部位別のがん罹患率はもちろん、がんでの死亡率も高く、毎年トップ3に必ず入っている“胃がん”。

塩分の摂り過ぎが胃がんリスクを高めることは明らかとなっていて、味噌やしょう油、漬物や干物など、塩分が多いものを好む日本人は、食塩摂取量も諸外国に比べ摂り過ぎの傾向にあります。

日本人の罹患リスクが高い胃がんだからこそ、早めの予防、定期的な検診が重要になってきます。しかし、“胃カメラ”で「オゲェ」となるのを涙目でガマンしたり、バリウムを飲んで込み上げてくるゲップをガマンするのはとてもツライですよね。

現在、医療機関で受けることができる胃がん検診は数種類あります。その中で今注目を集めている検診方法が、胃がんリスク層別化検査、通称“ABC検診”というもの。今回は国立がんセンターの情報を元に、この注目の胃がんリスク検診についてご紹介していきます。

 

■今注目の“胃がんリスク層別化検査”って?

 

がん検診は、「もしがんだったらどうしよう」という不安から、受けない人も多くいます。特に胃がんの内視鏡検査は口や鼻からカメラを入れたり、胃部X線検査では苦いバリウムを飲んだりするので、それがイヤという人も多いのでは?

しかし、こういった、早期発見のチャンスや検査過程を怖がるより、自分のがん発病リスクを知らずにいることの方が後々よっぽど怖いことになってしまいます。

実は、現在、内視鏡や胃部X線による検診を受けずして行える“新しいタイプの胃がん検診”があるのです。

それが、“胃がんリスク層別化検査”、通称“ABC検診”で、ほんの少しの採血だけで行うことができます。また、早期の胃がん発見率はバリウムによる検診よりも高いといわれています。

バリウムを飲むのも胃カメラを挿入するのも怖くて胃がん検診を避けていた人には、胃がんリスクを知る検診としてとてもオススメです。

 

■何を調べる検診なの?

 

“胃がんリスク層別化検査”は、胃がんの原因となる“ヘリコバクター・ピロリ菌感染”の有無と、“胃粘膜性萎縮度”、この2つを調べ、胃がんリスクを判断する検査です。

胃がヘリコバクター・ピロリ菌に感染していると、胃の粘膜にダメージを与えて、胃がんのみならず、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などいろいろな病気リスクを高めます。

そして、胃粘膜性萎縮度を調べることで、胃粘膜の老化状態を調べることができ、萎縮が進行している胃は胃がんを発病しやすくなります。

これらの検査結果を組み合わせて胃がんのリスクを下記のA〜D群に分けて評価していきます。

<胃がんリスク層別化検査 群分け>

A群:ヘリコバクター・ピロリ陰性+萎縮性胃炎無

B群:ヘリコバクター・ピロリ陽性+萎縮性胃炎無

C群:ヘリコバクター・ピロリ陽性+萎縮性胃炎有

D群:ヘリコバクター・ピロリ陰性+萎縮性胃炎有

検査結果より、A群では、1年後に胃がんが発生する頻度予測はほぼゼロで、B群では1,000人に1人、C群では500人に1人、D群では80人に1人と、A群からD群になるに従い、徐々に胃がんリスクが高くなっていきます。

 

■子どもへの口移しが胃がんリスクを高めてしまう

 

“ヘリコバクター・ピロリ菌”は、胃の中に生息している細菌。日本のピロリ菌感染率は、若年者は10~40%、40歳以上の中高年層では60~80%以上で、感染経路の主流は経口感染。

感染している人、つまりパパやママ、おじいちゃんやおばあちゃんが、子どもや孫に口移しでご飯をあげることでもうつってしまいます。

だからこそ、早めに検査をして感染を予防するようにしたいですね。特に、離乳食が始まると、口移しをする機会が増えるので、子どもができたときには、ぜひ1度検査をしてみてください。

 

