前回、チャレンジすることについて書きましたが、私はチャレンジには失敗はつきものだと思っています。
さらには失敗があるからこそ、次へのステップが見えて成功につながる道が見えてくると思うのです。
だから今回の目の悪化も決して失敗や障がいではなく、指針のようなものだと意識をして、これからも失敗を恐れず、チャレンジしていきます。
私の場合「失敗」という解釈はないような気がするのです。
何をもって「失敗」とするのか?ということですね。
失敗とは良い結果が出ないことなのですが、私の場合は結果にはあまり拘らずに「まずはやってみよう」というチャレンジ精神で行動するので失敗を恐れるということがないのかもしれません。
昨年9月から始めた「ふぉれあい弁当 東郷食守族」は、配食事業だけではなかなか立ち行かず、テイクアウトやイオンやららぽーとへの出品、12月からはランチ営業をスタートさせた矢先にコロナになり、さらには今回の目の手術。
思うように事って運ばないなぁなんて思う次第ですが、それは悪いことではなくすべて自然の流れで必然のことだと思うのです。
だから悪い出来事だとか、失敗というわけではありませんよね。
また、逆に寄付が集まったから成功というわけでもありません。
大切なのは「失敗を恐れずに、チャレンジし続けること」
それはやり始めたことをやり続けることではなく、「取捨選択」をしながらチャレンジを続けるということです。
こんなことを書くと怒られるかもしれませんが、私はこれまでも様々なことをやってはやめてきました。
しかしただやめるということではなく、期限を区切ってできる限りのことをやって、それでだめならきっぱりと諦める。
私にとって諦めるとは「明らかに極める」ということ。
そしてそこで見えてきたものを整理して、新しくチャレンジしれいくということを繰り返してきました。
でも自分がやりたいことは18年前にがんになってからずっと変わっていません。
それは「すべての人が自分らしく生きることができる世の中をつくること」という活動の目的です。
それが最初は「ガンを経験した人」であり、それがコロナ禍になったことで「東郷町という地域の中の生きづらさを感じている人」に変えました。
そして昨年それを具体的に「東郷ささえ愛家族プロジェクト」としてこれから私が生涯かけてやっていくことをオープンにしたのです。
詳細は⇓
https://giveone.net/supporter/project_display.html?project_id=20432
ご寄付も受け付けています。
そんなことで、私は鬱になり、ガンになり、さらには視覚障碍者となりました。
さらには減殺活動している「特定非営利活動法人 ノーマカフェ」という名称は「ノーマライゼーション」という言葉から来ています。
「ノーマライゼーション」とは高齢者、障害の有無といった年齢や社会的マイノリティといったことに関係なく生活や権利などが保障された環境を作っていく考え方のことを言います。
私は自分が鬱になり、ガンになり、そして障がい者になったことで、本当の意味でこの活動にどっぷりつかった当事者になりました。
⇓にノーマカフェのHPです。
https://www.nomacafe.com/
だからこそ、これからの人生をこの事業にどっぷりつかって進めていこうと今回の入院を通して決意しました。
またこんな私の想いや、活動に関心がありそうな方がいましたら、ご紹介や「シェア」いただければ有難いです。
そんなことで、皆さんお力添えのほどよろしくお願いします。
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