜日

 昨日、8時半に起きて、11時にマヤックをでた。車の中ではずっと英語をやった。最初の方は楽しかったけれども、2時間も3時間もやってるといやになって来た。クレルモンフェランが見えて来た時、ジェルゴヴィという村があった。ジェルゴヴィはシーザーがヴェルサンジェトリクスと負けたところの名でもある。そこでシーザーの話になった。シーザーによると、ヴェルサンジェトリクスは戦争のできないただの馬鹿だ。どうしてジェルゴヴィで負けたかは、その戦いにはシーザーはいなかったからだ。それは太郎がサンミッシェルの先生から聞いた話だ。

2013年12月26日 木曜日

 今日、フランスシスと一緒に、午前中、交差点まで散歩に出かけた。フランシスは歩いて、ぼくはキックボードで行った。ジュラが見えるか見たら、ピック・ド・ミディだけ見えていた。帰りはフランシスが写真を撮ってくれた。
 10分後、お父さんと同じ事をした。でも、お父さんは歩きじゃなくて、太郎のキックボードを借りたのだ。そして帰り、下り坂なので二人並んでちょう速く下って来た。そして午後の4時半に、また、ベルナール、パプー、お父さん、お母さん、フランシスそして太郎と一緒に、今度は1時間歩いた。次郎と太郎はキックボードだった。キックボードの方が速いので、けっこう離れると、逆戻りするのだ。相変わらずピック・ド・ミディしか見えていなかった。
 パプーとベルナールは、家から500メートルの交差点でUターンした。僕たちはボルヌまで行った。ボルヌで僕たちもUターンした。家から500メートルのところで、子供たちだけで家まで行っていいと言われた。途中、僕の前でいきなり車が溝に沿って止まった。僕はドキッとした。あたりはもうかなり暗くなっていた。そして中から人が出て来た。よく見ると、ベルナールだった。帰りがけにさようならを言いに来たのだった。ぼくはほっとした。


2013年12月25日 水曜日

 24日、クリスマスの食事を食べた。すべて、マネット、パプー、ロメオ、マリルーと次郎が作ったのだ。メニューは、かき(貝)、フォアグラ、スモークサーモン、アーティチョーク、そして子羊の肉。デザートはブッシュドノエル、しまいに食べたい人は、フランというプリンだ。ブッシュドノエルは二種類あった。一つはチョコレート、もう一つは洋梨味だ。
 食事が終わった。僕は外へ出て、キックボードをやってみた。タイヤがよく回るので、速くて気持ちが良かった。砂利のところも、野原も、何とか走れるくらいだった。景色が後ろへ吹っ飛んで行くのを見てるとなんだかすっきりする。
 僕は、クリスマスプレゼントに太郎とおんなじキックボードを頼んでよかったと、何度も独り言を言っていた。
 晩御飯のデザートは、とても面白かった。マリルーとロメオと一緒に、パンデピスの上にハム、ハムの上にチーズと蜂蜜のサンドを作ったのだ。とてもおいしかった。
 昨日は太郎とゲームをやった。双六とだいたい同じだ。でもコースは四角になっていて、スタートに着くのに6を出さないといけないのだ。面白くて、3時間もやったが、さすがに最後は飽きてきた。











2013年12月24日

 昨日ツールーズに着いた。不思議なことに、サンタさんは25日の仕事が多すぎて、23日に来た。するとフランシスは笑いながら言った。
 「25日の夜は時間が伸びると聞いたことがあるよ。それなのに時間がないのかい。」
 普段は笑わないロメオまで笑った。
 僕のプレゼントは、キックボード、プレイモビル、世界最高記録の本、自然の本、ラフォンテーヌの寓話の手帳と猫の漫画だ。
 夜ご飯は、とてもおいしくて、いっぱい食べた。マカロニとラタトゥイユソース、ポタージュ。デザートにはヨーグルト、フラン、そして僕、太郎、マネットが作ったプルーンと無花果の入ったタルトだ。
 寝る寸前に、鹿が二頭、丘の上を走って行った。一頭は角が生えてて、もう一頭は生えていなかった。









マヤックのクリスマス
マヤックのクリスマス2013


マヤックのクリスマス
2013年12月23日 日曜日

 昨日、朝、七時に起きて、10時に家を後にした。剣道の子供研修にサンテチエンヌに行き、クレルモンフェランでアパートホテルに泊まる。そして、ツールーズの近くのおじいさんとおばあさんの家に4泊泊まってクリスマスをするのだ。
 家を出て2時間サンテチエンヌに着いた。1時に始まると思っていたのが2時だったので、早く着いてしまった。
 剣道の先生は、シャンベリーのミッシェル先生、ルピュイのオレリア先生、サンテチエンヌのロマン先生、そして、名前を知らない先生だ。最初の30分はいろいろな素振り、そして3時半まで15歳以上の人と以下のグループに分かれて、いろいろ練習した。その後は、15歳以上の人が元立ちをしてくれて、僕たちは、打ち込みをした。そして最後に試合をした。8人ずつのチームが3つあった。僕のチームのコーチは、アルバン先生、大将はナイムだった。僕のチームは2位だった。締めくくりに、先生たちと地稽古をした。やっと研修が終わった。
 シャワーを浴びたり着替えたりして、6時半に道場を出た。車で1時間でクレルモンフェランに着いた。とてもおなかがすいていたのでホテルに寄らずに直接インド料理店に行った。
 お母さんは野菜カレーを頼んで、
「初めてこんなにおいしいカレーを食べたわ」
とばかり言っていた。お父さんは子羊クルマ。クルマはカレーの肉が多くて辛くないものだ。太郎は牛肉クルマだった。でも眠くて、
「むにゃむにゃ、ああああー。」
と、あくびしかしてなかった。
 ぼくは、タンドリーチキンを食べた。皮がカリッとしていて、おいしかった。
 デザートは、母と僕はラッシー、父がパイヤサン、そして太郎は言わないことになっている。ぜんぜんインド料理に関係ないものだからだ。


剣道少年研修サンテ