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フランスってどんな国?

小学5年生、日仏アイノ子のフランス生活日記




2014年6月5日 木曜日

 土曜日、ジャパヌシーだった。ジャパヌシーとは、ブリーズグラスというコンサートホールがやる、日本についてのお祭りだ。去年も一昨年も国語教室の子供たちも参加した。2回踊った。2時から3時までと、4時から5時までだ。2回目の方が、お客さんが一杯いた。去年はステージで踊ったけど、今年は建物の前のコン クリートの所で踊った。時々チューインガムが足袋にくっついたりした。
 「うげー」
 と思った。
 係りの人がゴムマットを敷いてくれたので、その上は熱くなかった。でも踊りながら前に出る度に、マットがなくてやけどをしていた。
 一番最初は、ぼくが「ガマの油売りの口上」をやった。手作りのハリセンを持ってやった。
 次は、ぼく、ゆうくん、太郎、かいちゃんとごっちゃんがやった、落語寿限無だ。練習の時はいつも間違えてたけど、本番は、間違いなくできた。
 その後は、女の子3人がやった、「雨にも負けず」の暗誦だった。ぼく達は裏で着替えていたので何も見えなかった。
 阿波踊りは、かいちゃんとゆうくんのお父さん以外、みんな踊った。かっこよくできた。
 ソーラン節は、最後の極めの後、チョウすっきりした。
 炭坑節も楽しかった。
「見本を見せるので、みなさんも一緒に踊ってください。」
と、お母さんが呼びかけた。1回目踊った時よりも、人が一杯集まって来た。
 最後に3本締めをやった。お客さんもみんな一緒にやってもらった。奥で口を開けたままのおばあちゃんが、3本締めなのに、5回ぐらいやっていた。よっぽど気に入ったのだろう。
 反省会に、みんなでレストランに行った。とてもおいしかった。ぼくと太郎とゆうくんは、子供メニューと焼き鳥と春巻きを食べた。



























2014年5月28日

 学校で膝をねん挫した。
 ボールを取りに走った。ぼくを抜かそうとしたユーゴの膝が僕の膝に絡まった。一瞬ぼくの膝がボキッと鳴った気がした。先生は僕のお父さんに電話をしてくれた。そしてお父さんが来てくれた。お父さんはぼくを病院に連れて行ってくれた。
 病院に着くと
「2時間待ってください。」
と言われた。
 2時間と言っていたけど、結局3時間以上待たされた。なぜなら、もっとひどい怪我をした人は先に検査をしてもらっているからだ。足の骨を折った人、手を切った人、腕を怪我した人から膝をねん挫したぼくまで、いろいろな怪我人がいた。
 やっとぼくの番になった。ギブスをする病室に案内された。お医者さんが入って来た。
「まだ君の前の人がいたから、ちょっと待っててね。」
と言われて、また待たされた。
 30分後に、今度こそぼくの検査が始まった。足を動かされて、痛いか痛くないか聞かれた。先生は
「レントゲンは撮らなくていいと思うけど、あまりわからないので上の人を連れてきます。」
と言って出て行った。
 こんなに待ったのに、5分ぐらいしか診てもらわなかったのでがっかりした。
 1時間経っても誰も来なかったので、お父さんは
「もういいや。」
と言って二人で家に帰った。
 病院に入ってから出るまで4時間半以上かかった。
 今度は怪我しないようにしよう。







