幸い無趣味な私だったので、「これからは柔道観戦を趣味に決めよう」ということで

何しろ全部みるということを始めた。

 

柔道着のズボンのベルトループって前に一個なのですね。普通のズボンは一個しかないところが後ろ側なので、毎回後ろ前に履かせていたことに気づく。。。

 

小さい子たちはひもで縛ることをあきらめて、ゴムをいれていたりもします。なるほどそういう作戦もあったか。

 

それまで、ろくろく練習も見てなかったから、どんな子がいるのか名前も分かりませんでしたが、柔道ってありがたいことにみんなゼッケンにでかでかと名前が書いてあるのです。

 

ゼッケンをつけていない大人の先生たちも帯に名前が書いてあるのです。

 

顔を知ってるけど、先生の名前は、、、とかならないw助かる。

毎回くるわけじゃない中学生や大人も、忘れたって大丈夫なのです。うんうん。

兄弟とかもすぐに把握できるし、お迎えに来た人が保護者なのですぐ覚えられます。

 

そうやって見ていると、この子はいつもこの技練習してるなーやりたいんだなーとか、この子いつもこれ言われてるなーとか、少しずつ私も頭に入ってきた。

 

「柔道の良いところ その1」は「名前、分かりやすい」

これって、兄弟が多い保護者の方にはありがたいと思う。

名前を覚えるのが大変だと思ってる人が少しでも多く柔道の良いところに気づいて

子供たちを柔道に導いてくれますように。

そのあとしばらくは、未来を連れて試合を観戦する時期が続いた。

というか、未来を連れて会場に行っていたので、試合をみるのは難しくって外の階段を上ったり下りたりして終わる時間を待っていた。

 

たまにチラッと会場のドアを開けて中の様子を見ると、夏海の試合はもう終わっていたり、ちょうど抑え込まれていたりしたけど

あまり勝つところも負けるところも覚えていない。興味を持ってみてなかったからだなと思う。

 

初めての試合でメダルをもらったことで、私ほどダメってことはないんならいいかって安心していた。

本人も勝って喜ぶでもなく、負けて悔しがるでもなく。試合を楽しみにも苦しみにも思ってなさそうだった。

練習に行くことを嫌がることもなかったけど、最初のころほどウキウキ行く感じもなかった。

 

そして、小3の秋。なんか私が初めてこれではまずいと思い始めた試合があった。

 

県の東半分が集まってやるローカルな試合で、最東地区のイタガキ君と初めて戦ったときのこと。

勝つ気満々できたイタガキ君にあっさり負けてしまった。抑え込まれたんだろうと思う。

 

その後、ふつうに笑っていた。

もしかしたら、本人はバツが悪かっただけなのかもしれないけど

すごく力の差があるようには感じなかった。

ただ、勝つ気の問題だったように思えて、まずいなと思った。

 

夏海は体格に恵まれているほうだ。

小学3年のころなら50㎏やそこらはあったはず。

小学生の試合は、体重お構いなしで学年の区切りしかないから大きい子にはとても有利だ。

 

イタガキ君も体は大きめだったけど、夏海のほうが大きかった気がする。

 

同じ道場に同級生は5人いて、夏海はその中で一番後に道場に入ったけど割と試合に出してもらっていた。

私には体の大きさは分かるけど、技の習得具合は全く分からない。

 

でも、後から入ってきて試合に出してもらっている以上、負けて笑っているのはダメだろうと思った。

もしかしたら、もっと頑張っていて、もっと出たい子もその5人の中にいるかもしれないのに。

 

 

夏海にその話はしなかった。

その次の練習からは、送って迎える間の時間を、お買い物とか未来の散歩じゃなくて、

道場の中でがっつり見守ることにした。

 

試合の時は、未来をグループホームに預けて、とにかく試合を見ることにした。

ルールも何も分からなかったけど、とにかくまず一生懸命見る。

 

急な変化はない。

どうすれば良いのか、勝てるとか、多分私には一生分からないけど、

ただ見守ることに時間を費やしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

毎週木曜日の夜と土曜日の午後と日曜日の朝、柔道教室に通って5か月ぐらいだったと思う、初めての試合があった。

 

まだ小学2年生で、よく試合の意味もわかってなかったんじゃないかなぁって思う。

3人と戦って、2勝すればメダルがもらえるという内容のかわいい感じの試合だった。

 

旦那は全然練習を見に来てない時期で、私も柔道のこと全然分かってなかったから、どうなって勝ったのか全くわからない。

 

たしか、一回は負けて、二回勝って、それでメダルはもらえたんだったと思う。

うれしそうだった覚えもないけども

 

体が大きい割に性格が慎重で、動きも遅い夏海が自分の全敗の遺伝子を受け継いでないことが私は本当にうれしかった。

 

すごくほっとした。人生で一番自分大丈夫かもって思ったときだった。

うちには二人の息子がいる。

先に生まれた夏海と後で生まれた未来だ。

 

