コメダ珈琲店オープン ~知って得する驚きの情報~
私は転勤族で
福岡、神戸、福岡、広島、名古屋、東京と
ほぼ5年おきに異動して、
西日本はくまなく回った。
名古屋滞在の時には、
仕事の関係で
コメダ珈琲店にもよく行った。
そのコメダが
武蔵野の我が家のそばに
先日オープン。
「コメダ珈琲店」
雨にもかかわらず、
来客が多い。
店内は
木彫造りで
温かみがある。
オープンキッチン。
イスは
ゆったりとくつろげる布張り。
スタバみたいに
硬い木の椅子ではありません。
なぜコメダ開店のブログかというと、
関東の人にも
知っていただきたいことがあるから。
知って得する情報です。
コーヒー1杯 400円。
特別な豆を使ってあるので、
とてもおいしい。
おいしさは好みだから、
それはいい。
朝食抜きで、
開店から、
11時までに行ったら、
何かドリンクを一つ頼み、
「モーニングサービス」をお願いします、と
言ってください。
すると、
厚切りのトースト半分と
ゆで卵が1個ついてきます。
関東で
モーニングを頼むと
別料金を取られます。
でも、
コメダは違います。
モーニングサービスですから、
モーニングはサービス。
トーストとゆで卵が
無料でついてくるのです。
それを知らない
東京から名古屋に転勤してきた
三井物産に勤務していて
高給取りだった私の知人は、
毎朝喫茶店に行き、
「モーニングサービス」をご利用なさいますか、
と聞かれて、
当然有料だと思っていたので、
「要りません」と
1年間にわたって断っていたのだが、
私から
「それは無料なんだよ」と聞いて
1年分非常に悔しがっていた。
11時過ぎて行ったら
モーニングサービスは終わっていますが
でも
どんなドリンクを頼んでも
可愛い皿に入った
豆菓子がついてきます。
名古屋の喫茶店では、
どこに入っても
モーニングサービスに
トーストとゆで卵が付くのは当たり前で、
店によっては
他にヨーグルトがついてきたり、
ゆで卵がたくさん入った籠が出てきて、
お好きなだけどうぞ、という店もあります。
コメダだけの特別メニュー
「シロノワール」
大きくてソフトなパンの上に
クリームが乗っかっているもの。
このクリームは
ただのクリームではありません。
しっかりと中身の詰まった
「ソフトクリーム」。
普通のクリームかと思って
放っておくと融けてしまいますので、
さっさと食べてください。
そのほかにも
いろいろとメニューがありますが、
安くてとにかくボリュームがある。
サンドイッチは
駅売りや
コンビニのサンドイッチと比べると、
量が倍くらいはある。
お近くにお住いの人は、
一度モーニングサービスを頼んでみてください。
コメダ珈琲店は
田舎くさい名前ではありますが
スタバや
ルノアールや
ドトールなんかには
決して負けない、
魅力あるコーヒー店です。
ヨクサクスミレ再び ~驚きの結果がここに~
昨年の冬は、
小さな花壇に花がなく、
ちょっと寂しかったので
ドラゴンロードの縁取りに
ビオラでも植えようと
直売している
近所の園芸農家に買いに行った。
農園には、
たくさんのビオラとパンジーが置いてある。
何を買おうかと迷っていると、
ビオラとパンジーの間にあるスミレを指さして、
これは
ビオラとパンジーのいいとこばかりを取った
「ヨクサクスミレ」だという。
そういえば、
そんな名前のスミレを買って
植えたところ
縁取りの積もりが
花壇の主役に躍り出るほど
良く咲いたことを思い出した。
それでは今年も、と
二種類のヨクサクスミレを
25株ずつ合計50株購入して
植えつけた。
二種類のうちの一つは
綺麗なオレンジ色の花。
濃いオレンジが出たり、
明るい黄色が出たりと
色は固定しないらしいが、
それもまた変化があってよい。
そして
もう一種類は
白花と紫色の花が咲くスミレ。
最初に白花で咲いて、
後から紫色に変化していく花だという。
それもまた
いろいろな花が咲いて面白い。
二種類の花なので、
バラバラに植えたり、
1つずつ交互に植えたりするよりは、
同じ種類を少しまとめて
そして交互に植えた方が良かろうと、
3株ずつを並べて植えて、
それを交互に植えつけて行った。
遠目ではっきりとしませんが
こんな感じの縁取り。
全部で50株が並びます。
道路側の花壇の様子。
その先の方が
こちらの花壇に繋がります。
ドラゴンロードの
端から端まで、
全部で50株
駐車場の奥の方から
道路側を振り返ると、
こんな感じです。
そこから今度は、
後を振り返って
庭の奥の方を見ると
こんな感じです。
春には
ばっちりと縁取りが完成し、
綺麗な花でつながるはずだと
植え終わってから、
一昨年のヨクサクスミレの様子を
自分のブログで確認して
驚いた!
