納豆のロマンを求めて
今年は、60年に一度の丙午年。
以前より納豆の起源は、どの時台の頃からなのか?
聖徳太子の時代?発祥の地の銅像がある秋田県?納豆と言えば茨城県水戸?
各地で論争まで繰り広げられることもある。
そこで私は、源義家伝説である奥州に出兵の時に、馬の餌として、煮た大豆を稲藁で包み込んで、馬の背にのせて運んだら納豆らしきものが出来た。その際、茨城県を通ったとされる事から、もしや、茨城県が発祥の地にならないか?
そんな事から、今世紀最大の大実験を敢行することとした。
昨年からこの実験に欠かせない「馬」を茨城県で探していた。昨年の11月頃だったと記憶しているが、240回以上に渡り毎週月曜日に放送している音声SNSのclubhouse「開運 納豆部屋」にお越しになった愛知県のKさん。あれこれと話す中で、私に紹介したい人がいる。と、翌週に彼を納豆部屋に連れてきてくれた。
彼とは、茨城県笠間市で、スターホースファームの責任者の野村恭太くんでした。
彼は、どうぶつ王国でお馴染みのムツゴロウさんの最後のお弟子さんで、今は、なくなってしまった、どうぶつ王国の再建に奮闘している事がわかった。
恭太さんに私の思いを打ち明けた。
それは面白いですね。と、トントン拍子に話が進み、馬の選定から始まり、馬が拒絶しないように馬の背に藁を編んだものを被せたり、馬体のどの部分がより暖かいか?昼夜問わず、テスト、測定をしてもらった。
ある程度、条件が整い実行日を決めた。その日が、2026年2月21日、22日。21日が仕込みの儀とし、22日を開封の儀と定め当日を迎えた。
当日、10時スタートに合わせて、大豆を蒸しあげ、参加者の皆さんに藁で蒸し大豆入れる藁苞を作ってもらい、沸騰したお湯の中に藁苞を10分漬け込んだ。
蒸した大豆にお一人おひとりにふっていただき、藁苞に入れてもらった。
藁苞から大豆がはみ出さないのを確認して、馬、リトルの背にセットして、稲藁を編んだもの、さらに保温を保つ為に毛布をかぶせた。
源義家が、出兵の時のように馬の背にセットされた状態で、片道1キロメートルの道のりを往復して、馬体の温度を上げた。
野村恭太さんには、夜中、1時間毎に温度の管理をしてもらった。彼にとって過酷な1日になったと推察する。お疲れ様でした。
そして、22日を迎えた。
当初の計画では、開封の儀の前に納豆の出来具合を確認してから、参加者の皆様にお披露目しようと思っていたのですが、参加者の皆さんからまだ開けないの?と促されて、開封の儀となった。
さあぁぁー!
馬、リトルの背に乗った毛布をとり、藁で編んだゴザをはがし、藁苞の納豆が顔を出した。
野村さんが、どの藁苞を開けますか?の質問に、一瞬悩み、藁苞の湿り具合、温度を手で触り確認して、これにしましょうと、開けてみた。
開けて
何と何と、大豆の周りに白く、納豆菌の被りが‼️
見た目にも納豆が。思わず、納豆になってるよー!
参加者の皆さんに、ほら、ほら出来てるでしょう。と実証実験の成功が嬉しくて、嬉しくて参加者の皆さんに見せ回った。
糸は引くの?美味しいの?との声に促されて、おもわず手で混ぜて糸の立つのを確認し、数粒匂いを嗅ぎ、口に運んだ。
納豆ダァぁー!
その後、自己責任のもと試食会となった。
口々に納豆ダァー、納豆になってるね〜、と成功を皆さんと共有することができました。
試食をする為に、数本開けた。
すると、3段階の納豆が確認できた。
多少糸は引くが、温度が低いため発酵し切れなかったもの。
半分くらいだけ、白く納豆菌が被ってるも、納豆に成り切ってないもの。
納豆の糸は細いが、納豆菌の被りも良く、こう言う納豆もあるよね!というくらいまでのもの。という結果となりました。
これで、昔のお話しでなくなった。現代で立証する事ができた。
馬体の部所にによっても温度の違いを手をあてて確認した。馬体の全てが37、8度で無いことを確認、理解した。
そして、23日の日に千葉県流山市にある駒木諏訪神社に、実証された納豆を持って奉納をして参りました。
快く快諾して下さった宮司さんに感謝します。















