先日ワールドカップ予選で、バーレーンと対戦、

3-1と勝利して、まずまずの発進ではないだろうか!

でも毎回気になるのが、日本の攻撃って、ながれの中でフォワードが
なかなかシュートがめぐってこないの残念でなりません、

もちろんフリーキックからの得点は日本の武器ではあるのですが、

ファンとしてはは、日本の流れでの攻撃ももっとみたい!!

と思いました。
オランダのひとつの形になる
最終ラインからゲームをコンとロールする正確なキックをもっている選手。




これは何かの雑誌でみたのですが、あくまで噂ですよ
たしか、クーマンのキックは牛をも殺すほどのパワーらしいです。

それ聞いたクーマンは激怒したそうです。

たしかこんな記事があったような。



コアリズム
プラットのヘディングシュート

あそこまで、豪快で、背筋つかって、カーブをかけて、ねらったヘディングシュートはなかなかみれません。

イタリア90の3位決定戦のプラットのヘディングシュート!
ウェッブ選手(記憶で書いてますので名前は多分ウェッブだった思います。)

3位決定戦で、幻のビューティフルボレーをうちます。

私の中で、イタリア90大会でボレーシュート、ベスト3に入ります。

得点にはなりませんが、スローモーションでみてもシュートが綺麗な線になっていて、その起動にほれぼれします。






トゥーカッター
カーシャンプー
90年イタリア代表のゴールキーパー、ゼンガ。

常に彼はカメラを意識してます。

ガムを噛みながら、フリーキックの際、支持を与えている時でさえ、カメラを意識して
色気をだしています。

90年イタリア大会にて、、、、。


美脚革命
90年イタリア大会の開幕戦。
知っている人も多いですが、試合を決める決勝点を取るシーン

あのジャンプ力に象徴されるようにロジェ・ミラと共に、アフリカの ヨーロッパ/南米への二強時代に対する挑戦状です。

すごいジャンプ力で1メートル以上とんでるんじゃないでしょうか?
アルゼンチンのディフェンダー(多分ルジェリだとおもうんですが)、身長190センチ以上ある選手ですが、彼の顔の位置にオマンビイクのケツがある状態でヘディングシュートを決めます。

何度もいいます、ルジェリの顔にオマンビイクのケツがくっついてます。
私の中で見ごたえのあるベスト試合が、西ドイツ対オランダの試合です。

まず、びっくりするのが、オランダ伝統的なワイドで早いボール展開です。
ラインぎりぎりからのクロスチェンジも軽くこなします。しかもボールが早い。

本当にオランダがパス展開すると、コートが小さく感じるほどです。

この試合はボディーブローの打ち合いです。

ファンバステンはこの大会本調子ではないといわれていますが、確かにコーラーにきびしいチェックをうけてました。

ドイツは、この大会、ディフェンスライン、アウゲンターラーがバランスをとりながら、中盤へボールを供給していくスタイルで、時にはブレーメのロングアーリークロスが光ります。それを快速のクリンスマンがものすごいスピードでひろうというより、点と線であわせていくような展開です。

対するオランダは効果的なクロスチェンジから1対1を作りだし、サイドを崩すスタイル。

さすがは88年ユーロ優勝チームのオランダです。オランダのパス展開はドイツもついていけてないように感じます。ですから、中盤では、オランダはどんどんパスを展開して、クロスチェンジをして、簡単にサイドで1対1の状況をつくり、仕掛ける形をつくってました。

ドイツは
時折、リトバルスキーが得意のドリブルで中へ切り込みシュートを放ちます。
このプレーは彼の十八番です。


つづく
私の好きな選手の一人です。

彼のベストな大会は92年のユーロかもしれませんが、
私が最初にみたのは、イタリア90です。

小柄コンビのリトバルスキーと共に、西ドイツの小技士として活躍します。

彼の得意プレーは、ライン際からの仕掛けです。キックも得意ですから、相手を半分だけ交わしての
アーリークロスもかっこいいです。


日本では中村俊助選手だけが、ライン際から、仕掛けをして、自分がゆとりをもってクロスを上げれますが、へスラー選手もそういったプレーを好みます。スピードで打開するというプレーではないです。

中村選手とは技が異なりますが、キックフェイント、切り替えしをして、自分がゆとりのある状態で
クロスを配給します。





ソープディスペンサー
イタリア90ワールドカップですが、
この大会のマラドーナはコンディションは最悪です。

試合中は、激しくファウル覚悟のプレッシャーで、彼がボールを持つと必ず2,3人の選手に囲まれ、足を
削られるので、彼の足はぼろぼろです。

ですからこの大会でマラドーナの全快プレーは見られませんし、運動量も少ないです。
しかし、ボールをもったら、やはり天才マラドーナです。

ちょっとした隙から、点に絡む仕事を何度かします。スピードのあるカニージャがいたこともあるでしょうが、、、、。

ちなみに、この大会後、マラドーナは体調を戻して、イタリアのチームナポリでカップ戦で優勝してますので、その時と比べれば、いかにマラドーナがコンディションを崩していたかわかります。

決勝では、西ドイツとアルゼンチンです。
ドイツは、クリンスマン、フェラー、マテウス、ブレーメ、ブッフバルト(元浦和レッズ)、へスラー、リトバルスキーがでてます。監督はベッケン・バウワーです。

対するアルゼンチンはマラドーナのほかは、カニージャ、本調子でないブルチャガ、ルジェリとかです。
決勝はほとんど、ドイツペースで進みました。アルゼンチンは守って、1点を狙うような感じで、内容はあまり面白いとはいえません。しかし決勝まで上がってくるだけあって、アルゼンチンの守りは強く失点もPKの1点だけです。

カニージャが決勝に出場していたら、面白い展開になっていたかもしれません。

優勝は1-0で西ドイツ優勝です。


私の高校時代はまだプロ化もしていない状況でした。
ですから、日本のサッカーリーグは観客がまばらで、会社員として選手はきびしい状況で、
サッカーをしなければならい。

そんな中、一気に観客動員をアップさせ、日本サッカー界をひっぱったのがカズ選手ではないだろうか?

カズ選手の登場は当時、ブラジルのプロリーグで見事レギュラーを奪い取り、
日本へ帰ってきた。

彼の影響で、日本サッカーの取り巻く環境は大きく変化したと思う(よい方向に)

さらに日本のレベルを一気に上げるきっかけをつくったのである。


印象的だったのは、読売クラブにはいり、カズ選手が試合で、またぎフェイントを駆使して
相手に仕掛けていくシーンです。
今では、またぎフェイントは小さい子供でもやりますが、当時の日本では選手があそこまで
仕掛けるような選手はまれだったのだ。

一人のスーパースターが生まれれば、それをみた子共の中、もしくはその時代の子供の中から、必ずスーパースターが絶対にでてくると私は思う。スーパースターの影響は、その時代の子供の人生をも変えていくのだ!

そして、日本サッカー界で永遠と語り継がれるであろう「ドーハの悲劇!」

まさに、カズ、キングカズ、彼は永遠にキングなのだぁ