2014年5月21日 

 庭仕事していたら、この間まであったカササギの巣がなかった。
 見に行くと、木のてっぺんにあった巣が真ん中まで落ちていた。木の根元にはそのカササギの卵が松ぼっくりに刺さって割れていた。お父さんが梯子をもってきたら、僕が登って巣の中にもう一つの卵がないか確かめた。はいってなかったので今度はお父さんが梯子に上って巣を木から降ろした。下ろしてみると、めちゃくちゃでかい。もう一回よく見ると、燕の小さい巣みたいに泥でできた巣に大きな枝がからみついてできていた。持ち上げてみると重い。どろを使っているからだね。 
 そこらへんおいといてもう一度庭仕事を始めると、さくらんぼの 木下にも卵が一つ落ちていた。でも一個目の卵とは全然似ていなかった。でも巣があるところとサクランボの気があるところは45メートルしか離れていない。サクランボの期には鳥の巣がなかった。その卵も拾ってカササギの巣の中に入れてて置いた。
 お父さんは
「二つ目の卵は風で飛ばされたか猫に襲われたかだと思うよ。」と言っていた。確かに猫は家にいっぱいいる。鳥もいっぱいいる。猫は鳥を食べ放題で丸々太っている。やっぱり鳥は猫の鏡というはずだ。あっ違う、子は親の鏡か。

 日本人と山登りに行った。グループを3つ作った。速いグループ、普通グループと遅いグループを作った。ぼくのグループは、ゆうくん、太郎と次郎のグループだ。ぼく達は速いグループだった。
 近道ばっかり通って行った。ゆうくんが
「草笛をやろう」
と言い出した。だから、登りは草笛を鳴らしながら歩いていた。いろんな音が出た。ぼくが一回吹いたらぴーっと鳴るし、もう一回吹くとブーっと鳴っていた。ゆうくんと太郎も変な音が出ていた。
 途中の駐車場が待ち合わせ場所だった。駐車場には普通グループより10分早く着いた。そこで一休みをした。駐車場に落ちていたフライパンと棒切れで野球をやって遊んだ。
 遅いグループが着いたら、速いグループと普通グループは出発した。上の見晴らし台まで登った。
 アヌシー湖全体が見えた。隣の知らない子がおいしそうなハムを食べていた。
 もう一度待ち合わせ場所の駐車場まで下りていった。
 ぼく、太郎、ゆうくんのグループはずっと走って駐車場まで帰った。
 また、普通グループを待つために、駐車場で野球をやった。
 一番下まで行くのにも走って行った。途中蛇が道を横切っていた。ぼくは急いでブレーキをかけたけど、もう少しで踏み潰すところだった。灰色と緑が混ざったドドメ色で、体の長さは50センチくらい、お父さんの親指くらいの太さで、デカい頭をしていた。
 下に着いてみんなに話すと、クサリヘビ(蝮の仲間)だったらしい。先に車のところまで3人で帰って水を飲んだ。みんなを待ちながら、横でやっていたペタンクを見ていた。
2014年5月7日 水曜日 

 パリで剣道のフランス大会があった。
 1日目の団体戦の決勝は、初めて試合をする相手だった。ボルドーのサヤという子だ。大人や同じ背の子とやるのは慣れてるけど、中くらいの背の子とやるのは慣れてない。だから、引き分けで終わってしまった。
 「あーあ、女の子と引き分けになっちゃった。」とても悔しかった。その後ぼくのチームは負けて2位になってしまった。ぼくは悔しくて泣いた。「明日は絶対に勝ってやる。」と心の中で叫んだ。
 次の日は個人戦だった。試合の前は緊張していた。でも、決勝まで行った。相手は昨日引き分けしたサヤだった。デカかったので、決勝はもっと緊張していた。
 審判の「はじめ」という声と同時に、ぼくは立ち上がって思いっきり気合の声を「ヤアー」と張り上げた。最初の1本はぼくが返し胴を打って決めた。2本目も僕が入れた。今度は面だった。審判の「面有り」という声を聞いた途端、もうぼくの頭の中は、メダルの事で一杯だった。もらったカップは思ったのとは違ったので拍子が抜けた。でもがっかりはしなかった。
勝ったんだからね。











2014年2月17日 月曜日 

 日曜日の午後は、かんじきを履いて、雪山を歩いた。ぼくと太郎は、小さいそりを持って行った。そして帰りは下りだったので、そりで下りた。
 途中、交代交代で雪の中に埋められた。顔だけ出しておいたので、おもしろかった。埋められているときはあんがいあったかかった。












