【〜年に1度、当時を振り返って思うこと〜】
昨日6月27日は第2の人生、13回目の誕生日です🎂
13年前昨日、それまでの身体で手術室に入り、出てきたのは深夜23時30分。
そして翌日の28日今頃は、麻酔科完全に覚め、身体も動かないし、言葉も発せられない、人工呼吸器に繋がれていることがわかったような状態で恐怖のなかにいました。
手術は成功したのか?
でもこの状態、、、もしかしたらヤバイのかも?
聞くにも聞けない、、、
身体中が痛いし、機械やチューブだらけで、予想を越えた想定外の状況で、この先どうなるのか?
この時の孤独、不安、
そしてただ天井だけを見るしかなく何もできない絶望感
身体拘束をされていなかったと分かったのは、人工呼吸器が外れてからで、その間は身体は多少は動かせたのですが、動かないと思い込んでいました。
こんな時って、ブラス思考なんてできるはずもなく「もしかしたら、このままあの世へ、、、」
もしこの人工呼吸器が止まったら、、、なんて考えると、恐怖のどん底とか、瀕死の状態とは、よく言ったものだと思います。
これより沈んだらこの世にはいませんからね(笑)
この写真は子どもたちに、「この状態のお父さんを生で見せることはできない‼️」
しかし、手術が終わったことは知っていて心配をしているし会いたいだろうから、まずは写真でと撮ってくれたものです。
でも、今思い返すとこのような最悪の状態を経験できたからこそ、「もしこの先生きれたら、絶対にここには戻らない‼️」
そして人工呼吸器が取れた時には、「戻ってこれたなら、必ず元気に復活する‼️」と決めたことで今があると確信しています。
そんなこともあって、それからは一日でも早く、動く、立つ、これまでは普通にできたことを必死にチャレンジしていました。
しかし、呼吸器が外れた後も、4日後には縫合不全の合併症で上半身に空気が入り、このあとも顔がどんどん風船のように膨らんできて深夜の緊急手術で再び機械やチューブに繋がれるアクシデント
また5日間は熱が下がらず、酸素状態もなかなか戻らず、一般病棟に戻れたのが7月12日でしたが、元気になりたい一心で7月15日から病棟内を毎日1万歩歩くことを決めて復活の道を歩みだしたのです。
写真は当時つけていた病院の食事などの記入表です。
口から水や食べ物を入れることができたのは7月19日でした。
あれから13年、毎年この6月27日を第2の人生の誕生日として、忘れがちな当時の不安や孤独、そして絶望感などの記憶や気持ちを思い出して、ここまで生きれたらことへの感謝。
そして、初心忘るるべからずでこの先1年も生きていくことを決意、宣言するためにこうやって文章にしています。
それまで13年間、苦しいとき、もう駄目だと思ったとき、もちろん諦めてしまったほうが楽だと思う気持ちも出てきました。
私はそんなとき、ここの原点から一歩ずつ歩んできた道のりを思い出し、またここからスタートしたとしても、あの時より悪くはならないし、もしなったとしても一歩先はあの世だと腹をくくって様々な決断をしてきました。
すると不思議にけっこう、うまくいくんですよね(笑)
こんな経験から、人はあまり先のことを考えると不安や絶望感を感じて、気持ちも萎えてしまいます。
しかし、なりたい自分に向かって今できること、今やりたいことを一歩ずつほふく前進でもよいので進むことで道は開けてきます。
頭や心の中の未来は空想でしかなく、現実となる未来は今の積み重ねの結果でしかありません。
だからプラス思考なんて必要なく、思ったり考えたりせずに、できることを一つずつ増やしていけば良いのです。
大切なのは今‼️
そして視界がわるくても一歩を踏み出す勇気さえあれざ、未来は必ず開けてくると思います。




