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長寿の憂い ~長寿国日本の裏側~ 3

前回より続きます。

250歳 天寿(てんじゅ)

私の母も、

昨年93歳の天寿を全うして

鬼籍に入りましたが
本当の天寿とは250歳のことを言うそうです。

だとすると、

ここら辺りからは、

およそ人の寿命の呼び方ではあるまい。

全世界、どこを見渡して
250歳まで長生きしている人はいない。

では、何がこんなに長生きするかというと、

亀くらいしか思い浮かばない。

青龍、

白虎、

朱雀、

玄武の

四守護神の一つ

玄武は、

亀と蛇の二身一体であることから、

亀は昔から長寿の象徴ではあったろう。

ところが、

賀寿にはまだまだ上がある。

何の必然性によるものか分からないが、

驚くほどの年齢である。

1001歳 王寿(おうじゅ)

ここでは、

王の字を千と一に分解している。

皇寿の時の下の王の分解は一十一。

だから、字の分解に

何の統一性も共通性もない。

無責任なこじつけとしか思えないが、

必ずしも人を対象とした呼び方ではなく、

中国の古典などに出てくる

仙人の世界での呼び方なのかも知れないので
論評は控えたい。

まだあります。

1007歳 毛寿(もうじゅ)

毛の字を分解すると、

千と七。

まぁそう見えなくもないが、

だからと言ってそれがどうした、

と言いたくなるような毛寿。
日本人には

ちっともめでたい感じがしない。

しかし、中国では

白髪三千丈などと言う表現もあるので、

毛の字にはめでたい意味があるのかも知れない。

1082歳 科寿(かじゅ)

科寿の科の字は、

左側が千と八、

右側が十と二、

今度は足し算ではなく、

そのまま読んでもらいます。

千八十二。

だから、

前にも述べましたように、

何の統一性もない呼び方です。

気にしたらきりがありません。

誰かが気に入った字を分解して、

賀寿に加えたに違いないと思うが、

排除しようにも証拠が見当たらない。

賀寿も流石にこれが最後。
2018歳 栞寿(かんじゅ)

見ての通り。

千千十八、だから2018。

人の寿命にしては長すぎるし、

神仏の寿命にしては短すぎるし、

何を対象にして設定された年齢か分からないので、

ピンと来ないのがほとんどの人の思いでしょう。

これが人を対象とした呼び方であるとして、

納得するような解釈をすれば、

次のようなことが言えるかも知れない。

次のようなことの

具体的解釈と総括は

次回に譲ります。

長寿の憂い ~長寿国日本の裏側~ 2


さて、前回に続きます。




88歳 米寿(べいじゅ)

傘寿と同じで、

米の字を分解すれば、

八十八。

見てそのまんま。

90歳 卒寿(そつじゅ)

卒業の卒の字の略字を卆と書くことは、

ほとんどの方がご存じだと思います。

喜の七十七はさておいて、

これは辞書にも載っている略字です。

95歳 珍寿(ちんじゅ)
95歳まで生きながらえるのは

非常に珍しいことだからと

こう呼ばれますが、

これが一つだけまともな考え方で呼ばれています。

だから、この年齢の呼び方だけは、

あるいは他の賀寿と違い、

別の時代に発生して

仲間に加えられたのかも知れない。


99歳 白寿(はくじゅ)

いかにも白髪頭が似合いそうな年齢ですが、

呼び方のもとは

百という字の上の一を取ると白になることから、

百から一を引いた年齢99歳を白寿と呼びます。

「ダジャレか、これは!」と言いたくなるような呼び方で、

古の昔にも、

しゃれの分かる人はいたもんだと、

妙に感心したくなる字です。

100歳 百寿(ももじゅ)

白寿の前にまず、

百寿があって、

一を引いて99歳も白寿でいいじゃないか、

そんな考えの元になったような百寿です。

108歳 茶寿(ちゃじゅ)

茶寿も、

茶の時の分解から生まれています。

草かんむりは十と十の繋がったもので二十。

草かんむりの下の字は、分解すると八十八。

両方足すと108。

このまんまのこじつけ。

111歳 皇寿(こうじゅ)

