余談ですが、このシリーズでは満足度を追求しているわけですが、ここで求めているのは「思い込みではない満足度」です。
満足したつもりというのは多くの人が行っていることです。
子どもから大人になって色々と経験している間に「こんなものか」と諦め信じていることが少なからずあると思います。
今回、その諦め信じたことに関しても、心のハコとして取り除いていく作業を行います。
心の底から嬉しさや笑顔がこみ上げてくるような、そんな子どもの頃に感じていたかも知れない満足度を表現しようとしています。
さて、満足度が低い場合は問題だと言いました。
満足度が低いという場合、どのような場合があるのかを見ていきます。
先ずはお金全体の量が少ない場合
経済自体が未発達の状態です。成長の余地がまだある?状態です。
次に所得に回るお金の量が少ない場合です。
例えばインフラをつくり経済自体を拡大していく場合、その維持の為のコストが増えていきます。
通貨全体の量が変わらなければ、所得に回るお金が減るよ、という図です。
しかし、実際には起こりにくいですね。
国債の発行と公共投資という順番で、インフラを拡大していくので、基本的には先に貨幣の全体量が増えていきます。
これを軸に、国債を読み解くと国債の金額=インフラの拡大・発展の金額ということになります。
ちょっと違和感。
インフラを拡大・発展すること=借金という構図は果たして正しいのでしょうか?
もし仮に日銀にインフラの規模拡大に応じて通貨を増やす義務があるとするならば、
新しいインフラをつくる時は無償で通貨を発行してもおかしくないはず。
高度成長期から国債は大量に投入されてきました。
時代の必然性の中から生まれた国債の制度ですが、その意味を見直してみるのも良いのかも知れません。
続きます。