旦那は夏海が生まれたとき「俺の赤ちゃん、生まれたーっ!」って

あちこちに電話していた。その後も、具体的なお世話はさておき溺愛。

もう、本当にやりすぎと思うぐらいの溺愛溺愛溺愛。

 

いろいろ考えたのち、子供は避けて通りたいと言っていた私だったが

第二子をお迎えすることにした。

 

さて。

 

果たして生まれた第二子は重度心身障害児。

16歳になった今も、言葉は話せずオムツも外れてなくて車いすで過ごしている。

命に別条がなくて、いつも楽しそうにニコニコいたずらをする愛しい子である。

 

今は病院と施設のお世話になりながら過ごしている。

 

未来は自分で立てないけど支えれば歩けるので、横たえさせてオムツを替えるためには安全に頭を守りながら倒すことをうまくできないと困る。

 

スペースのないところでは車いすの右からでも左からで上手に未来を支えて座らせなくちゃいけない。

 

チャイルドシートに座れない大きさになってからは、運転席の後ろに乗せていると後ろから髪を掴まれるようになっていたから、助手席の後ろに座らせられるようになりたかった。

 

それは私にとって投げにくい方向に未来を投げる動きで、うまく力がはいらずに二人とも転びそうになったり、ケガしそうになって怖かった。

 

そして、ある日、唐突に思いついたのが「回し蹴りを習おう!」

もう、疲れでどうかしていたのかもしれません。

自分が体を使うのが下手って分かっているからこそケガをしないで未来を支え続けたかった。

上手に反対方向に腰を切る方法を誰かに教えてほしい。それで近所の空手道場を見に行こうとしたのだった。。。

 

夏海に未来の見守りを頼んで出かけようとしたら、いつになく「俺も道場行きたい!」とついて来ようとしたので、いったん自分の回し蹴りは今回は無理かなと思いながら道場に行った。

 

その帰り道、夏海は「この細長い道場じゃなくて、もっと四角い広いところ。オス!オス!言わんところ行きたいんぜっ!」って言ってきた。

 

わーーーー。。。。それは一度手を染めたら辞めれんやつやんか。

 

3日は考えた。

 

でも、いつも我慢してくれて、いつも未来の世話と手伝ってくれてる夏海の願いをかなえてあげたくなっちゃって、次の日曜日、柔道場にいった。

 

最初から着替えを貸し出されて参加して、練習そのものは初心者過ぎて分からなかったに違いないが、練習の後は上級生の男の子たちと走り回ったりバランスボールを投げあったりして本当に楽しそうだった。

 

空手じゃなくて、柔道でもいいかって自分のルートも空手から柔道に切り替えようと思って見学に行ったけど、

 

指導員の中に、中学の同級生を見つけてしまい、この人とぎゅっと触れ合うのはムリっ!と思って、そのまま自分の空手も柔道もなしになってしまって今に至る。

 

 

未来のことは いろんなところから、いろんなことを言われる。

でも、あんまり傷つけられるようなことは言われたことはない。

聞こえないところで言われてるのかもしれないけど、聞こえてないから、ないこととしているw

 

自分も不謹慎なキャラなんだけど、私の子ガチャはアタリだった。

夏海がどんなにアタリだったかはまだまだ書くと思う。

同じように未来もすごいアタリなのだ。

 

 

 

格闘技やってる人の中には耳がつぶれている人がいる。

「耳がつぶれていたら強い」とは限らないけど、でも一生懸命やったことだけは確かだ。

 

私の父は耳がつぶれている。父はインターハイに出たことがあるって言ってた。

私の弟も耳がつぶれている。弟がインターハイに出るところは見た。

耳がつぶれるに至る様子も経験的に知っている。

 

だから、旦那の耳がつぶれていることを「一生懸命やったことがある人」って思ってお付き合いに発展し今日に至る。

 

さて、旦那の父も耳がつぶれていて、旦那の3人の弟のうち2人もつぶれているのだ。

結婚しようとしたら、自分の父と旦那の父は旧知の仲だった。

 

別競技だけど、タコ耳。

結構離れた県に住んでいるのに。

格闘技って、結構村社会だなって思った。

 

そういうわけで、私は、父と弟が同じ競技をやっているせいで険悪になる家庭を知っていた。一生懸命になりすぎるのだ。

 

私は女だったから、母が女の子は格闘技なんてやるもんじゃないって偏見持っててくれたから、大丈夫だったけど、させられていたら、私が申し訳なくて死んじゃってたか、できない私に腹を立てる父がストレスで死んでたかどっちかだと思う。

 

子供が通っていた道場でも、年少や年中の小さい子たちが連れられてきて泣きながら練習しているのをよく見かけた。

 

泣く子の中には強い子もいるんだけど、本当に勝たない子もいる。試合の前にお腹が痛いとか言い出す子もいる。

 

先生たちは技の説明を一生懸命するけど、保育所に行っている子たちに意味は通じるのかなぁ。

正しくない動作の癖がついたりしないのかなぁ。

試合=怖い、負ける、怒られるみたいな悪いイメージが心の深いところに刷り込まれたりしないのかなぁ。

 

