Totoronの花鳥風月 -411ページ目

ジュエルとその仲間たち ~来るべき冬に備えて~


暑い夏を乗り切り、


庭一面に


花の舞を見せてくれた


ジュエルとその仲間たち。




今、


来るべき冬に備えて、


その準備に余念がない。





芝を深く刈り込んだので、


少し緑が欠けているところがあるが、


しばらくすると


すぐに新芽の緑に埋まる、


ちょっと自慢の


名付けて


「ドラゴンロード」(青龍の道)


Totoronの花鳥風月-niwa1


手前と、


ドラゴンロード左側花壇、


そして、


「白富士」右側の花壇の


ジュエルとその仲間たちの


花数が減少してきた。





種の保存の


役目を終えた昆虫たちも、


めっきり少なくなってくると、


花たちも


秋の支度に忙しい。





この時期、


花たちは、


今まで


花を咲かせるために使っていたエネルギーの


ほとんどすべてを、


次世代へ種(しゅ)を残すための


種子(たね)の育成に注ぎ込む。





花も少なくなり、


葉も


色つやが落ちてくるが、


それは


枯れかけて来ているのではない。





自分の体にある


すべてのエネルギーを


冬が来る前に、


種子を結実させるために


命をかけて注いでいるのである。



Totoronの花鳥風月-niwa2

あれほど花が乱舞していた花壇だが、


花数も減り、


花の大きさも


うんと小さくなってきている。





次世代への


確かな引き継ぎが


行われている姿。





秋は


そういう意味で、


新しい命がはぐくまれる時期。





決して


命の終わりの時期ではない。


Totoronの花鳥風月-niwa3


手前の赤紫の一団が 「ジュエル」





ドラゴンロードを


秋風が渡り、


その中を


青龍が天に昇る時、


次の命が誕生する。





そんな我が家の庭の様子。





ジュエルは、


さすがに強い。



Totoronの花鳥風月-niwa4

「ジュエル」 はまだこんなに元気。




種子作りは


他の松葉ボタンより


ちょっと遅れて始まるが、


でもちゃんと


冬には間に合う。





毎年毎年


このようにして持ち込んで、


もう我が家で


20年近く年を経ている。





この様子では、


家主より長い歴史を築きそうなので、


我が家もしっかりと


愚息に引き継いでいかなければ・・・。






植物のことなど、


口頭では全く教えていないのだけど、


親の背を見て育ってくれているのなら、


言わずとも


きっと引き継いでくれるだろう。






物思う秋が、


一気に押し寄せて来ている、


そんな我が家の


狭い狭い


小さな庭の様子でした。





<とても素敵なお知らせ>


今の時期に、


どうしてこんなにきれいなの?という


薔薇の花満載のブログがあります。


ピンクや黄色を基調とした


ほんのり暖かな薔薇の花が溢れる


見ているだけで


心休まるブログです。


是非覗いてみて下さい。


それはここ!