いかがでしたか? 今回は胃カメラやバリウムではない、ストレスが少ない胃がん検査方法をご紹介いたしました。

胃がんリスク層別化検査、通称ABC検診は、検査費用も比較的手頃で、苦痛なく手軽に受けられる検査です。

胃がんリスク層別化検査はリスクと群が正確に比例するものではありませんが、そのサポートになることは間違いありません。

今まで検査を躊躇していた方や、忙しくて時間が取れないという方にも受けやすい検査なので、ご自分の健康管理をしっかりするためにも検討の価値ありの検査ではないでしょうか。

 

「これ以上できる治療はありません」

   そう宣告されたら、あなたならどうするだろうか? 現在、日本における生涯がん罹患率は、国立がん研究センターがん対策情報センターのデータによると、男性62%、女性46%。実に2人に1人が患う国民病だ。その3大治療法は、外科的治療(手術)、放射線治療、化学療法(抗がん剤)で、現在、科学的根拠に基づく最良の治療として進められる標準治療と呼ばれている。

「がん難民」が望みをかける治療法

   しかし、その副作用によって苦しむケースが多いことも知られ、また、標準治療での治療効果が得られず、これ以上の治療はできないと宣告されて行き場を失った"がん難民"が社会問題化し、その対策も急務となっている。

   今、"がん難民"が望みをかける治療として世界中から注目されているのは、血管内治療「動脈塞栓術」。どのような治療法なのか、その第一人者であるゲートタワーIGTクリニック(大阪府泉佐野市)院長の堀信一医師に話を聞いた。

「動脈塞栓術はもともと肝細胞がんや動静脈奇形、子宮筋腫といった血流を止めることで改善が見られる疾患に用いられる方法で保険適用になっています。その中でもがんには抗がん剤との組み合わせで、より効果的な治療にできるのではないかと考え、1990年頃から研究を開始し、20年以上、治療法の開発に携わってきました。日本で生まれた技術、治療法で、日本は症例数も多く最も進んでいます」

 

 生きた細胞にある抗酸化物質「グルタチオン」の濃度を蛍光色素の変化で測定する技術を開発したと、東京大大学院薬学系研究科の浦野泰照教授らが8日、英科学誌ネイチャー・ケミストリー電子版に発表した。

 がん細胞にはグルタチオン濃度が高いタイプがあり、放射線で活性酸素を発生させたり、抗がん剤を投与したりしても治療効果が上がらないケースがあるとみられる。この技術で生きたがん細胞のグルタチオン濃度を正確に測定できれば、新薬の開発やがんのタイプ別の治療に役立つと期待される。

 

最近のがん治療は入院ではなく、通院がメーン。手術のときだけ入院して、その後の治療と仕事の両立は可能だ。

 背景には、日本人の死因で最も多いがんの対策のために、国、地方公共団体などの責務を明確にした「がん対策基本法」が2006年に成立したことも無関係ではない。そこには「がん患者の療養生活の質の向上」について明記されている。

 しかし厚労省によれば、がんと診断された後に離職する割合は3割超。その主な理由は、“がん=死”のイメージから「もう仕事はできない」と思ったり、「仕事を続けようと思えばそうできた」ものの、周りのプレッシャーから「自ら身を引いた」などさまざまだ。

 治療のため休職した後、たとえ復職したとしても、やはり離職という状況に追い込まれることも少なくない。がん患者の就労支援をしている『一般社団法人CSRプロジェクト』の藤田久子さんが言う。

「復職する場合、患者さんにはさまざまな不安や葛藤がつきまといます。まだ体力が戻らないのにちゃんと働けるのか、同僚に迷惑をかけるのではないか、周りに自分はどう受け入れられるのかって」

 9年前に乳がんのステージIIIと診断された松山明日香さん(仮名、43才)は現在、就職活動中だ。

「リンパ節に転移があるということで、半年間抗がん剤治療を受けてから手術し、1年間、分子標的薬の治療を受けました。今は治療が終わり、1年に2回くらい検診に通っています」

