来年から、フリースクールを始めるし、他にも少し新しいことを考えている.
たぶん「織田はまた何を妄想し、何を始めたんだろう?」
目が見えなくなるのに、、、、
「あれも、これも、ちゃんと腰を据えて何かをやらなきゃいけないんじゃ?」と思われている方も多いと思う.
でも私は、それが楽しいし、人にはなかなか出来ない自分の得てだと思って突き進むようにしている。
とは言っても、これからは今までのように私が中心になって、自らが率先して進むことはしないし、できないと思っている。
私は旗印のようなもの。
今日はそんな私の進む道について書こうと思います。
私はがんを自分で治すと決めたとき、止まって物事を考えると不安になるので、「元気な肉体を作りあげれば必ず生きることができる」と妄想して筋トレしたり走ったり、と常に動いていた。
そして動いてばかりいた結果、瞑想やお手当、静養など止まってやることは不得意なことになった。
これらのことは体や心の癒しになるということでやっている人がたくさんいたので、私も最初はやろうと思って始めたが、なんかじっとしていると落ちつかずうまくいかない。
それなので、身体を動かくことばかりしていた結果、身体を動かさないことは不得意なことになりあまりしなかった。
先日、ある方から「得意なことばかりやっていると、うまくいかなかったことを置き去りにすることで、不得意が生まれる。」という話を聞いてなるほどと思った。
私は常に自由に動いていたほうが性に合うので、事務系の仕事を選ばずに百貨店に就職をしたが、まだ動きたらずにボクシングを始めたのだった。
そしてさらに動いてばかりいたら、今度は「考えること」や「始末」まで不得意なことになってしまった。
でもやっぱり人間は性に合うことをやっていたい。
思い返せば、私は自由に動き回ることができなくなってがんになったのではないか?
そう思ったとき、不得意なことを無理してやる必要もないし、できなくったっていいじゃないか?と開き直ることができた。
得意なことをどんどん伸ばし、不得意なことはどんどん置き去りにする。
無理して不得意なことをやろうとしたら、せっかく得意としていることの個性が奪われてしまうと思った。
織田=考えずに突き進み、止まらない
なんて思っている人が多いのじゃないかなぁ(笑)
そして懲りずに、いまだにあまり考えずにやりたいことをやって動き回っている。
そこへ今回の緑内障での失明に向かうことで、今までのようには動けなくなる。
しかし、その直前までは動き続けようと思い、さらなるチャレンジをしている。
とことん、得意なことを伸ばして進んでいくのが楽しいから。
今、それをすることで、失明しても普通の人以上には自由に生きることが出来ると思っている。
それをするのが、私の得意分野であり、セールスポイントなのだ。
そしてあわよくば、、
視覚がなくなることで、だれか私の近くで止まって考えて、きっちり始末をつけてくれる人を得られないかなぁ?」なんて都合の良いことを思っている(笑)
だから今の私は視覚を失うのではなく、自ら捨てるという意識を持つようにしている。
見えていた過去に未練を残さす、新しい未来に新たな希望を持って向かい突き進む。
それが私の進む道。
攻撃が最大の防御なのだ!