幸せをめぐる思考の色々

幸福と不幸だけじゃないよね
人間の思考というものは
「これは幸福に非ず」と
幸福を定義したりジャッジしてみたり、
(足るを知らずという感じかな?)
「未だ幸福に至っていない」と
基準をもうけてそこまでの道程に立っている様な気になったり、
「他者の幸福を被る」と
自分のものではない尺度で、自分の幸福を測ったり、
或いは他者の幸福イメージに乗って自分が幸福であることを思い込んでいたり、
是幸福、否幸福と言っている時って幸福なんだろうか?
夢中になってたり、納得出来てたり、
そういうことの方が幸福に近い気がするんです。
追記
言語上存在する「不」という言葉が、
僕の感覚上存在していない。そんな気がする。
むしろ「感覚をロストしている感覚」の部分を「不」の言葉で補っている気がする。
例えば不安であれば、安心の逆の状態を指すというよりは、
安心を忘れている失念している状態・安心が盲点に入り込んでいる状態を指す様に感じている。
だから不幸というのは、
酷い状態とか、傷事故損などの事象を指すのではなく
幸福であることをロストしているだけなのではないかと思う。
それって様は認識の問題なんだろうなって、
そう思ったのでその様に書いてみた。
ただ認識の問題って反射反応(とそのパターン)とかが絡んでくるから理解は大変なのかも知れないけれども。