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フランスってどんな国?

小学5年生、日仏アイノ子のフランス生活日記

2014年2月3日 月曜日

 昨日は時間がなかったので、今回続きを書く。
 試合も終わったので今度はレーザーゲームをやりに行った。
 まずは来ていた20人を3グループに分けた。係りのおじさんはみんなにチョッキを配った。そのチョッキはおなか、肩と背中が光るのだ。レーザーを発射するピストルもくれた。
 それが終わると、おじさんはみんなにゲームのルールを説明した。勝つには、相手チームの光っているところをレーザーでうつのだ。当たったら5点、味方を撃ったら、撃った人も撃たれた人もマイナス5点。計算して一番得点が高い人が勝ち。制限時間は20分だ。当てられたら20秒間なにもできない。
 説明が終わって用意ができると、みんな一斉に迷路の中に散らばった。中は暗闇で、ところどころライトが光ってる。ぼくは64回当てられて、47回当てた。でも1番のブノワも
「当てられたって自分も当てればいい。」
と言っていたので安心した。
 終わると、ピストルからレーザーが出なくなるので、すぐ終わりだとわかった。迷路から出ると係りのおじさんは結果を発表してくれた。ぼくのチームは2位だった。個人で一番強かったのはブノワだった。20人中20位はメリナだった。そしてお父さんの敵はなんと・・・
 ぼくだったのだ。

2014年2月2日 日曜日

 昨日も土曜日だったのでアヌマスの稽古に行った。でもこの日は特別なのだ。順番に説明しよう。
 まず、いつものように、9時に大人の稽古が始まった。次郎と太郎も参加した。
 そのつぎ、10時から11時までは子供の稽古だ。特別な日だったので、クラブの子供全員が集まった。だから整列の時はギュウギュウだった。
 その後、ぼくたちは大急ぎでジュネーブの日本語補習校に行って本を返してきた。そして、急いで、今度は違う道場に向かった。そこでは、みんながピザとかを食べていた。ぼくは自分で作ったヨーグルトケーキをみんなに配ると、ピザ、ラザニア、キッシュと自分のケーキを食べた。
 みんなが食べ終わると、試合をした。
 4人のグループを4つ作った。グループごとに1位を争った。
 ぼくのグループには、ぼく、お兄ちゃん、カールとシモンがいた。
 1試合目はカール対お兄ちゃんだ。お兄ちゃんは小手を一本取られたけど、面と小手で勝った。
 次は、ぼく対シモンだった。ぼくは胴を二つ取って勝った。
 そしてついに、ぼく対お兄ちゃんの番が来た。
 ぼくは面を2回取られて負けてしまった。でも、前より太郎に近づいた気がしたのでほっとした。
 この次のことは、次の日記に書くので楽しみにしていてください。

2014年1月30日 木曜日 

 ぼくは先週の水曜から鼻と口の周りにぶつぶつができている。だから月曜の朝、お医者さんに見てもらった。先生は一目見て飛び火だとわかった。先生は。
「最近は飛び火が多いねえ。」
と言っていた。そしてまた、
「伝染病だから、ぶつぶつが治るまで家で休んでなさい。学校の人にもうつってしまうからね。」
先生は教えてくれた。だからぼくは1週間くらい学校を休むことになった。その日、お母さんは薬を買ってきてくれた。その薬は小さいビンに入った粉で、その中に水を混ぜてそれを朝・昼・夕方に一回ずつ、決まった量だけ飲むのだ。ところがぼくは、その薬は、どうしても気持ち悪いと思う。この白くてどろっとした感じが「あれ」に似ているのだ。だからいつも一気にごくんと飲む。
 その「あれ」とは鳥のフンなのだ。

2014年1月29日 水曜日

 先週はmさんにイラストロジックという遊びの本をもらった。縦横書いてある数字にならって、ちょっとずつマスを塗りつぶすのだ。全部終わって間違えていなかったら、絵が浮かび上がるのだ。ぼくは1番、2番、3番と4番までできた。そして今5番をやっているところだ。
 最初はわからなかったので、お母さんに聞くと、
「これがこうなってる時はあれがこうなるの。だからこのマスもああなるの。わかった。」
と教えてくれた。ぼくは、
「ああああ。なるほどねえ。さっぱりわからない。」
と言った。だけどもう一回教えてもらうとわかった。
 1番は小熊、2番はさくらんぼ、3番はヨット。4番はピアニストだった。そしてたぶん5番はヘリコプターだと思う。
 ぼくはおもしろいひまつぶしができてよかったと思った。

2014年1月28日 火曜日

 月曜は夕方、「風立ちぬ」という映画を見に行った。その映画は、次郎という人が小さいころから飛行機を愛し続けてきて、失敗を繰り返しながら最後に零戦を作り上げた話だ。次郎はこう言っていた。
「ぼくは核兵器を作りたいのではなく、美しい飛行機を作りたいのです。」
 その次郎がある日、肺病のなおこさんと結婚した。ところがなおこさんは零戦が飛んだ日に死んでしまった。
 映画館では、お母さんの横にはyさんが座っていた。始まる前にひょっこり出会ったのだ。終わると急に太郎が、
「ねえねえ、歯が抜けた。」
と言った。ぼくは、
「歯?はははは。」
と言った。みんな笑った。
 ぼくは宮崎駿さんはすごいなあと思った。だって年をとってもこんな映画が作れるのだもの。事実を面白くしたり変えたりしてお話にできるなんてね。
2014年1月27日 月曜日 

