7年前の今日、6月27日は食道がんの手術をした日。

私はこの日を新しい自分に生まれ変わった日として〝第2の誕生日”といています。

思い返せば7年前の今日、朝8時に歩いて手術までいき思っていたよりも小さな小さな手術台に寝転んだ時が生まれたままの自分でいられた最後の日でした。

手術台に寝転んで全身麻酔で意識が飛んでいき、手術は11時30分に終わったのですが目が覚めてのは既に翌日。

目が覚めたときは人工呼吸器を付けられて身動き一つ、話すこともできず、ただただ生きて戻ってこれたことに涙したことを思い出します。

術前、執刀医に食道がんの手術は消化器系の手術では一番難易度も高く死亡率も高いと脅されていたので手術台に横たわった時にもう戻れないかもしれないことを自分なりに覚悟をしましたから、現実の世界に戻ってこれたこと、目が覚めたときに最初に飛び込んできた妻の涙ながらの顔をみてただただ嬉しくて嬉しくて生きていてよかったと生まれて初めて実感した時でもあったのでした。

でも私は眠っていてあっと言う間の15時間半でしたが、ずっと一人で病院で待っていてくれた妻の気持ちを思うと、自分勝手な生き方をしてきて、さらにこんなに心配をかけて、妻の私との結婚生活はなんだったんだろう?

いったい自分のこれまでの人生はこれでよかったのだろうか?と考えていたことを思い出します。

そして目が覚めた時の自分は既に食道を全摘、胃の3分の1を摘出、57ものリンパ節を郭清され、首と胸と腹の三箇所に大きな傷をもっていて、どうやっても以前の体には戻れないからだになっていたばかりか、人工呼吸器に繋がれ自分の力では息もできず、手足を縛られ身動きるることもできず、話すことも口から物を入れることもできない、無力感と絶望感しか感じることのできない状態でした。

それは私が生まれた時よりも自分では何もできない状態、そして意識だけはきっちりあるというまさに地獄絵図のような恐怖・・・・・

そのときは、ただただこんな状況になってしまったことを唖然としてそれまでの自分の人生を走馬灯のように思い出していたことを思い出します。

しかし、いま思い返してみるとこんな悲惨な状態があったからこそ、私は生まれ変われたのだと思います。

中途半端な手術だったら、人工呼吸器を装着されていなかったら生き方を変えることなんてできなかったと思うのです。

自分のそれまでの生き方の結果がこの状態となったのですから、同じことをしていたらまた同じことになってしまう。

もうこんな思いは絶対嫌だ!

最悪の状態までいったからこそ、新しい人生を踏み出すことができたのです。

そしてそんな状態になった私の命を繋げてくれたのは医師や看護師といった見も知らずの他人、そして生きる希望を与えてくたたのも家族や身近にいた他人でした。

つまり私の命は自分以外の力や思いのおかげで消えずに灯し続けることができたのです。

それまで自分が自分がと思い生きてきた私にとってそれは大きな意識の転換になりました。

まさに他によって生かされたこの命を自分のためだけに使わず他のために使うことが生まれ変わった私のすべきことで、そんな自分の経験や気持ちの変化を表に出していくことが、過去の自分の生き方を生かしていこことにもつながることになる。

そして、一期一会ではありませんが意図的ではなく偶然出会った人との縁を大切にしていくことを決めました。

そんな出会いが今私を生かしてくれているのですから。

7何前のこの時間に私は手術室からでて新しい自分となりました。

そんな新しい自分になった時の思いや覚悟があり、その気持ちを行動に表してきたからこそ今があるのです。

しかし7年立つどその思いも徐々に風化してきてしまうのが人間の弱いところ。

だからこそ、この6月27日を第2の誕生日として当時の事を振り返り、新しい私の原点に立ち返ることでブレない自分の生き方(体と心に使い方)に軌道修正をしていく日としています。

この一年当時の気持ちを忘れていなかったかなぁ~

これからの一年当時の思いを継続していこうと誓うために。

そして、これまでの7年間を振り返ってみて思うのは、「この日があって本当に良かった!」

失ったものを悲しむのではなく、すべてを失わなかったことや、今あるものに感謝していきていけば、最悪はプラスしか産まない最大の要素となりうることを知りました。

そんな私が今思うのは、人生の本当の楽しみや幸せは、苦しんだ人に与えられる特権だったということ。

苦しみも〝めぐみ”ということなんですね!