今日は毎月第4月曜日に開催している視覚障がい者交流会『ブラインドカフェ』でした。

東郷町から3人、日進市、豊明市から1人、同行支援や一般ボランティアの方や東郷町障がいし支援センターの相談員の方など11名のご参加でした。





この交流会は東郷町には視覚障がい者をサポートする団体はないので当事者がの作ろうということで今年1月に私を含め3人の当事者で立ち上げました。

日進市や豊明市にはICTやスマホなどを教えてくれる団体があり、市役所や社会福祉協議会と連携して勉強会などは定期的に開催しているようですが、このような普通にワイワイと話し合ったり、情報共有ができる場はないということでのご参加でした。



今日の交流会で9月くらいに東郷町と近隣の日進市、豊明市、みよし市と連動して、視覚障がい者のイベントを開催しようという話になりました。

今日、日進市から参加された方は、市役所から視覚障がい者を支援する団体の案内が届き、勉強会に参加するようになったいうこで、豊明市もやっていると聞いたので、東郷町の福祉課にもこのブラインドカフェの案内を町内の視覚障がい者へ郵送で届けてくれるようお願いしてみようと言うことになりました。

東郷町はやってくれるかなぁ?

今週水曜日にはみよし市の障がい者支援センターや市役所にもお願いに行く予定です。

『ブラインドカフェ』の詳細です。

見えない方、見えにくい方同士で、不安や困りごと、日常生活を便利にする方法や楽しんでいることなどを一緒に話しましょう♪

近隣市町の方も参加しています。
日進駅、米野木駅などからの送迎もしますので、お問合せください。

ご家族やご友人、ボランティア希望の方も参加いただけます。

日時6月23日 月曜日 12時から13時30分ごろまで

場所 お米カフェ東郷食守族(とうごうしょくもりぞく)
愛知郡東郷町諸輪北木戸西48-414 0561-76-5784

参加費 無料 ※カフェでの開催なので、ランチまたはお飲み物をご注文お願いします。
視覚障がい者の方はランチ代1000円の補助があります。
今日は月に一度のブラインドボクシングの練習でした。

ここ数ヶ月は腰や膝が痛くてほとんど運動らしいことができていなかったので、息もあがってスタミナ不足が露わに⤵️




久しぶりにいい汗をかくことができて気分は爽快ですが、明日,明後日の筋肉痛が辛そうです(笑)

できるトレーニングを始めようと思いながら、なかなかできない今日この頃です。

明日からやるぞ‼️



 

がんになった当初、私はこれから先の人生を見失ってしましました。

 

というより、“消えてしまった”と表現した方が良いのかもしれません。

 

今までしっかりとではありませんが、漠然と見えていた未来に続く道の向こうにいきなり濃い霧が出てきて先の道が見えなくなってしまったのです。

 

1m先も見えない濃い霧のなか高速道路を走っているような状態で、止まる訳にもいかず恐る恐る前に進んでいました。

時がたつにつれて霧は徐々に薄くはなってきましたが、まだ先ははっきり見えません。

 

その大きな原因は、“情報“でした。

 

新聞、テレビ、ネット、“壮絶な闘病” “頑張ったけど・・・” “

 

どれをとっても明るいものはなく、また霧が濃くなったり薄くなったりの繰り返しでした。

 

そして毎月の検診で病院にいくと、大学病院の外科外来はほとんどががん患者。

 

診察室からうなだれて出てくる人、暗い表情で待っている人、笑っている人なんて一人もいません。

 

そして、診察室に入るとドクターが検査結果を話すまでは、かたずを飲んで待ち「今回は大丈夫でした」という言葉に胸をなでおろす。

 

しかしその「今回は」という言葉が耳にこびりついてしまうのです。

 

5年生存率20~30%という数字は、は再発がないかを調べに行くのではなく、いつ再発するかを待っているような感覚に陥りました。

 

そう考えると、目の前の霧というのは“再発”だと解りました。

 

そうであれば、「“再発の不安”をなくさなければこの霧はなくならない」

 

その頃は、ずいぶん生き方も変えて体の状態は良くなってきていましたが、がんになった一番の原因であった仕事は続けていました。

 

当時の私は、がんになった得結果を招いた一番の原因は仕事だと思っていたので、「この仕事を続けている限りはこの霧は晴れない・・・」

 

マフィーの法則ではありませんが、“人は思った通りのことを引き寄せる”と言います。

 

そうだとしたら、再発していないか?と考えていることの裏側には、常に再発するという未来に事を考えているということに他ならなく、だから霧は晴れないと思ったのです。

 

がんになって2年目の平成20年6月、26年間務めた株式会社三越を退社しました。

 

そして、その時から毎月通っていた、病院の定期検査に行くもの止めたのです。

 

人に「検査に行かない」と話すと、99%の人が唖然とします。

 

私が自暴自棄になっているのではなんて指摘する人も少なくありませんでした。

 

しかし、私は自暴自棄どころか自分の視界に広がっていた霧を晴らすために仕事を辞め、そして検査を止めたのです。

 

検査を止めた理由は「仕事を辞めた時、これで再発はしない」と自分で決めたから。

 

そして、再発しないなら検査は必要ないと。

 

普通の人からみたら、滅茶苦茶な言動だと思うでしょうが、私は大真面目でした。

 

もちろんそこに根拠も確証もありません。

 

しかし、私は自分で意図的に再発しないという根拠を創り出し、それを現実にするために“仕事を辞める”という行動を起こしたのでした。

 

つまり、原因があって結果があるというのを、自分が思い描く結果を得るために意図的に原因を創ると置き換えて、その一番の原因を創るという行動に出たのです。

 

 

するとなんと不思議なことでしょう。

 