それは今でも疑問に感じている。

 

まだ子供が柔道やってないころの私は、休みの日とかが全部スポーツの練習や試合になってしまうのはいやだなって思っていた。

 

それから多分、私に似て弱いであろう子供のことで、今度は自分じゃなく子供のことで「自分ダメだ」っていう確認が続くのは嫌だなも思った。

 

自分がイヤならやめられるけど、子供は弱くても続けたいとか言われたら、もしかして強い子のママとの付き合いで嫌な思いするのも私しんどいな。。。

 

どんな競技をしたところで、自分の子供ができるってイメージを持てなかったし、スポーツにまつわるアレコレに良い印象なんて持てる自分じゃなかったから、ひとまず何もやらないで済ませたかった。

 

しかし、子供って何を言い出すか分からない。

本人の記憶があるかないかも分からない2歳か3歳かのときに見たことが

しっかりと心の奥に根付いていたことを後で知ることになったのだ。。。

 

 

 

 

「試合、どこと?」

「え、水橋w」

「楽勝やん!」

 

子供たちが話しているのが聞こえた。もうずいぶん昔の話だ。

自分とこの道場が楽勝呼ばわりされてて少しムッとしたけど、

実際、先鋒の子から大将までの5人が全員、20秒以内で一本取られて戻ってくる流れの試合内容だった。

 

攻防がない。「はじめっ」の後、すぐ襟をつかまれて、べちっと投げられて「一本」ってなるのが5人分。

 

まだ我が子は団体戦に出ていないのが救いだった。

でも、何年か後には団体戦に出ていてほしいと思った。

でもでも、この流れで負けてくるうちの一人になってしまうんなら柔道をやり続けている意味がない。

 

私自身が体格的に恵まれてないことと、走る跳ぶ投げるのどれもが壊滅的に劣っていること、それに加えてスピード、パワー、バネのどれもが平均的に低い水準でバランスが取れているために、幼い頃、同級生に嫌な思いをさせられ続けた。

 

何かスポーツをやっていたわけではない。

ただの体育の授業で、ことある度に一緒のチームになりたくないとか、体育の授業に出ないでくれとか、お前のせいで負けたとか、死ねとか言われ続けたせいで、子供を産み育てることに躊躇するほど私の自己肯定感は低い。

誰かより生物的に優れているという自信が圧倒的にないのだ。

 

一週間に3~4回の体育の時間は小学生から高校生まで6・3・3で12年もの間、他人からも自分からも「自分はダメだ」と繰り返し繰り返し確認させられ続ける作業となってしまった。しかも、子供のうちはこのつらい確認作業をやめる自由さえない。

 

もし、自分が自分と同じような壊滅的に劣った平均的に低い水準の運動音痴の子供を産んでしまったら、申し開きようもないし直し方も分からないしどうしてあげたらいいか分からないから、できれば子供は欲しくないって、真剣におもっていたのだ。

 

いっぱい傷ついて悩んで死にたくなって、そうしてたどり着いた私なりのスポーツの意味って、「自己顕示欲を満たして自分の優位性を確認したいし、確認できる人がやればいいこと」ってことになってしまったのだ。

 

簡単に言ったら「マウント取りたい目立ちたがり屋の業」

自分ができないから、心の中で軽蔑交じりにそう思うことで、自分を傷つけてきたスポーツというものとの折り合いをつけていた。

 

ゆえに、お金を払って週に何回か練習して、そして試合に出て20秒で投げられて、自分弱いなーダメだなーいつも負けるなーってなるなら意味はないのである。さっさと他に勝てることを探したほうが良いと思う。

 

10回試合して、せめて4回勝ってほしい。2回か3回でもいい。

もし、1回しか勝たなくても0回でも本人が楽しいんなら構わないけど、

負けてばっかりで楽しいわけがないことは私が一番知っている。

 

だから、やっている以上は「勝ったり負けたりする」はOKだけど、

「いつも圧倒的に負け続ける」は意味がないになるのである。

 

「おれすごい」「おれは強い」って思うためにやってるはずなのだから。

そして、私はいつでも全くすごくないし、誰よりも強くないから、いつもコソコソビクビクしていた。

 

たぶん、推しが子でなければ小さい体を小さく丸めたまんま、

気配を消して空気のように死ぬまで生きたと思う。

 

頼んでもないのに生まれちゃって、死ねって言われて、死ぬわけにもいかず

迷惑してるって子供の時は思ってた。

 

産むってわかってる分、子供より親は有利だ。

それでも、どんな子が生まれるかは親ガチャと同じように子ガチャで。

おまけに、どんな子が生まれても親は予想外に思うもんなんだろう。

 

だから、もし負けっぱなしで自分と同じように困るなら、

なんとか死なない技を導きたい。

たとえ筋違いの逆恨みでも死なない技をw 私と同じように。

 

でも、その最後にはたいてい「この子でよかった」なんて思うのが親で。

私の旦那は「親バカじゃない親はバカ親だ!」って臆面もなくいう。

名言だと今も思っている。