私たちは多くの場合、感情にしたがって行動をしています。


好きという感情で愛を表現する。


悲しいという感情で泣く。


怒りという感情で暴言を吐く。


怖いという感情でパニックになったり、身動きが取れなくなる。等々


そして、この感情と行動の関係は条件反射的になっている場合が多々あります。


というより、多くの人はこれを当たり前だと思っているのです。


私も以前はそう思っていました。


しかし、あるとき感情は行動が作り出しているのではと思うようになったのです。


感情が発生するためには、現象が必要です。


目の前に人が映るから好きという感情が生まれる。


つらい出来事がおこるから悲しいという感情が生まれる。


自分の思い通りにならない出来事があるから怒りが生まれる。


予測が付かない出来事が起こるから怖いと感じる。


そして、知らず知らずのうちに現象=感情という経路が出来上がってしまっています。


しかしこの場合の現象の多くは、自分の意識によって感情が生まれているような気がするのです。


私は17年前に癌になりましたが、ほとんどの人は癌=死という意識があるから怖いという感情を発生させパニックになります。


しかし私が17年前癌を宣告されたとき、どうしようか?これからどうなるのか?という不安はありましたが、り怖いという感情はありませんでした。


その理由は癌は切れば治ると勝手に思っていたからです。


しかし即入院をしなければいけなくなって、今までと同じ行動ができなくなったことで、このままここから帰ることができずに死ぬのではないかという怖いという感情が生まれたのです。


つまり多くの感情は実際の出来事や現象とは関係なく、自分の意識や行動によって発生していると思うのです。


愛するという行動が人を好きにさせる。


泣くという行動が悲しくさせる。


暴言を吐くという行動が怒りを発生させる。


パニックになるという行動が恐怖を発生させる。


では、そうならないためにはどうしたらいいのか?


私は、感情と行動の間に選択という意識を持つようにしました。


悪いことが起こったとき、それは良いことだという意識を選択をするのです。


私は癌になって一時はパニックになりました。


しかし、恐怖という感情との間に「癌になって良かったと思える選択」を入れて行動したのです。


すると徐々に怖いという感情が薄れ、本当に癌になって良かったという感情が生まれだしました。


先にも述べたように行動が感情を作り出したのです。


またこの選択という意識によって新しい自分に成長することができました。


だから今回の緑内障での視野、視力低下や失明の危機も同じことだと捉えて、新しいことや、より良い人生にするための行動をしています。



そうやって感情に流されずに行動との間に「選択」を入れることで、まったく違った感情を生み出すことができると思うのです。


そうなったら、悪い感情なんて生まれるはずがない。

私は今それを実証するための一生懸命「選択」をしながら生きているのです。