2014年2月16日 日曜日 

 この日はアヌマスの後にミュゼ・リュミエールという美術館に行った。
 そこには、ジョゼフ・ヴィタが買った、いろいろな芸術作品が展示してあった。北斎の漫画もあった。わきに、10メートルしそうな巻物もあった。
 胸像があった。三つ並んでて、鼻は全部われていた。
 美術館のあとは、エヴィアンの街を歩いて回った。お母さんは、
「アイスクリームが食べたい。アイス、アイスが食べたい。」と、うるさかった。だからアイスはなかったので、アーモンドクロワッサンを買って食べた。登山電車があったが、冬だったので止まっていた。
 100年まえのバーまで見た。
 エヴィアンの水はまずくもなかった。でもやっぱり家の水が一番さ。




2014年2月13日 木曜日 

 この日の図工の時間は、新聞紙のリサイクルの方法を習った。
まず、新聞紙を小さく切って水と混ぜ、ミキサーにかける。そしてハンガーを四角に伸ばしてそれに古いストッキングをかける。そしてそのハンガーを紙と水の入ったたらいの中に入れる。それを出すと紙の細かくなったのがストッキングにのっかる。それを乾かしておく。乾いたら、紙をストッキングからはがす。そしたらできあがりだ。
 その中で一番長い作業は乾燥だ。ただ、そこらへんにおいておけばいいのだけどね。


2014年2月11日

 土日はサンテチエンヌの地区大会に行った。
 1日目の午前は、級者の個人戦だった。お父さんは1位だった。
「45歳で始めて、48歳で金メダルを取ったんだ。すごいだろ。7段のムタルド先生も、48歳でメダル取ってないぞ。」
と、いばっていた。するとぼくは、
「級者だけだけどね。」
と言った。
 その日の午後は団体戦だった。有段者も級者も混ざっていた。お父さんは4戦2敗2引き分けだった。お母さんは2戦2敗だった。
 クラブのチームは15チーム中3位だった。だから全国大会に出られることになった。
 だいたい6時半に終わったので予約しておいたアパートホテルに早く着いた。
 次の日の午前は子供の個人戦だ。先輩たちと準備体操をしたら、すぐにぼくの番が来た。ぼくのカテゴリーには5人しかいなかった。ぼくは4戦4勝したので、すぐに1位だということがわかった。
 うれしいことに、1位なのはぼくだけじゃない。太郎もlくんもkちゃんもなんとみんな1位だった。
 この二日でメダルが11個。そのうち金メダルが5個だ。



2014年2月4日 

 2月2日はお菓子を作る器械が届いたので、早速作ることにした。ぼくは、
「一人、一種類のを作れば。それで1番2番3番を決めればいいんじゃない?」
と提案した。みんな賛成した。お母さんはレモン味、太郎はチョコバナナ、そしてぼくはリンゴ味にした。
 お母さんは先にタネができたので、焼いていた。あんまり膨らまなかったけど、味は美味しかった。
 次にできたのは、次郎だった。ふっくら焼けて、とてもおいしかった。
 最後は太郎だった。チョコ味だったので、ぼくは食べなかった。でもお母さんはまずいと言っていた。
 みんなは盛り付けを始めた。できたら判定だ。芸術点は太郎が1位、次郎が2位、お母さんが3位だ。おいしさ点は、ぼくが1位、お母さんが2位、そして太郎が3位だった。計算したところ、ぼくが1位、お母さんが2位、太郎が3位だった。
 水曜日、国語教室のおやつの時間にそれを出した。すると、k君は、
「リンゴ味のたこのないたこ焼きください!」
と言った。するとmちゃんも、
「あたしも、あたしも、たこ焼きちょうだい。」
と言い出したので、ぼくは回してあげた。すぐmちゃんは一つ取って食べた、そして、
「なんだ、これ、たこ焼きじゃないじゃん。ただのりんご焼きじゃない。」
と叫んだ。