卵巣腫瘍の手術が4月に決まり、遠く離れて暮らす両親に、手術することになったと連絡した。
すぐに母から電話があり、入院中付き添うと言う。
「わざわざ来なくて大丈夫だよ。前と同じ手術だし、夫が付き添ってくれるから」
そう、私は20代の頃にも卵巣腫瘍の摘出手術を受けている。
その時の先生が、再発する可能性があるけど、妊娠出産が出来るようにと、腫瘍だけを取り、卵巣は残してくれたのだ。
結婚や妊娠に前向きでなかった私は、卵巣腫瘍の再発に妊娠が間に合わなかった
「本当に大丈夫だから。飛行機代も高いし、来なくていいからね」
母に念を押して電話を切った。
今日の午前中、病院の先生から電話があり、予定が早まり、3月に手術出来ることになったがどうするかと訊かれた。
もちろん、3月に即決。
年度末と決算で仕事が忙しい時期ではあるが、自分の健康とは引き換えにならない。
夫に連絡すると、その日は1年で1番大事な日で会社を休めないと言われた。
「風邪でも腹痛でも這ってでも会社に行かなきゃないけない日なんだよ」
青天の霹靂 
夫は私の体を心配してくれていて、どんなに仕事が忙しくても付き添ってくれると信じていた。
強い期待が脆くも崩れ去る。
病院の先生から、手術日に付き添える人がいるか訊かれた時に自信を持って夫と答えたのだが、まさかその夫に断られるなんて。
どうやら手術日は、私の意識がないから、付き添いの人に手術の説明をしたり、もしもの時の同意を求めるらしい。
手術日は付き添いが必要なのだ。
仕事帰りに夫と待ち合わせ、アジアン料理屋で夕飯を食べながら、その話になる。
「俺は行けないから、お母さんに来てもらえば?」
「遠くから来てもらうの大変でしょう、仕事もあるだろうし頼めないよ」
そう、先日の電話で付き添いにくることを固辞した母には、簡単には頼めない。
自分のために、わざわざ飛行機に乗って来てもらうのも申し訳ない。
「兄に来てもらおうかな」
兄も東京に住んでいて、フリーランスで働いているから、休みは自分の裁量で取れるのだ。
「お兄さんは来てくれないでしょう」
夫の言葉に不安になる。
妹の窮地を兄は救ってくれるのか。
手術日の付き添いは必要だけど、その事を兄がどれだけ理解し、仕事と天秤にかけてどう判断するのか。
すぐに訊いた方がいいと夫に言われて、兄に電話する。
手短に病気の事を伝えて、手術日に付き添えないか訊く。
「わー、そのあたりはずっと厳しいな」
「手術の間だけでもどうにかならない?」
「納期が厳しい時なんだよ」
「誰も手術に付き添えないのよ、本当にお願い」
「旦那は?」
「…仕事が休めない日なんだって」
「うーーん、行けるかわからない」
電話を切ってから、涙が溢れて止まらなくなった。
休みの融通が利く兄なら来てくれると、また期待をしてしまった。
期待を裏切られると切ない。
そして、兄が言った、旦那は? という素朴な疑問に泣けてきた。
お互いに仕事で休めないんだから、旦那の方が無理をするべきだと言われた気がした。
そして、いざという時、誰も私の事を助けてくれないんだと思った。
アジアン料理屋さんにいるのに、涙が止まらない。
1番奥のテーブルで、他のテーブルに背を向けているのが救いだった。
私が号泣しているのを見て、夫が、その日休めないか上司に訊いてみると言ってくれた。
「無理しなくていいよ、大事な日なんでしょ? お母さんに頼んでみる」
そして、頼みの綱、母に電話する。
手術の日はみんな仕事が忙しくて、遠くから来てもらうのは申し訳ないけど、どうにか付き添ってもらえないものか、と母に言う。
「だから行くって言ってるでしょう。もう飛行機のチケット取ったから」
「仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫、変更したから」
母は、母にしか出来ない仕事をしていて、個人的なスケジュールで動くことが出来ず、仕事日程の変更は大変なはずなのに、駆けつけてくれると言う。
なんて頼りになるのだろうか。
遠く離れて暮らす距離など物ともしない。
ずっとパワフルな人だと思っていたけど、こういう時に実感する。
本当にありがたい。
そして気づいた。
やはり、親しか信じてはいけないのだ。
いざという時に問答無用で助けてくれるのは、親しかいない。
今度はありがたくて涙が止まらない。
ずっとずっと止まらない。
上司と連絡が取れた夫が、手術日に付き添えることになった。
仕事のことは大丈夫だから奥さんに付き添ってやれと上司に言われたそうだ。
なんて良い上司なんだろうと思ったけど、もう遅い。
母が来てくれるから、夫は来なくていい。
もう夫には期待しない。
夫は私より大事な仕事に行けばいい。
その日は、家に帰っても、お風呂に入っても、寝てても涙が止まらなかった。
