その日は朝から

普通に仕事していた





午前10時頃


病院から電話がかかってきた。


「あー、あの書類のことかな?

まだ送ってなかった」

と思いながら


本当に軽く電話に出た。


「むすめさんですか?

お父さんの容態が悪化してます。

今スグ、こちらに来て欲しいんです。」


ん?悪化したのは月曜も聞いたけど…

月曜に今日明日ってことですか?って聞いた時は、何も言われなかったし

私はすぐに理解できなかった。


「え?それは午後から行ってもいいやつですか?」

「今スグ来て欲しいんです。本当にもうそろそろかもしれないので」

え?もう死ぬってこと?

よくわからない。

そうだよね。弱っているからって

何時何分に死にますなんて言えないもの。



確かに3日前

今迄見たことのない父


死期が近いとは感じたけど


「分かりました。今から行きます。」


「どれくらい時間がかかりますか?」


「1時間はかかります。」


「お待ちしております。病室に来てください。」



正確に言えば1時間はかからない。

3日前に面会に行った時

馬鹿な私は娘の振袖の写真を持っていくのを忘れた!


いつもそうだ!私は

肝心な時に大事な事を忘れてる。


もし、今日なくなるのであれば

どうしても娘の写真を一目見せたい。


なんとかそれまで死なないで!お願い


3日前に下の娘は会えた。

上の娘は転院してから会ってない。


1度娘を誘ったけど

試験で忙しいと断られた。


彼女の人生にとって、大事な試験。

無理は言えない。


近ければ会えたと思うが


車で約1時間

なんやかんやで、3時間かかってしまうものね。


仕方ない。



なくなる3日前の父の姿は

ずーっと脳裏に残っている。


目に精気は無く

どこを見てるか分からない。


手をずーっと

目的なく動かしていた。


呼吸器をつけていて

よく聞こえなかったが

何かを必死に話していた。


何を伝えたかったの?お父さん


あの時は、今度ユックリ来ようと思って

諦めてしまった。



「痛い?」

と話しかけると、首を振っていた。


だから、まだ頑張れるって思ってた。


まだチャンスがあると思ってた。


本当に馬鹿だ。


私はいつも間違える。


楽すけで、次回でもいっかと思う。


昨日も一昨日も無理してでも


仕事帰り、車走らせて


会いに行けばよかった。




急いで家に戻り

娘の写真を手に掴んだ。


職場から自宅まで車で5分

なんやかんやで10分ほどかかった。


10分ロスしたけど

待ってて!私が来るまで


車で向かっている途中

兄から電話


兄は、病院がハッキリ言わないから

また持ち堪えると思ってたらしい。


私は兄に

「もう、そんな状態じゃないらしい。すぐこっちに来れるように会社に言ったほうがいいよ。まだ病院ついてないからわからないけど。」


なんとか約束の1時間以内に病院についた。


慌てて病院に入り

車に写真を忘れたことにきづいて

車に戻った。


どうしても娘の写真をみせたい。

これで最期なら尚更


写真を取り

病室へ慌てて向かった。


父の病室は2階にある。


階段で2階に上がり

2階に入るために

階段から廊下へ入る扉をあけた。



ブーブーブー

 

どんな音だったかな?

ハッキリと思い出せない


よくTVドラマで聞く


聞き覚えのあるアラーム?

ブザー?の音が聞こえてきた。


一気に心臓がバクバクしてきた。


まさか?


父なのか?


どうか違う人のアラームでありますように


父の病室に入ると


父の心電図モニターから


廊下に響いていた音が鳴っていた。


やはり父だった。


そう。

私は間に合わなかった。


父の最期に…


何も声をかけてあげることはできなかった。


娘の写真も見せてあげられなかった。



ベッドの

隣の椅子に叔父が座っていた。


「もう亡くなってるみたいだ。

おじちゃんが来たとき、

すでにこんな状態だった。」


と私に伝えた。



病院から電話が来た時には

もうほぼ息はしていなかったらしい。


10時位に

看護士さんが病室を訪れた時

呼吸が無かったんだろうか?

よくわからないけど。


私が着くと


副院長が来た。

初めて会った。


軽く私に挨拶をすると


副院長は、


父の服をめくり

心肺を確認して


医師が私に


「11時24分、御臨終です。

死因は老衰です。」


と形式的に伝えた。

ドラマと一緒なんだな。セリフ


そう思いながら

ただただ泣けてきた。


病院は、

私が来るのを待ってくれていた。

私が来てから

診断することになっていた。


病院が待っていますと電話で

待っていますと言ったのは

このためなんだなと後で思った。


この後

遺体をどうするか?どこへ運ぶか?

葬儀会社をどこにするのか

等を病院に聞かれた。


今叔父と相談して決めますと

伝えた。


そして病院関係者は

最期に帰られる準備をするので

ここでお待ちくださいと

言って去っていった。


私は現実が受け入れがたく

父の横に座ることも出来ず立っていた。


叔父に座るように

言われても

座ることが出来なかった。


気持ちがざわついて

落ち着かない。

何を言って何をしたらいいのかわからない。


どうかお願い、

1度ジックリ悲しませてくれないだろうか?


しなきゃいけないことは

わかってる。


でも5分でいいから

少し時間がほしい。


叔父が横から

「葬儀屋のことだけど…」

と言ってきた。


私は無理だった。


「お願い。ごめん。ちょっと待って」


叔父は病室を出ていってくれた。


1回落ち着く時間がほしい。

沢山の時間はいらない。

ちゃんとするから!決めるから!


父は今年

自宅の紫陽花をみることまなく

大好きな相撲の春場所も見れずに

亡くなった。


先月誕生日を迎え

父はちょうど90歳になっていた。