戦後私たちの生活はとても便利に、そして快適になったと思っていますが、それは本当でしょうか?
心から楽しんだり、ゆったりしたりすることができていますか。
例えば「携帯電話」何時どこでも連絡したい人と話すことができます。
しかしその反面、何をしていても電話がかかってきたら出ないわけにはいきません。たとえ出なかったにしても記憶の中には残ってしまいます。
とても楽しいとき、変な電話がかかってきたら・・・
自分の携帯だけでなく他人の携帯も、あたり構わず鳴ったり話したり。
ゆったりどころではありません。
便利になった反面、大切な物を失っているのではと思います。
便利、快適と思っていることは、必ず何か不便、不快と背中合わせになっています。
そして気が付いてみると、いつか不便、不快の方が多くなってきていませんか?
テレビを見ていて、知らずとも良いことを知って不快に。
車を運転していて、クラクションを鳴らされ不快に。
掃除機、洗濯機があるから便利ですが、一端壊れたら・・不便なんてものではありませんね、
昔は当たり前に自分でやっていたことです。
お金さえ払えば何でも便利、快適になると思っていたら大変な間違いです。
しかし、現在の日本の食べ物は70%、エネルギーは94%輸入に頼っている生活が本当に便利な生活といえるでしょうか。
それが一時的な便利、快適にすぎないことを私たちは知り、そして今の生活を変えていかなければいけません。
防腐剤、農薬、アスベスト、環境ホルモン、添加物、排気ガス、すべて便利、快適の副産物ばかりです。
そして、私たちの身体に異変をもたらしています。アレルギー、心臓病、ガン・・・・
便利、快適という現代の進歩、発展のいく先は崩壊、破局なのではないでしょうか?
なんだか地球が「がん」に侵されて、そこに住む人も「がん」になっているような気がしてまりません。