今日は術後3日目、右目はまだ真っ白でまだ霧がかかった状態ですが、おかげさまで手術前は無事終わり、経過も順調です。

 

左目の時の感じだと、術前のまでとはいかないですが、これから1か月くらいかけて徐々に見えるようになってくると思います。

 

今日は手術前に「これからの自分に向けて」という意味もかねて書いたコラムをお届けしますね。


「老いても常精進で生きる!」

ガンになって2年目のころ知った言葉で、釈迦様が死を目前にされ説かれたもので、「常に精進を続け、最後の日まで輝くいのちであるようにという」最後の教えだと聞いた。

そしてこの言葉が、サラリーマンを辞める決心を導いたと言ってもいいものでした。

当時の私は5年生存率20%前後という言葉が頭に中にはびこり、いつくるか解らない死におびえて生き延びるために必死にあれこれ頑張っていました。

しかしこの言葉を聞いたことで、最後の日に焦点が合い、なぜだか心の中にあった恐怖心、焦りがすっとなくなっていったのだった。

その時、生き延びるために頑張るのではなく、今を輝かせるために精進する。

精進とは一つのことに精神を集中して一生懸命努力をすることで、私は今を輝かせるということだけに集中しようと決めたのです。

そしてそれを実践するために無謀にも病院での定期検査もやめることにしました。

今が元気であれば病院にいく必要なんかない!と思った。

もしどこも痛くもかゆくもないのに再発が解ったら、気が小さい私はそれだけで悩んだり、不安になったりしてしまい、今を輝かせることは出来なくなってしまうと思っての決断だった。

そうとは言っても、病院に行かないと決めた訳ではなく、ガンになる前と同じでどこか悪くなって医者の助けが必要だと感じたら行く。

その時もし再発していたとしても、それはそれで仕方がないことだし、最後の日まで命を輝かせられるような最後を迎えることが、自分にとって一番いい生き方だと腹が据わり、それが今でも続いている。

そして今を輝かせるためにどうしたら良いのか?

トレーニングや良い食事をして体をつくり、考え方を変えたりストレスを溜めずに自分らしく生きる。

それまで再発しないために必死でやっていたことの目的が変わった瞬間だった。

必死にやっていたことがすべて楽しく充実したことに変わり、とても人生が豊かなものになったような気がする。

そんな生き方をこれまでしてきて解ったことがある。

過ぎ去った過去にしばられたり、未だ来ぬ未来に囚われたりするのではなく、生きている今を小さなことを積み上げれば未来は必ず良くなる。

未来の人生をよくするのは、たぶん利息のようなもので、今の預金によってでしかそれは発生しないのだ。

しかし多くの人は、預金することなく利息だけを受け取ろうとしているような気がする。

ここでいう預金とは、命を輝かせるためのもの。

そしてそれをすることで自信がうまれ、地に根を張り、やがて果実が実る。

それが人生なのだ。

だから人は歳を重ねただけでは老いない。

輝く命を失ったときに初めて老いる。

そんなことで私は目が見えなくなろうと、どんな状況になろうと「常に精進を続け、最後の日まで輝くいのちであるように生きたい!」