花や空や鳥やあの人に憧れた理由は、与える印象が良かったからなんだ。
自分はそこに憧れるに足るだけの素晴らしい印象を受けとったんだ。
相手にどんな印象を持たれるのかが怖くて何も出来なくなることもある。
正解が欲しくなることも、正解があれば印象をコントロールできると思うから
印象を関心の最大の的としてしまうと、過去志向・他者軸を中心に生きることになる
正解を求めることも同じことかもしれない
それが果たして幸せとつながっているかはちゃんと検証してみないと分からない。
最悪人によるという結論にもなりかねないけど
印象とはかくも人生を云々するものなのか
行動が良いとされるのは、この印象がゆえかも知れない。
行動は時に正解を与え、過去を新たにする、他者を変え、軸を自分のものとする、
行動をして初めて、人生を云々する印象をコントロールすることが出来るようになるのかも知れない。