同じようにこじつけます。

白と王に分けて、

白は白寿で99、

王は更に一十一と分けて、

全部足せば111。

なるほど、と思わせるようなこじつけだが、

皇の字を当てているところが、

何となく尊い。

120歳 昔寿(せきじゅ)

「昔」の字の上の方の

草かんむりみたいなところ
十と十に分解。

一と日を一字とみなして百と読ませる。

これほど強引なこじつけはないが、

120歳も生きれば、

それはそれは昔の人だから、

「まぁ、いいか!」になってしまう。




人の寿命の限界を超えます。


それでも賀寿の表現があります。






これ以上は、


あるいは人に対する表現ではないのかも知れないが、


次回に敢えて記します。



長寿の憂い ~長寿国日本の裏側~ 1

東京は足立区で、

生きているはずの111歳の男性が

白骨死体で発見されたという

ショッキングなニュースがテレビから流れ、

それに影響されて、

全国の自治体が調べたところ、

何と、

100歳以上の長寿の方の所在不明者が

判明しただけでも70人以上いることが分かり、

驚きとともに

おそらく視聴者は、

信じられない思いでこのニュースを聞いたことだろう。

行政の怠慢であるとか、

個人情報保護法の壁があるとか、

それぞれの立場で言い分はあろうが、

少なくともそれ以前に
「もう40年も親と連絡をとっていない」

「弟のところにいると思った」

「姉のところに移転した」

などと、

子供達が言っていることが異様でかつ異常である。

長寿は「寿」の呼び方をされるほど

現代ではその無事を祝うべきことであるはずが、

自分の子供達からも忘れ去られ、

面倒も見てもらえず、

最悪死亡しても、

葬式も出してもらえず、

生から抹殺されている人がいるなんて

どうしても信じられない。
その親の子供達は

きっと鬼に違いない
蛇に違いない。

仮に親が鬼のような親であったとしても、

ならば自分は決して鬼になどなってはいけないと

心に思うはずなのに。

蛙の子は蛙で良い。

でも、

鬼の子が鬼になってはいけない。

考えれば胸の塞がる出来事であるが、

長寿を、

本来の寿の立場から

今日は考えてみたい。

長寿の祝いを表す言葉はたくさんありますが、

主だったものを取り上げてみました

皆さんはどれくらいご存知でしょうか。
そして、なぜそう呼ばれるのか、

順を追って触れて行きたいと思います。

数え年換算による


賀寿(長寿の祝い)

61歳 還暦(かんれき)

これは、生まれた年の干支(10干12支の組み合わせ)が

それぞれ循環して、

再び同じ組み合わせになるのが60年後であることから、

数えで61歳を還暦と呼びます。

(10と12の最小公倍数が60)

70歳 古稀(こき) 

中国、唐代盛期の詩人杜甫の曲江
「人生七十、古来稀なり」より引用して古稀と呼びますが、

古希とも書きます。

日本では、敦盛に

人生50年、夢幻のごとくなり、と読まれていますので、

杜甫の時代(700年代)はもっと寿命は短かったと思われ
77歳 喜寿(きじゅ)

77歳で喜寿というのは、

単純にラッキー7が二つも付いて喜ぶべき年だと

何となく納得しがちですが、

本当は、「喜」の字の草書体を、

七の下に十七と書くところから来ています。

80歳 傘寿(さんじゅ)

