「幸せ」って、どんな心になると感じられるのか?
私なりの解釈を書いてみようと思います。
「幸せ」という漢字をバラバラにすると 「+(プラス)とー(マイナス) =(イコール)ーと+になります。
つまり、自分にとってマイナスの要因だと思ったことは、本当はプラスの要因なのだと気づいたとき、私たち人間は「幸せに生きる」ことができるということ。
私は人生最大のマイナス要因であった「食道がん」になったことを、「がん」になったから生き方を変え今までとはまったく違った第二の人生を歩むきっかけができたと、プラスの要因に置き換えました。
するとどうでしょう。
そこには、今までとはまったく違った、思いもしなかった豊かな世界が有りました。
そこには、家族の愛、周りの人の優しさ、自然の豊かさや偉大さがあり、こんな中で生きていられることが嬉しくて嬉しくて、ありがたくてありがたくて、幸せいっぱいになりました。
しかしよく考えてみると、周りはほとんど変わってはいないことに気付きました。
すべて今までも私の周りにあったものばかりです。
欲にまみれて、上に上にと向かっって進んでいたので、周りも足元もまったく見えなかったのです。
上ばかり見て、足元にあった大切なもの土足で踏みにじって、そんなとこにあるから悪いんだと逆切れしてことも多々ありました。
それは「うつ」になっても気づかず、神様は最後の通告として「がん」という最大のマイナス要因を突きつけたのだと思います。
それを「マイナス要因」と捉えていたら、私は今生きていることはなかったと思います。
そう、「がん」はメッセージなのです。
「幸せ」は「苦しみ」の中にあります。
いや「苦しみ」の向こうにといった方がいいのかもしれません。
「苦しみ」は今までの生き方の「結果」です。
今での生き方という「因」があって、苦しみという「果」があるのです。
そして、「苦しみ」という「因」があって、幸せという「果」になるのです。
「因果」というやつです。
幸せという漢字そのものですね。
これは「がん」という病に限りません。
どんな悪い出来事でも、幸せに変えることができるのです。
だって「がん」が幸せに変えれるのですから。
それは言い換えれば、幸せの因はいつでも自分の足もとに必ずあるということです。
「幸せは得るものではなく、気づくもの」
私がいつも患者さんにいっていることです。
私たちの周りには幸せの種はたくさんあるんですよ!