Dilettanteの秘かな愉しみ


余りにもきれいなので、


お知らせしました。

位牌は語る ~神々の里のいにしえ~


我が故郷は、


古事記にも登場する


「笠沙の御崎」




前回のブログで


少し触れた。




古い歴史を持ちながら、


古いままに時を刻んできたところ。





東京を、


終の棲家にした時に、


父の遺骨も


築地本願寺に移し、


先年亡くなった母の遺骨とともに


一緒に納骨堂に収めてあることも、


先のブログで書いた。





その、


父の遺骨を移動する前に、


昔からあった仏壇を開けて、


位牌を確認した時のことである。






この地方の歴史が古いから、


位牌の歴史も古かろうと


思ってはいたが、


古さも古し・・・。


Totoronの花鳥風月-ihai1

私の住んでいた田舎が、


火事にあって、


我が家も含む


村の大半が消失した事は


人々の話で


小耳にはさんだ。





その時の影響だろうか、


位牌がほとんど


焦げている。




そして、


そこに書いてある年代が


驚き。





「文政」 


「安政」。



Totoronの花鳥風月-ihai2


聞きなれない方に


補足させてもらうと、


文政(ぶんせい)とは、


日本の元号の一つで、


「文化」の後、


「文政」、


そして「天保」と続く、


1818年から1829年までの期間を指す。




この時代の天皇は仁孝天皇。




江戸幕府将軍は徳川家斉。





古いと言えば相当古い年号である。




そして、


安政とは、


歴史上相当な出来事があり、


日本人だったら、


ほとんどの人が


聞いたことがあると思う。






安政(あんせい)は、


これも日本の元号の一つ。


「嘉永」の後、


「安政」、


そして


「万延」と続く。





1854年から1859年までの期間を指し、


この時代の天皇は、孝明天皇。




江戸幕府将軍は、徳川家定、徳川家茂。




それだけではない。



井伊直弼による


安政の大獄、


そして


桜田門外の変。






この位牌に記された、


安政5年は、


徳川家定(江戸幕府将軍 享年34)、


そして、


島津斉彬(薩摩藩主) の


亡くなった年でもある。






歴史の転換点。






そのような時を生きた


ご先祖の位牌は、


沈黙のうちに


歴史を語る。






その頃、


このレベルの生活者に、


日記というものがあったら、


歴史は苦も無く明確になったろうに・・・。






古きが故に、


こんなことも起こった。



Totoronの花鳥風月-ihai3



巻物に書いてある名前と、


位牌に書いてある名前が、


明らかに違う。





巻物は


「岩本ヤス」。




そして位牌には、


「岩元ヤス」。





明治の頃の話。





名前などは、


その人を指す記号みたいなものだから、


基本的には


分かればいいのだが、


この違いは


一体どうしたものだろう。





お坊さんが


うっかり書き間違ったとしか思えない。




その時から、


私の


「岩本」 


「岩元」 に


変わったのかもしれない。






今となってはもう、


確かめようもない。






さらに


興味深いものが一つ。



Totoronの花鳥風月-ihai4


「岩本十兵衛」。






明治の頃だから、


柳生十兵衛とは全く関係ないだろうが、


勇ましい名前の先祖もいたものと、


今更ながらに思う。





これが、


位牌の語る


岩元家の歴史である。





もっともっとさかのぼれば


我が先祖は


ニニギノミコトと


コノハナサクヤヒメに


至るかもしれないと、


密かに


にんまりとする我が家の家系。







だが、


現在生きている人たちは、


例外なく


歴史を勝ち抜いてきた人たちで、


すべての人が


神代の昔につながっていることは、


間違いのない事実。






ただ、


そんな古い時代まで、


戸籍ではたどり着けない、


それだけのこと。






そのような意味でも、


自分の代で


歴史を途絶えさせないように、


大事な子供達を


命がけで


守ってやらなければならない。






原発の事故が


福島の人たちや、


その近隣の人たちの歴史を


すべて奪い取ってしまいそうな


そんな事態に陥っている。





大人たちの


賢い判断が待たれる。






沈黙のうちに


歴史の何たるかを、


語りかけてくれる


位牌である。

ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメ ~我が故郷~


我が故郷は


古事記に記載されている


「笠沙の御崎」。





高千穂の峰に降り立った


ニニギノミコトが


コノハナサクヤヒメと出会い、


海幸彦


山幸彦が生まれ育ったところ。




古い古い歴史を持つが


いまだにその時の雰囲気を伝える


いわゆる田舎のまんま。





故郷の海



Totoronの花鳥風月-kojiki1

(写真を繋いであるので、色が違うのはご容赦ください。)



