今年も拙ブログをお読みくださいまして、まことにありがとうございました。
 
 年を追うごとに一年の長さが短く感じられるようになっていっています。それでも「時間は薬」でした。夫が亡くなってしまったこと、一人暮らしにもすっかり慣れてきたからです。
 
今年6月末、母が亡くなりました。突然のことで面喰いましたが、妹や甥たちと久しぶりにたくさん話をする機会となりました。甥たちが独身の頃、お正月に実家で会っていました。しかし、甥たちが結婚したこの10年、その習慣は途絶えていました。母の通夜、葬儀、四十九日、また母の施設の部屋の片付けなどもあり、甥だけでなく、甥の奥さんたちともかなりの話をすることができました。特に、甥たちの社会人・父親としての生活と意見を知ったことは嬉しいことでした。
妹とも、とても多くの時間を過ごすことになりました。父が亡くなったとき、妹の提案で税理士に頼まず相続申告を行ったこともあり、今回も相続申告を二人で行うことにしたからです。「しっかり妹」と「名ばかり長女」状態は相変わらずです。妹の冴えた頭脳に導かれ12月初旬に相続申告を税務署に提出することができました。「お義兄さんが生きていたら不可能だった」とは妹の言葉です。確かに、私が夫を介護していたら、これほど時間をかけることはできませんでした。
まだ実家の始末が残っています。母が施設に入って以来、毎週二時間、私の裁量で実家を片付けてきました。今年の春、妹の判断も仰がなくてはこれ以上片付けを進められない状況になりました。そして母が亡くなったわけでした。相続申告も実家の始末にも都合よい展開となり、巡り合わせの不思議さを感じます。
 
この一年も、ありがたいことに私は健康でした。これまで通り、腹筋運動、俳句作り、オカリナを吹くこと、英語のペーパーバックを読むこと、アテネにいるアンジェラとのメール交換という五つの「毎日習慣」も続いています。月8回の絵画教室通い、昨年6月に入会した月2回のスポーツ吹き矢クラブ通いも続いています。
旅行にも行くことができました。3月のオランダ・ベルギー旅行は、友の参加もあって、これまでで一番気を張る必要のない楽しい欧州旅行でした。10月のロンドン6連泊旅では、一か所にとどまってじっくりと見る旅行の良さを満喫することができました。国内旅行としては、5月の神戸旅行で級友と語らい、9月のバス日帰り旅で隅田川クルーズと海ほたるを初体験した後に流行の「濃溝の滝」を見、11月は俳句の師匠であるTOYOKO さんのお誘いで再び秩父へ、12月は日帰りバス旅で初島と熱海に行ってきました。どれも非常に良い気分転換になりました。
新書ばかりですが、週一冊のペースで本も読んでいます。今年読んだ本のうち、「AI vs 教科書を読めない子供たち」も印象に残っていますが、一番刺激を受けた本は山口周著「世界のエリートは何故美意識を鍛えるのか」(光文社新書)でした。『「分析」、「論理」「理性」に軸足をおいた「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な時代を生きるのが困難になった。生き延びるためには美意識を鍛える必要がある』と語られています。例証、引用も面白く一気に読んでしまうことになりました。
 
夫を看取り、母が逝き、私は自分の死に方を更に深く考えるようになりました。11月に亡くなった友人のお母様は、自身が望んだ通りのピンピンコロリでした。願いがかなった死に方だったとのことですから、私も願っていくことにします。しかし、そうではない場合も想定しておかなければなりません。息子たちには、胃瘻にしないこと、私の命が危うい状態になったときには決して手を握ったり体をさすったりしないこと、そして「頑張らなくていいからね」と声をかけるようにと言ってあります。スキンシップをしたら快復基調になったという例がたくさん聞こえてきました。また、頑張らなくていいからと声をかけた翌日亡くなったという話も聞いたからです。そして、火葬前、棺に赤ワインを一瓶かけるように言い渡しました。友人の従姉が亡くなったとき、赤ワインが好きだったからと皆でグラスに一杯ずつ棺に入れたところ、焼きあがった骨が薄いピンクでほんのりと香りが良かったと教えてくれたからです。薄いピンク色に焼きあがった私の骨を見て、「生きている間は色気がまったくなかったけれど、骨は色気があったね」と言われるのはとても素敵なのではないかと思います。
 
どうぞ、良いお年をお迎えください。皆様にとって、新しい年が健康で幸多いことを祈っています。
来年もまだ書き続けたいと思っています。今後もどうぞ、何卒、よろしくお願いいたします。