徐々に霧は晴れてきたのです。

 

もちろん、決めただけではなく生き方を変えるための行動もきっちりしたのは言うまでもありませんが、仕事を辞めて事で時間という拘束も心の囚われもなくなったことで、そんなに無理しなくても自然に変わっていったと言った方が良いような気もします。

 

それ以降、わたしはこの「未来は意図的に作り出すもの」という言葉を胸に刻みながら人生を歩むようになったのです。

 

がんをはじめ、様々なアクシデントになった時、人は「先が見えなくなった」と嘆き悲しみます。

 

しかし多くの場合その前に、“常識で考えれば”という言葉がつくのです。

 

だからそんなときこそ常識では考えず、過去や実績そして根拠に囚われずに、“意図的に創りだす”という姿勢が必要なのではないのでしょうか。

 

そして当時私が意図的に創りだした未来のいくつかは、今こうやって現実になっているのです。

 

 

 

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以前にもお伝えしたように緑内障での視野欠損が進み、PCやスマホが見え辛くなってきたので、今年からこれまで出版した著書の内容をアップしています。。

 

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私は8年前、この言葉を信じてサラリーマン生活にピリオドを打ちました。

もちろん何の根拠もありませんでしたが、持っているものを手放せば楽になれるような気がしたのです。

がんになってから1年くらいの私は、捨てるどころか、もうこれ以上失いたくないと様々なものを手放さないように必死に持っていました。

 

しかし、必死に持っていてもポロポロとこぼれ落ちてしまうのです。

 

よくよく考えてみれば、がんになって大きな手術をしてボロボロになった身体と心で前と同じものを持とうとしていたのだから、こぼれるのは当たり前なのです。

 

そんなある時、癌という病は、病だれに品が山と書くように様々なものを持ちすぎてなる病という話を聞きました。

 

そしてがんになる前を思い返してみると、食べ過ぎ、飲みすぎ、頑張りすぎ、考えすぎ、あれも欲しい、これも欲しいと、求めすぎいていたことに気付いたのです。

その時に耳にした言葉がこの「捨てれば得られる」でした。

 

がんという病は“それまでに持ったものを捨てることで治る!”

こんなまったく根拠も何もない話を、ただただ信じて、辞めたのです。

まぁ根拠を求めだしたら辞められるはずはありませんけどね。

今振り返ってみると、サラリーマン当時は手にも、背中にも、頭の上にさえも抱えきれないほど荷物をもって、息を切らし、足元を与太つかせ、視界さえも持ち切れなくなった荷物がふさぎかけていたように思います。

そんな状態になってさえも、まだその荷物は持っていたほうが良いと思っていたのですから、癌になるはずですよね(笑)

この荷物を持ったままいくら頑張っても余分な力を注ぐだけ・・・

 

船が重たくて沈没しかかっているのに、積み込んだ荷物が大切だから捨てられずにいたら・・・・・

 

捨てれば助かるとは限らないが、持っているよりは可能性は上がると思い、癌になった生き方を断つと決め、サラリーマンという大きな荷物を捨てたのです。

そのときイメージしたのは、大きな荷物を海に投げ込んだら、船が軽くなって投げ込んだ荷物の波で前に進むというイメージでした。

そして実際はどうだったかというと、波で進みだした途端に風が吹き出したのです。

さらに捨てたことで、身軽になって風に乗ってスイスイ前に進みだしました。

 

それは、今まであんなに必死になって前に進もうとしていたことが嘘のような身軽さなのです。

 

当たり前と言えば当たり前ですが、サラリーマンを辞めるといったとき、とてもたくさんの人に「世の中そんなに甘くはない」「無責任だ」など様々なことを言われました。

 

みなさん、私のことを思っていってくれていることは解っていましたが、当時の私は自分がやったことを肯定するために、そして捨てたものに未練を残さないように、そんな人たちは今持っているものを捨てられないから、羨ましくて言っているのだと思うようにしました。

 

本当は捨てたいのだけど、捨てられない・・・・

捨てたら失うものが多いと思っているから捨てられない。

 

自分は失うために捨てたのではなく、得るために捨てたのだと真逆の解釈をしたのです。

 

それ以降、この言葉を信じてたくさんの物を捨て、そして捨てたことは正しかったか?とか、間違っていたか?とかを考えるのは止めにして、決断した自分を信じることのほうが大切だと思うようにしました。

 

その結果が今なのです。

 

あの時、もし捨てていなかったらと思うとゾッとします。

 

「捨てれば、得られる」

 

この言葉は、私にとって無くしたり、失ったり、捨てたりしたものに未練を残さず、前に進むためのオールのようなものになりました。

 

身体や心がボロボロになった時、まずは体のため、心のために持っているものを捨てて軽くしてあげましょう。

 

捨てたものは、身体や心が回復してきたときにまた拾うことができますが、奪われたものを取り戻すことは、そうは簡単にできないのですから。

 

 

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どん底から蘇る!

〝私を支えた言葉“

 

ここまで1~3章で現状をよくするための行動と考え方を書きましたが、それを継続して実行するのはそうは簡単なことではありません。

 

こんなことをしていて大丈夫なのか?
 

本当に自分の人生は良くなっていくのか?

 

当時の私は命が掛っていたので、そんな迷いや不安は止め処なく襲ってきました。

そんな時、あれこれ考えてしまうとさらに迷いや不安は大きく膨らんでしまいました。

 そこで私は、心の支えとする言葉をいくつか設け、その言葉を信じ実践することで不安な心を落ち着かせ、自分の

 

進んでいる道を信じることができるようになりました。

 

言い換えれば、道路にある行き先標識のようなものです。

 

この章では、そんなとき私を支えてくれた言葉をいくつかご紹介させていただきます。

 

 

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