メモ | 心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直

心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直

元カイロプラクター&インストラクター

現在は心理学を学び、更にヘルスコンサルタントとしての道を歩んでおります。

皆様の心と体と健康と豊かな人生のお役に立つような情報をお伝えしていきます。

「神」には人の思考や言動のパターンを一定化して

関係社会を安定させる役割があるように思える。



そこで気になるのは、人の思考・言動の柔軟性についての制限となるのでは?という問い。

状況に応じて神様を使いわけるような発想も成り立つのかどうか。

方向付けを行うものとして神様を使うという発想。

神同士が戦いあう(思考同士の戦いに近い)可能性

安定のつもりが混沌を生んでいる

一方向エネルギーの神の危険性

神様は人を守らない(肉身のレベルはどうだっていい霊的にどうか)。戦争でもそれは表現されている。

神様はいない。はスピリチュアル的にも正しいかもしれない。

いないと認識することが、神に対しての正しい認識かもしれない。


神はいない。でも時に神様と呼びたくなるものを人は持っている。

時に喪失感、時に幸福感。

言語領域を超えた部分に対して、人は安易に神と名前をつけたのかも知れない可能性

いずれも自分が否定されている感覚からの出発?支配されている思考。





自分を肯定する?

生きること、悲しみも喜びも感じて流す

行動・動きの中で自分は肯定される?その時神感覚になっている?

神がかりは行動に関与?

ハイな状態?

神がかりの継続は人体では問題を起こす。

身体を大切にし過ぎるとハイが得られない。

けどハイなだけでは身体・人間関係にも問題を生じ易い。

神がかり状態では、神の支配を乱す者は悪や魔とされる。
神がかった人間は同時に悪魔を飼う。
自分が神がかりだから悪魔が存在する。
光に対する影。


ハイ状態、神がかり状態は媚薬

このブログもハイ状態で書いてた(上の一行書いててハイが切れた)


神様って内分泌系のホルモンとかでおきるトランス状態。

トランスを神様とするならば、それは信仰に値するのか?という問い

トランスによる効用とかが解明されるのであれば、医学的にトランスに入るということも行われるかもしれない。行われてる?


心の療法としてのトランス。


産まれてこの方トランス状態が普通だった僕にはトランスじゃない状態というのが分からなかったし、怖かったし、馬鹿にしてたけど

生活をしていくのには逆にトランス状態は不便極まりなかった。
COENとかブログでまとまらない中でも、言語・思考なんかをデトックスしてこれたお陰でトランスしてない状態を得られる時間が増えた。

トランスを解除するための心体の技術。

自己を確立していくというのは、学び多きことに思える。