こんなこともあるのですね。
選んだ花も
植えつける間隔も
全く一昨年と一緒。
オレンジの株と白&紫の株。
そして
3株ずつを交互に植えつけ。
驚きの同一性の結果は、
春を待たずとも明らか。
その翌年(昨年春)の
ヨクサクスミレの様子を
ご覧ください。
来年の春は、
同じようにこんな花壇になるはずです。
またジュエルの場所を
ヨクサクスミレに取られそうで、
贅沢な心配をしなければいけなくなりそう。
今から春が恐ろしい
花壇の様子でした。
メジロ夫婦来訪 ~元気に戻ってきました~
もう
このメジロ夫婦については
何年も私のブログに
登場しているので、
多くを語る必要はないでしょう。
今年も
元気に
戻ってきてくれました。
もし、
このメジロについて、
初めての方は、
私のブログ内の検索で
「メジロ」と記入して探すか、
自己推薦ベスト11の中の
「メジロの恋}をご覧ください。
仲良しカップルで、
水浴びも
夫婦一緒に良くします。
蜜を飲むのも
オスが最初で
メスは決して出しゃばりません。
ここらあたりの
メスの態度が、
いつまでも仲良し夫婦でおられる
コツなのかもしれません。
いつだって、
男は女の
手のひらの上。
男がどんなに威張ったって
所詮
孫悟空が
仏様の手のひらの上で威張っているのと
何ら変わりません。
いろいろと教えてくれる
仲良しメジロ夫婦が
我が家の梅ノ木に
戻ってきました。
コナミスポーツクラブ水泳大会成績 ~努力すれば報われる~
コナミスポーツクラブ水泳競技会
東日本大会は
東日本にある
60施設からの参加で
総参加人数
1,135人。
常日頃の練習の成果を
実際に見てみたいと
順位は度外視して参加する人もいますが、
何しろコナミは
本来がスポーツクラブで、
体操では
あの世界の内村を擁するほどの組織、
日頃の腕を試そうと、
勇んで参加してくる人も多い大会です。
コナミ水泳競技部の
高安 亮選手(ジャパンオープン50mバタフライ金メダル)や
福田 智代選手(ジャパンオープン200m背泳ぎ銅メダル、
200m個人メドレー銀メダル
50mバタフライ銀メダル )
の二人が特別参加してくれました。
競技はすべて年齢別に争われます。
私は、
前回のブログに書きましたように
100m個人メドレー
100mメドレーリレー
25m自由形
100mフリーリレー
以上の4種目に参加しました。
(各競技の内容は前回のブログの説明をご覧ください)
さすがに
国分寺市民水泳大会とは
レベルが違い、
厳しい結果になりましたが、
個人のタイムは
国分寺市民水泳大会で出した記録を
それぞれ上回りましたので、
練習の成果はあったかな、と思っています。
それぞれの結果は
下記の通りです。
100mフリーリレー
1位(金メダル)
リレーは
1人で泳ぐのではなく
4人で泳ぎ繋いでいく競技ですので、
1人の力で勝ち取ったわけではありませんが、
注目を集めるこの大会の最終種目で、
第1泳者としてスタートし、
他のコースのどの泳者より早く
1位で第2泳者につなげたことが
少し自慢です。
タイム 1分04秒76
その1位で繋いだ順位を
他の3人が
必死で守ってくれましたので、
結果として
1位になりました。
第一泳者から第四泳者まで、
どの泳者も常に1位の
完全1位で勝ち取った1位でしたので、
全員で大喜び。
100mメドレーリレー
2位(銀メダル)
4人で泳ぎ繋ぐという意味では
フリーリレーと同じですが、
メドレーは
1人1人の泳法が違います。
それぞれが
得意の泳法で泳ぎますが、
私はクロールでしたので、
結果として
アンカー(最終泳者)となりました。
タイム 1分20秒19
アンカーの責任は、
とにかく後続の泳者に追いつかれないこと。
そして、
出来れば前の泳者に追いつくこと。
前との差が
少しありましたので、
25mでは
相当に力量差がなければ追いつけません。
後続も、
私よりはるかに力量のある人でなければ、
私を追い抜けません。
結果は
引き継いだ順位を保って
2位。
メンバーにすれば
まずまずの結果が残せたと思います。
個人競技の
25m自由形
3位(銅メダル)。
国分寺市民大会 の時には、
この競技は1位でしたが、
さすがに
コナミの東日本大会では
そう簡単には行きませんでした。
タイム15秒32
3位ではありますが、
このタイムは
国分寺市民大会で出した
15秒77を上回り
公式自己新記録ですので、
少しだけ自慢です。
個人種目
100m個人メドレー
3位(銅メダル)。
この種目も
国分寺市民水泳大会では
1位でしたが、
やはりコナミの
東日本大会では
そううまくは行きませんでした。
タイム 1分34秒20
しかし、
このタイムも、
国分寺市民水泳大会の記録、
1分34秒41を
きわどく上回る
公式自己新記録ですので、
素直に喜びたいと思います。
何といっても
初出場ながら、
出場した4種目全部で
3位までに入賞したことは
やはり頑張った甲斐があったというものです。
体力を保ちながら、
この年代になって
このような賞を賜るとは
半年ほど前には
考えてもいなかったことですが、
人生
何でも興味を持って頑張れば
報われるということでしょう。
個人的な
ちょっとした自慢話でした。




