傘の略字は仐と書き、
分解すると八十になることから傘寿。

賀寿の呼び方は、

基本的にはこのような

いわゆるこじつけみたいなものが多い。

いつ、だれが付けたのかは定かではありませんが、

このような呼び方をし始めたのは、

しゃれの分かる数学者だったのかも知れない。

賀寿の呼び方は、
この上、

人の寿命を超越して、

はるか遠くの年齢まで、

まだまだ続きます。

次回へ。

モロッコ王国ナショナルデー


7月30日は


モロッコ王国のナショナルデー。


当日、


駐日モロッコ大使館主催のセレモニーが


ホテルオークラで開催されました。




常日頃親しくお付き合いさせていただいている関係で、


大使館より招待状をいただき、


私も行ってまいりました。





ちなみに、


ご存知の方も多いでしょうが


「ナショナルデー」とは、


その国で一番大事な記念日のことで、


モロッコは国王即位記念日です。




日本は天皇誕生日。




国によっては独立記念日であったり、


革命記念日であったり、


憲法記念日であったりします。






ホテルオークラ


アスコットホール


受付



Totoronの花鳥風月-ノエルさん

受付で、


モロッコの民族衣装を身にまとい、


にっこりとほほ笑むのは、


モロッコ大使館文化担当官


ブアヤード ノエル 女史





この人の笑顔はまさに世界一。


普通の男性だったら、


ひと目見てころっとまいってしまう。


それ程素敵な笑顔です。





フランス語と英語と日本語を流暢に話し、


そしてアラビア語も少し。


才媛である。





ホール入口では、


大使夫妻(中央のお二人)が招待客をお出迎え。


Totoronの花鳥風月-大使夫妻

サミール・アルールモロッコ王国特命全権大使。


そばに寄り添う大使夫人は日本の方です。





大使の親日ぶりが分かります。


左端に見える写真は若き国王。




Totoronの花鳥風月-k1

2005年11月28日来日された時のスナップ写真です。

迎賓館で歓迎式典を見せていただきました。





特筆すべきは、


この時国王滞在中に、通訳兼世話役で


常に国王に付き添っていたのが


前述のノエル女史。


大変な大役を務められた方です。







Totoronの花鳥風月-羽田元首相


会場には


羽田元首相もお見えになっていました。


日本モロッコ議員連盟前会長です。


向かって右側の、黄色い服のご婦人はアルール大使夫人です。





Totoronの花鳥風月-羽田さんと

以前、アラウィ特使が来日された時に一緒に撮った写真ですが、


羽田元首相は、この時の方が元気でした。






Totoronの花鳥風月-大使と

左から2番目がアルール大使。


3番目はホスニ前公使。


ホスニ前公使は今1週間のバケーションで日本に滞在中。


ホスニ前公使の奥様も日本の方です。







Totoronの花鳥風月-次席と

中央の私の左側がモハメド ショーラク次席(大使館No.2)。


ショーラク次席は以前この大使館の参事官でしたが、


本国にしばらくお帰りになり、


再び日本の地を踏んだ時には


No.2になって帰ってこられました。


うれしいことです。




私の右側はその奥様。


この方も日本の方です。





モロッコは遠い遠いところにある国ですが、


大使館には


親日派ばかりで、


実に頼もしい組織です。


だから、


外務省ももう少し頑張ってほしいものです。





さて、会場に目を写すと、


ひときわ目立つ民族衣装のノエルさん。


その隣の人は、


フランス料理の達人で、ノエルさんの旦那様。


そして、


ベビーカーの中には、


このお二人の


生まれてまだ5ヶ月しか経っていない赤ちゃん。



Totoronの花鳥風月-夫妻とベイビー






かわいいかわいい、女の子でメイサちゃんという名前です。



Totoronの花鳥風月-小さな外交官


しっかりこちらを見てくれています。






入れ替わり立ち替わりに来る大人たちを相手に、


人みしりもせず笑顔を振りまきます。


こんな小さな時から、


もう立派な外交官です。




Totoronの花鳥風月-ノエルさん2


純真な赤ちゃんの前では、


どんな大人も純真な心になってしまいます。




自分の組織にひと度帰れば、


相当な重職に付いている方ですが、


赤ちゃんの前では、


「ベロベロバー!」を平気でやってしまいます。




日本だったら、

ナショナルデーのセレモニーに

赤ちゃん連れでは絶対に出られない。:・・・かもしれない。


日本と外国では

こんなに違います。





後方に見える氷の彫刻は、


モスク。




ナショナルデーセレモニーといえども、


入場してから退場するまで、


挨拶も何もない


全く自由な雰囲気のなかで、


それぞれがそれぞれの友人知人と再会を喜び、


そして、新しい人とのつながりを求めて、


和やかなうちに時は過ぎて行きました。




約2時間半で自然散会。


お客様が半分くらいになったところで


私も会場を後にしました。




最後になりましたが、


モロッコ大使館の方々のご好意に対して


厚く御礼を申し上げます。






と、ニックネームのブログで言っても、


大使館には通じないかな。




でも大声で言っておこう。



ショーラクさん!


ノエルさん!


ありがとう!