 昨日、午後はクロスカントリースキーをやった。毎週日曜日にするのだ。そして毎回違うスキー場に行っている。今回は家から車で50分のプラトー・デ・グリエールという所に行った。スキーを始める前に、お弁当の親子丼を食べた。
 スキーを始めると、お母さんは、
「初めて、こんな良いコース。」
と言っていた。
この日は5キロしかやらなかった。ぼく達が帰ろうとすると、切符を確かめる管理人がいた。お父さんははっとして切符を買い忘れたのを思い出した。それで遠回りをして車に戻った。時計を見て計算すると2時間弱しか滑っていなかった。
 ぼくは残りの親子丼を食べて水をグイッと飲むと、半分寝たまま英会話ニュウモンを聞いていた。前の席でお父さんとお母さんがしゃべっていたので、うるさくて眠れなかった。
2014年1月26日 日曜日 

 今日も、毎週の土曜のようにアヌマスに行った。今回は最後に試合稽古をやった。4試合やって4試合勝った。
 良かったと思ったのは、1試合目の太郎とやった試合だ。もうすぐ時間切れになる時に太郎がいい面を打ち込んできた。するとぼくは見事に抜き胴をやったのだ。ぴしっとしていて、打つときにとても気持ちよかった。
 もう一つ良かったのは、メディーとの試合だ。審判が
「始め。」
と言った次の瞬間、メディーに面をやって、審判は
「面有り。勝負あり。」
という感じで終わってしまった。その後メディーは、
「ひぇー、1秒ももたなかったよー。」
と言っていた。
 ぼくはこの時、アヌシーの稽古でパトリックが教えてくれたことをそのままやったのだ。そしたら1発で1本をとれてとても楽しかった。
2014年1月25日 土曜日 

 この日、お母さんは急に、
「ねえねえ、どう思うこの間見たドラマ。ねえねえ、どう思う。」
と聞いてきた。最初はなんのことかさっぱりわからなかったが、すぐにわかった。ぼくは、
「みんな人間はそれぞれ違うんだから、ばかにしなくていいと思う。」
と、答えた。するとお母さんはまた、
「病院はやめて欲しいと言ってるけど、それに関して次郎はどう思う。」
と聞いた。だから、
「施設で育った人がかわいそうという気持ちはわかるけど、人が見て、自分が幸せなんだなあと思うならいいと思うよ。」
と、次郎は意見を述べた。そうすると今度はお母さんが言った。
「お母さんは、見る子によって違うことが思い浮かぶと思うし、今みたいに親が説明しながら見るのもとても重要だと思うな。」

2014年1月24日 金曜日 

 この日もいつもの月曜と木曜のように、算数の問題をやった。その問題は朝一番にやる。やり方はこうだ。
 先生はみんなが来る前に黒板に問題を書いておく。それを隠す。そして生徒が来ると見せる。生徒は算数のノートに問題を書き写して、解く。とても簡単だ。それでも20分かけてやらないとできない子がいる。
 次は答え合わせだ。先生がいっぺんに3,4人の生徒を指差す。その子達は自分の計算と答えを発表する。そしてその中からまた先生に当てられた子が、理由を言いながら正しい答えを見つけるのだ。間違えた答えしかない時は、もう一人自分の意見を言う。
 ぼくはいつも一番に終わるので、時々15分も待たされることがある。そのときは先生が特別ぼくに問題をもう一つくれるのだ。それでも待つけどね。

2014年1月23日 木曜日

 今週の水曜日は、日本から帰って来たy君とAちゃんがいた。mちゃんもkちゃんたちも12時ごろに来た。でもmちゃんたちがちょっと遅かったのでコマ回しをした。大人は阿波踊りの練習をした。すぐ、ごはんを食べた。お母さんの作った梅かつおが大人気だった。
 外では特に何もしなかったので、この間の鳩を見に行った。そしたら、肉はどこかに消えて、羽だけ残っていた。それでもぼくは、吐きそうになった。
 国語教室は、みんな各自の宿題をやることになった。ぼくはけっこう早く終わった。
 みんな終わると、外で踊りをした。阿波踊りは3回ぐらいやって、最後の狂いを直した。
 おやつには、cさんの作ってきてくれたマドレーヌを食べた。おしること大福も食べた。ほんとに最高だった。
 そのあとは、家の中で遊んだ。磁石でいろんなものを作ったのだ。
 ぼくはyくんたちに柔道まで連れて行ってもらった。Aちゃんとyくんはずっと小さなハートのことで喧嘩をしていた。その日の柔道は浮腰を復習した。とてもよくできた。でも最後の10分はお腹が痛かったので休憩していた。