今まで作ってたCOENの、一つの前提に
「あらゆる価値観を調和できるのか?の問いに挑戦する」というものがあった。
価値観のぶつかり合いに、緊張の原因があり、それが続くと、不健康をもたらすであろうという仮説の下での取り組みであったから、自分の中ではカイロプラクティックの続きでもあった。
より多くの人の健康に寄与したいという理念は続いていたわけだ。
一つCOENを作って、価値観や感覚の調和を図ってみる。
すると新たな不調和の感覚に気づき、更にその不調和の調和を試みるということを繰り返し繰り返し行ってきた。
確かに精神的に苦しいことが多かったけれども、それでも成長と体の反応の変化があったから続けてきた。
受け入れがたい価値とも散々に向かい合って、しょっちゅう嘔吐をしたりしながらも向き合うことを続けてきた。
ちょっと前にCOENの機能上の限界を感じ始めて、それでも思索を続けてきたんだ。
そしたらこの八卦になった。

COENの所から、天水電沢地火風山だから本家とは配置が違うんだけれども
取り敢えずCOENの中でもがいていた自分が、COENを俯瞰することができる所まで成長することができたことを感じた。
と同時に、命はって価値の調和に挑んできたことも、ある一つの過程でしかなかったことにも気付いた。
そこから更に
神道「祓い、清め、守り、幸い」から思索を続けて
昨日、ウェルスダイナミクスとつながった

西洋のウェルスダイナミクス
東洋の八卦
日本の神道
それを体に着目した観点から、ただ感覚で当てはめて、また新たな思索のベースを作った。
関係学?に近いのかなと感じている
内向きのCOENではない、外との関係、人との関係、そんな辺りに可能性を見ながら
また思索を続けていくつもりです。
何の為にやってんだろうね?って思ったんだけど
幸せををイメージし易くしていきたいのかも知れない。
COENでもイメージできた分は、着実に自分の力になっている。
揺るぎない精神の力になっている。
そこをもっと拡大していきたい。
不安定に見えるものの中に安定的なものを見出していきたい。
それが現状では力になってるんだよね。