 見つかったのは、ちょうど一般事務の派遣の期間が終わって次の仕事を探していたとき。幸いにも実家暮しで、家族のサポートもあり、治療期間の1年は仕事をせず過ごした。

「面接は何度も受けましたが、“これまでに大きな病気をしたことはありますか?”と聞かれることがあって、今のことを聞かれているなら “健康です”って答えられるけど、これまでのことを聞かれたら、“がんだった”と答えなくちゃいけないのかな…って。正直に言うと選考に影響が出ると思って、嘘をついちゃうんですが、後ろめたい。入社後の健康診断でバレてしまうんじゃないかと思うと、すごく不安になりました」

 

 入社してからも悩みは尽きない。少しずつ体力が戻り、これまでのように働けるようになった。うれしいことのはずなのに、精神的なプレッシャーを感じてしまった。

「契約社員で入った会社で、“ここでがんばれば正社員になれる”という話があって、残業がきつかったけど、きちんとやらなくちゃという気持ちがありました。でも一方で、こんなにがんばっていたら、また病気になってしまうんじゃないかと。無理な働き方はしたくないと思うけれど、それだと、お給料もよくない仕事になってしまう。もし再発したらまたお金も必要になるし…結局そんなことを考えていたら、うつっぽくなり、その仕事は辞めてしまいました」

 松山さんのように、がんに罹患後正社員として再就職し働くことは、かなりハードルが高い。藤田さんが説明する。

「ミドル世代の人が、一度辞めてしまって再就職するのは、本当に難しい。ですから、続けられるのであれば、勤めている会社にとどまるのがいちばんです。しかし会社側が、『ちゃんとこれまで通りに働いてもらわないと…』と圧力をかけてくる場合もあります。

 また、患者自身もこれまで通り働けないことを申し訳ないと思ったり、『私を辞めさせようとしているのでは』と疑心暗鬼になったりして自分から身を引いて、病気がわかってすぐ辞めることを選択しようとする人も多いです。でも、すぐに辞めないで、誰かに相談するなど、問題解決の対策を考えるようにしてほしい。辞めるのはその後からでもできるのですから」

がん治療では、入院よりも通院のほうがメーンとなっている昨今。治療と仕事の両立は可能なはずだが、がんと診断された後に離職する割合は、約3割だという。また、がん患者が再就職するのもかなり難しいという。

 がん患者の就労支援をしている『一般社団法人CSRプロジェクト』の藤田久子さんは、かつて復職後の働き方で、苦しんだ1人だった。

 9年前に乳がんで左胸を全摘出した時、藤田さんは団体職員として仕事をしていた。手術、抗がん剤治療を経てホルモン治療を受けながら復職。6か月も休み、充分に療養したからこれまで通り働けると思い、フルタイムで休職前の部署に復帰した。しかし…、

「以前のようには働けませんでした。ホルモン治療の副作用がすごかったのです。ホットフラッシュで汗が突然ドッと出るので、常に着替えを持ち歩いていました。あとは、関節が痛んだり、うつ状態になったり…」(藤田さん)

 復職してから3か月、大規模な人事異動に対応できず、再度休職。2度目の復職時には会社と話し合いの結果、フルタイムではなく、別の部署に短時間勤務で復職することになった。

「会社は、やる気もあるし、もう治ったと思っていたので、これまで通り仕事ができると思っていたそうです。2度目の休職でそうではないことがわかり、短時間勤務で徐々に体を慣らしていくことを提案されました。そのとき、私自身も自分の体調や状況を充分に伝えていなかったと気づきました。

 患者はどうしても、後ろめたさや負い目でいっぱいになって肝心なことを伝えていないことが多いです。治療の見通しや“どんな仕事をどの程度できるか”といった状況を具体的にきちんと説明し、お互いに納得できるよう話し合うことが大事です」(藤田さん)