東シナ海を望む景色は


天下一品。




小さな島々が点在し、


空気も海もきれいなところ。






海から陸地を見上げれば


ひときわ高い峰の目立つ山。





野間岳 標高591m。


Totoronの花鳥風月-kojiki2



この山の中腹、


380mの地点に


ニニギノミコト 


コノハナサクヤヒメ を祀る


野間神社がある。




野間神社

Totoronの花鳥風月-kojiki3


毎年2月に例祭があり、


周りの人が集まって大いににぎわうが、


その時以外は


静かな時を刻む神社。





野間神社本殿。


Totoronの花鳥風月-kojiki4


二人を祀るのに、


そんなに大きな社は要らない。






でも、


ここに


何千年も昔から


ニニギノミコトと


コノハナサクヤヒメを祀ってある。





この神社は


以前は山の頂上にあったのだが、


たびたびの台風に


社殿が倒壊したことから、


江戸時代に


現在に地(380m地点)に移された。






その神社を通りすぎて、


山頂に向かってみよう。






二枚目の写真、


中央の山


野間岳の山頂 がココ。

Totoronの花鳥風月-kojiki5


山頂は


大きな石で占められ、


その一番高いところが、


この野間岳の頂上。






だから、


山頂には


その一番高いことを表す標識が固定できず、


自分で持っての撮影となった。







ここから下を見下ろすと、


360度の展望が開ける。






当然


霧島は


高千穂の峰も遠望できるが、


ニニギノミコトは


そんなに遠くからこの笠沙の御崎を見つめ、


コノハナサクヤヒメがいることを知って


ここにやって来たものと思われる。





ニニギノミコトは、


千里眼を持ったやんちゃ坊主であったような、


そんな親しみを覚えさせる神である。






そのような


古い古い歴史を持つ


笠沙の御崎なのに、


いまだにその頃の面影を残す、


愛すべき我が故郷。






当然


原発などはないし、


これからも


一切要らない。







だから、


きっとこれからも


何百年


何千年にわたって


穏やかな時を刻むことだろう。





そんな故郷が


私は大好きである。

美しい秋の姿 ~新しい命の輝きの時~


9月に入り、


秋風が立つと、


彼女らの動きも一変する。



夏の盛りには、


蜜を求め、


花を求め、


そして


番うべき恋人を求め、


せわしなく飛び交っていた蝶たちも、


この季節には


一通りの役割を終え、


動きが落ち着いてくる。




多分


次世代への命の引き継ぎが


終わったのだろう。




満足げな様子がうかがえる。


Totoronの花鳥風月-tyou1

「ツマグロヒョウモン」





花は無くても、


こんなところで一休み。





こんなところに着地している蝶もいる。


Totoronの花鳥風月-tyou2

「アカタテハ」




花も水もない


我が家の「白富士」と名付けてある


庭の砂利の上。





これも休憩だろうか。





剪定した


ボケの木の枝の先で体を休める。


Totoronの花鳥風月-tyou3

「キチョウ」




お疲れ様と言いたくなるような姿。




蝶は、


夕方から朝まで、


暗い間は


羽をたたんで休息を取るが、


太陽が昇ってくると、


羽を広げて、


太陽の光をいっぱいに浴び、


体を温めて、


いつでも飛び立てる態勢に入るのだが、


日中に


羽までたたんでいるということは、


完全無防備。





役目を終えた蝶は、


満足げに


命の燃焼の余韻に


浸っているのかもしれない。






ここにもいる。


Totoronの花鳥風月-tyou4

「ナミアゲハ」 




花を求めているのではない。





これから来る冬に備え、


体力を温存し、


どこかで冬越しするつもりだろうか。






秋になると、


風にも秋の気配。



これは 「触覚」の秋。





木の実や


木の葉にも、


秋の気配。



これは 「視覚」の秋 。




虫の音にも秋の気配。




これは 「聴覚」の秋。





果物の実りにも


秋の気配。




これは 「味覚」の秋。





松茸の香り、



それは 「嗅覚」の秋。




人の5感に


総出で秋は押し寄せてくるが、


きれいな衣装を身に付けた、


夏の昆虫の 動き にも、


秋の気配は感じられる。





秋は、


なぜだか寂しさを感じさせる。




それは、


木の実も、


落ち葉も、


昆虫たちも、


次世代への命の引き継ぎが終わり、


最後を迎えていると思うからで、


人は故に、


秋を寂しいと感じる。






しかしそれは、


人だけの感情であって、


自然の中では、


決して命の終わりではない。






秋は、


新しい命の輝きの時。




だから、


秋は


美しさでいっぱいである。



松茸に思いを馳せて ~小さな庭の秋~


よもや食べられるキノコではないだろうが、


こんなものがニョッキリ。



Totoronの花鳥風月-ki1


なんというキノコだろう。



私は農家の出ではないので、


キノコはさっぱり分からない。




だから決して、


「食べられるのだろうか?」なんて


考えもしないので、


事故は起きないのだが、


庭に生えてくれば


その庭の手入れについて、


反省はする。




殺菌不足。





斜め上から見たら、


こんな姿。


Totoronの花鳥風月-ki2


大して変わりはしないけど、


何となく美しい。





赤くてすさまじい


毒キノコのような感じはなく、


いかにも質素。





トトロにさしてやりたくなるような


純な色。





明るくなってくると、


気持ち傘が閉じてくる。


Totoronの花鳥風月-ki3

これは昼前の姿。





昼過ぎには


もう少し閉じてくる。


Totoronの花鳥風月-ki4

人だったら、


この時間こそ傘は全開だが、


キノコには


明るさは


少し厳しいのだろうか。





夕方までには


すっかり閉じるかもしれない。






同じく昼過ぎ、


そのキノコの


開く前の姿を、


別なところで発見。


Totoronの花鳥風月-ki5

この、


丸っこい頭のところが


開いてくるのだろう。






翌日の夜明け前。


Totoronの花鳥風月-ki6

雨に濡れて、


開き始めていた。






キノコは


やっぱり傘。





雨がよく似合う。






傘の裏側を濡らさないようにして、


中に菌糸ができたら、


また土に戻すのだろうが、


キノコが生えると言うことは、


菌糸が無事に育っているということで、


それは即、


土が殺菌されていないことを意味する。






芝を植えていると、


時々各所からキノコが生える。





その時は


止むなく芝を枯らす菌の発育を抑えるため、


薬剤を散布することもあるが、


このキノコは


ひょっこりと花壇に姿を現した


突然の訪問客なので、


しばらく居ていただこう。






キノコと言えば


シイタケや松茸。






東北地方では、


放射能に汚染されて


全く食用にならないが、


山ではそんなことはお構いなしに、


赤松の根元で


松茸も育っていることだろう。




椎の木の原木に


育っているだろうシイタケと一緒に、


山の秋に思いを馳せる。






素晴らしい食欲の秋のはずなのに、


またもや雑念が入ってしまう。





今年の秋は


いつも以上に


いよいよ淋しく、


無念な秋である。