19年前の今日、6月27日は食道がんの手術日でした。


それから私は今日、6月27日を生まれ変わった第2の人生の誕生日として、毎年あのときのことを書くことで、当時の想いを振り返り、今の想いと重ねていくということをしています。


そんなことで今日で19歳、あと1年で二十歳、やっと成人となれそうです(笑)

 


19年前、手術前のインフォームドコンセントでは手術は10時間ほどで、それ以上時間が長引けば術後は人工呼吸器に繋がれることになると説明を受けました。

 

また、食道がんの手術は消化器系では一番難易度が高く、手術死(合併症で1ヶ月以内の死)は5%前後の確率だというインフォームドコンセントを受けていたので、「これが最後の夜になるかもしれない」なんて恐怖におののいていたことを思い出します。

 

そして朝8時、この時間に手術室に入り出てきたのは夜の11時30分と言うことでしたが、自分では覚えていないので、ほぼ眠り続けていたことになります。

 

その間に私の身体は以前とはまったく違うものになりました。


手術前日の私


術後の私


しかし、私はそこを出発点として、一歩一歩前に進んでことで、普通では考えられないほど元気になることが出来たのです。



 

今日は、私がそんな「例外的人間」にどうしてなることが出来たのか?を振り帰えって書こうと思います。

 

「例外的人間になれ!」

 

私は19年前にがんになった。

普通の人から見たら、がん患者=先がない、元気がない、不健康、病院通い・・・・・

そして〝人生終わり”・・・・・・

それは、〝普通″であり〝当たり前″

それは言い換えれば〝普通″や〝当たり前″の行動や生き方をしていたらそうなってしまうということ。

私は、だったら大方の人がしない、人とは違った行動や生き方をしようとい思った。

その時から〝普通”や〝当たり前”という言葉は私にとって、それではいけないという戒めの言葉となった。

そもそもいま日本では2人に1人が癌になる時代だ。

それは癌という病がもう特別なものではなく、普通の病になったということ。

つまり、普通に生きていれば〝癌″になるのが普通とも言い換えることができるのではないか?

なので私は普通ではない生き方を選択することにした。

一言で言えば〝登っていく生き方”から〝降りてゆく生き方”

それは豊かさを外に求める生き方ではなく、内に求める生き方とも言える。

なので、普通は辞めないサラリーマンを辞めたり、普通はやらないスラム街のような農場を始めたり、自ら患者会を作ったり、55才からの肉体大改造なんてこともしたのだ。


現在は目が見えなくなって、ほとんど走れなくなってしまったが、自宅にあるホームジムでの筋トレと縄跳びをして、体つくりを継続している。


今朝、トレーニング後の19歳の私




コロナの時に買った,ホームジム





目が見えなくなって、これがあったから毎日筋トレが出来ているのはラッキーです🏋️


こんなのも、あまり普通ではないかな?


 多くの人は〝普通”という概念をな中で生きようとする。

それは普通以外(例外)になると、周りから白い目で見られたり、蔑まれたりするからだ。

しかし今一度考えれみてほしい。


それであなたは幸せなのか?
 
普通であれば、普通の結果歯科生まれるはずもない。

私は癌になって、幸せではなくなった。

そんな状態で会社にしがみついていても・・・・

ずっと病院通いしていても。

だから、がんになったからこそ幸せになろうと決めて、会社も辞めて、検査通院もやめて、誰もやらないようなことをいくつか始めた。

傍から見れば、普通ではないというより〝異常”な行動だ。

しかし、私は今の時代の普通という概念が、癌に限らす様々な病やさまざまな問題を引き起こしているように思うのだ。

それを変えるに、例外を作り増やすしかない。

普通という概念を取り払ったら〝幸せ”になった人たちを。
 
何度も書くが、前例と同じであれば同じ結果にしかならない。
 
同じが嫌なら、例外的人間になるしかないのだ。

だから、これから視野がなくなり失明しても普通ではない言動を心がけ実践して、幸せと言える人生を歩もうと思うのだ。