人の悲しみをもっと減らすように
人を悲しませないように
自分を抑制する癖がついていた
Aという悲しみに対しては、A'という抑制を
Bという悲しみに対しては、B'という抑制を
そうやって抑制を増やしていったら
いつしか朝起きられなくなった
体が意思とは別の動きを見せるようになった
期待されて、期待に応えられない自分がいて、
期待には、期待する人の不安が隠れている様な気がして、
本来、目の前にある危機と一対であるはずの不安が、
危機もないのに、勝手な妄想を基にした不安を充てがわれて、
親ってそんなもんだよと、
堂々と言うけど
今、僕が知った原理原則を知って、
その発想にはなりえないんじゃないかな?
って
イメージを変える。
親は原理原則を知っていくのがいい。
時代が変わるといっても、
実態の何も変わらずに時代だけが変わることもなく、
親の世代が物を豊かにしてきた世代なら、
もう少し次の世代は情報や思考ツールを豊かにしていっている世代である様な気がしていて
その次位の僕の世代は、色んな豊かさの中で、最適なものを探して、構築していっている。気がする
更にちょっと次の世代は、それを皆に広まって行くようにつながりを工夫していく。
その次が自然と世界によりよい影響を与えていく人材が育っていく段階。
新たな世界の創造へ
と、勝手にイメージした世代を超えた大きな流れ。
僕なりの時代観
僕なりのインディゴチルドレン観
こうしてみると、世代間も助け合っているような気がしてた。
、とここまで書いてこれって後世にとっては勝手な期待に見えるのかも知れないなって思った。
まだ原理原則が明確でないところがあるから不安なんだと思う。僕の中では。
まだ学ばなきゃいけないことがあるんだよね;^_^A修行不足です。
不安と期待を伝えるんじゃなくて、これってものを、具体的なものを選んでいきたいのですよ。
そういうものにお金を使っていく事できちんと具体的なものが残っていく。
人によってそれは違うから、
自分が幸せになる為にお金を使って行かなくてはいけないよ。
それが次の世代にも良いことなんだと思うのですよ。