ところで、


私の写真に目隠しを入れましたが、


本当はそんなことをする必要はさらさらありません。


でも今回は、


私の出しゃばり過ぎを抑えるためだと思ってご容赦ください。






今日は、


モロッコ王国ナショナルデーセレモニーの様子を


ご覧いただきました。


最後まで見ていただいてありがとうございました。

無限大の反対側

前回のブログで、


無限大に付いて触れました。


数の単位で


最大は無量大数。


無限大を表現するのに言葉がなく、


キリがないので数字の表現でも


堂々巡りの   




立てれば8(はち)という有限の数字だが、


寝かせるとどういう訳か ∞(無限大)。





それはさておき、


無限大に触れたら、


その逆にも触れなければ、バランスが取れない。




だから今日は、


数の単位で、


ミクロの世界に入って見よう。




どれだけの方が、


どこまで付いてこれるか、


ちょっと試してみてください。





Totoronの花鳥風月-F1

家の近くの公園から見える富士山。ズームで引き付けていますが、電柱や電線が非常に邪魔です。




1つの存在を起点にそれを分割していきます。



スタート!



まず最初が、



割(わり)



その下が



分(ぶ)



更に続きます。



厘(りん)


毛(もう)


糸(し)



糸(し)まで来ると、


ここら辺りで脱落者が少し出るかもしれない。




数字で表現すると10万分の1。


でも、どんなに小さくても、


そこに存在すれば単位はある。





Totoronの花鳥風月-F2

邪魔な電柱と電線を消し去れば、こんなにすっきりとした姿になります。





さて、単位の続き。




忽(こつ)


微(び)


繊(せん)


沙(しゃ)




このような漢字は知っていても、


それが数を表す単位で用いられていることを知る人は少ない。




塵(じん)


埃(あい)



塵(ちり)や埃(ほこり)までもが数の単位である。




「塵埃にまみれる」とは、


百億、千億分の一の細かなチリやホコリにまみれるということだ。




ミクロの世界を覗いてみれば、


いつもは見えていないだけに、


実に他愛ないことに驚く。




この驚きは、


「どきっ!」ではなく


「へぇ~~」。






Totoronの花鳥風月-F3

ご来光。

富士山頂から見る日の出の瞬間。

この時ばかりは、山頂にいる登山者から歓声と拍手が沸き起こる。






然しどんなに小さくても、


まだまだ存在するうちは単位がある。



渺(びょう)


漠(ばく)




ここまでは一字で表現した数の単位。


ここから先は違う世界に入って行く。




摸糊(もこ)


逡巡(しゅんじゅん)


須臾(しゅゆ)


瞬息(しゅんそく)




二字で一つの独立した言葉としては知っていても、


それが数の単位であることを知っている人は


おそらくいまい。




更にミクロの世界は続く。



弾指(だんし)



これは人さし指を親指の腹ではじいて中指の腹にぶっつけ、


指を鳴らす技のことだが、


その瞬間的な音を微細な存在として捉えているのだろうか。





刹那(せつな)


六徳(りっとく)


空虚(くうきょ)




ここまで来ると、


そこはもう仏の世界である。






Totoronの花鳥風月-F4


富士山頂から見る富士の影。「影富士」と言う。

日の出からしばらく経つと、

富士の反対側にこのような影富士が見られるが、

だけどお鉢巡りで反対側に行くのに、

ゆっくり歩いて30~40分。

みんな疲れているし、ここまで気を回す人は少ない。






無限大の彼方にも仏の世界がありましたが、


こんなに小さなミクロの世界にもまた、


仏の世界がありました。




仏の目には、


人の目の届かない大きな大きな世界でも、


そして、


目に見えない細かな細かな世界でも


しっかりと見えているということに気づかなければいけない。




「天網恢恢疎にして漏らさず」




そして、


もうこれ以上細かくしても意味がない世界を



清浄(せいじょう)



という。




無限大の世界で出てきた


京(けい)の上の単位


垓(がい)。


その百垓分の一の細かさ。




1の後ろに22個の0が付く百垓。


その百垓分の一の存在は、


もう無きに等しいということで、


清浄。





おそらく、


そこはもう物質的な世界を超越した


悟りの世界なのかも知れない。




ミクロの世界、いかがでしたか。


こんな単位もあるのだ、ということを


知ってもらうだけで充分です。




(写真と文章は関係ありません。)