ついにロンドンの旅最終日がやってきた。マダム・タッソー蝋人形館を見たかったが、朝からとても混雑しているという。蝋人形館を見た後、ホテル出発時間1140分までに戻ることは不可能であった。それで探したのが「ワラス・コレクション」である。昔の貴族の館に、貴族が集めていた美術品、調度品を展示している。ホテルから徒歩15分でもあった。


ホテルの隣はリージェントパークである。秋薔薇がまだ咲いていると聞き、公園を抜けていくことにした。抜けるような青空の下、芝生の緑が鮮やかである。早朝のせいか人はほとんどいない。初秋の朝の冷えた空気がさわやかであった。まだ咲いている薔薇の数は多いのだが、どことなく元気がない。ピークを過ぎていたのだろう。ロンドンの秋は黄葉がほとんどであるというが、野外劇場の壁をつたう蔦は東京では見ることのできないスッキリとした赤色であった。


この頃、地図を読むのが危うくなっている私だが、ワラス・コレクションまでの地図を数回書いたせいか、迷うことなく行き着いた。建物正面の幅はないが、奥行きがある煉瓦作りの二階建てである。建物中央にある太い二本の白い柱の玄関は、昔の栄華がしのばれるものであった。


開館時間10時になると待つ人は30人ほどになっていた。ここも入場無料である。ビクトリア・アルバート博物館のように、絵画、花瓶、彫刻、銀器、陶器、宝石などがぎっしりと並んでいた。大英帝国の貴族の豊かさに感心して過ごす一時間となった。

帰路の途中、とあるビル壁面に、人の顔の浮き彫りと文章が彫られた白い大理石の版があることに気がついた。ディケンズがこの辺に暮らしていたという説明である。通り過ぎた教会近辺には荘厳なパイプオルガンの演奏が響きわたっていた。


 マダム・タッソー館を見ることができず、これだけがタッソー(達成)できなかったことになったが、このロンドン旅では思いがけないおまけも経験している。日本人が日本銀行内に入ることはめったにないことと思われるが、今回、私は英国銀行の中に入ったのである。2011年に英国旅行の折に使い残した10ポンド札は使用できなくなっていた。洗濯できるプラスチック紙幣に変更になっていたからである。古いお札を交換できるのは、イギリスの民間銀行口座を開くか、英国銀行だけであった。


荘厳な外観の英国銀行に入ると、お札の交換所は、入口からすぐ右に曲がったところにあった。紙幣交換専用の部屋は近代的なインテリアである。まっすぐ行ったドアの奥こそが中央銀行の重要業務の部門なのだろう。古色蒼然なドアの向こうを垣間見ることさえできなかったが、英国銀行建物内に入ったということは良き思い出となった。そのうえ、旧10ポンド札10枚分が新紙幣に変わり、約15千円分が紙くずにならずに済んだのであった。


 7年前、歩行困難で目を離すと迷子になる可能性のある夫と一緒だった私は、出国前の暇な時間をヒースロー空港の待合室の椅子に座っていただけだった。が、今回はブランド店のウィンドウ・ショッピングもし、本屋に入り、デリカテッセンでグリーンサラダの中に枝豆が入っているのを見つけたりと、大いに楽しむこととなった。 

最後に買ったのは水とリンゴである。日本のリンゴが一番おいいしいと思っていた私だが、英国のリンゴのあっさりした甘さ、手ごろな大きさが気に入り、考えをあらためていた。「日本人でしょ」と日本語で話しかけてきた東南アジア系の店員は、リンゴを洗ってあげると言って背後にある水道に向かった。リンゴの芯を持って流水をかけ続け、一度も実に手を触れることなく芯だけを持ち続け、袋に入れて渡してくれたのだった。


そんなサービスにびっくりして、私のロンドン6連泊の旅は終了した。