 今年2月にステージIの乳がんを告知されたものの、手術を受けて2か月後には職場復帰を果たした女優の南果歩(52才)は、少し前のインタビューで、仕事復帰した後の心境をこう吐露していた。

《最近では、もうちょっとできるはずなのに、と思いながら休まなくちゃいけなかったり…。体力的にというより、精神的にきついな、と思うことが正直あります。抗ホルモン剤は、更年期障害に似た症状を引き起こすんです。この薬を、5年間飲み続けなくちゃならない》(『HERS』9月号)

 薬をのみ続けた結果、自分に何が、どのように起きるか今はまだわからない。しかし南は、「50年以上生きているなかで、これもひとつの味わい」と、受け入れて、仕事も楽しんでいるという。

 仕事をどうするか──ゴールの見えない闘いになるからこそ、それは患者本人だけの問題ではない。家族もまた同じように悩み、葛藤する。

 テレビ局に勤める佐藤敦子さん(仮名、35才)は、2年前、3才年上の夫に喉頭がんが見つかった。それは結婚直後のことだった。

 

「とくにつらかったのは、彼の入院中。病院は会社から電車を乗り継いで1時間ほどの場所だったんですけど、毎日仕事を早く終わらせて彼のもとへ駆けつけていました。彼は同じ業界で働いていて、私の仕事が不規則で忙しいことを充分承知だったのですが、心細かったんでしょうね。夕方になると“何時に来るの?”“まだ?”とメールをしてくるんです」

 佐藤さんは「いっそ看病に専念したい」と休職も考えたと言うが、夫としては、大好きな仕事を放棄してほしくないようだったという。

「実際は、両立させる方がよっぽど大変だったんですけどね…(苦笑)。彼は初期のがんでしたし、手術して、抗がん剤治療をすれば、問題なく仕事復帰できるとのことだったんです。だけど、私が休職したら、“もしかして深刻なのかも…”と彼を不安にさせるかもしれないとも思って、結局踏ん張りました。

 そういう状況だったので、会社には夫のがんのことは伏せたまま。だから『娘が風邪』と言って堂々と早退する男性社員や、それを『大変だね』と生温かく返す周囲にも、正直イライラしていました」

 普段なら気にならないような言葉のやりとりにも、敏感になってしまったという佐藤さん。夫が退院してからも大変だった。そしてそれは、今も続いている。

「大きな子供のいるシングルマザーみたいで…。朝と昼ご飯を作って出社して、仕事が終わったら毎日10品目のメニューを作るためスーパーにダッシュ…。だから同僚や上司はもうずっと私のことを、“最近、やる気がないな”と見ていると思います。仕事に集中したくても物理的にも精神的にも一杯いっぱいで、気ばかりが焦っていますから」

 フリーアナ・小林麻耶(37才)もそうだったのかもしれない。妹の小林麻央(34才)が乳がんを告知されたのは2014年10月だった。6月に夫の市川海老蔵(38才)が公表して初めて、麻耶が活動休止した理由がわかったのだが、その間も彼女はいつものブリッ子キャラで、仕事を懸命に続けていた。そして仕事を終えたら、妹の看病。

 麻耶はブログで当時をこう振り返っている。

《テレビに出ることで病室で少しでも笑ってもらえたら…仕事をしていることで心配かけずにすむように…》

 この春から夫は職場復帰をしているが、佐藤さんの悩みは尽きない。

「職場復帰をするとなった時、彼の同僚がお祝いをしてくれたんです。見た目は全然変わらなかったから、みんなすごく喜んでくれたそうなんですよね。彼、もともと大酒のみで、たばこも吸っていたから、完全復活をアピールしたくて、その空気に合わせちゃったみたいで…。そのせいで具合が悪くなって、帰って来た時には息も絶え絶えでした。彼の中でも、男としてずっと思うことがあったと思うんです」