5月3日
ダンナである。
今しがたいわきから
私だけまず先に帰宅しました。
ヨメやらぺ~やらは8日に帰宅予定。
まあ、なんというかかんというか、
いろいろあった「ヨメハゲフェス」、その全貌は
おいおいここで書いていくといて、
今日はそのメインアクトの日のことを残しておこうと思って。
取り急ぎの原稿で申し訳ないが。
5月3日になにかが用意されているということは、
うすうすわかっていたが、まあ、そこはヤボではないので
ツッコむことはなく、素知らぬフリで乗っかることにした。
ただ、軽い気持ちでこの項に
「ヨメハゲフェス、みなの衆、たのんます」と書いた1行が
あんなすさまじいものになるなんて思ってもみなかったし、
それは5月3日に参加してくれたみなの衆のみなさんも、
想定をはるかに超えた事態におののいていたところもあったと思う。
5月3日は、今年一番といえるほどの好天で、
まるで初夏のような空の色だった。
まず、10時ごろ、私だけがヨメ実家から運び出される。
KZOの家に運び込まれ、渡された服に着替えさせられる。
キレイめのシャツに、ものものしいベスト、
チョウネクタイにカフスやら……。
髪型は濃厚なデップで1:9にびっちりとなでつけた。
寝起きで運び出されたため、無精ひげはそのままだが、
それはトレードマークということで許してもらうことにした。
KZOはしきりと誰かと携帯で連絡をとっている。
どうやらヨメの元にも別の一斑が行っているようだ。
傍目で見ているとあまりにダンドリが不安定なので、
思わず口を挟みたくなるが、今日は乗っかる側なので
オマカセすることに徹する。
正装に着替えさせられた私は、また車に乗せられ
どこかに運ばれる。
小名浜はアクアマリンがGWのイベントで大渋滞。
KZO&ASKちゃんらの一派は時間を気にして焦っている。
車はそのまま海沿いの灯台があるいわきの行楽地・
三崎公園へすべりこんでいった。
やがて、呑気に窓から外を眺めていた視界に、
ひとつの奇妙な風景が飛び込んできた。
ゆるやかな坂状になった芝生の公園のド真ん中あたり、
行楽のGWに不釣合いな、黒っぽい服を着た集団が
人だかりを作っているのだ。
遠目から見ても、それはちょっと異様な光景で、
薄着の親子連れ、恋人たちの中に、
ものものしげな正装風な集団が、ごそおっと集まっている。
きっと数えたら40~50人はいるのだろうか。
なんかの屋外ダンスパーティなんかしらんとも思ったが、
それがどうも自分に関係ありそうなことは直感的に伝わってきた。
私は空を仰いだ。
事態は想像をはるかに超えた大変なことになっていた。
ふと、思ったのだが、今の私たちの状況はどっかで観たコトあると
思ったら、それはたしか『木更津キャッツアイ』の映画版の日本シリーズの
方のやつで、あれもたしかぶっさんが余命わずか的なことを宣告されて、
深刻になったり、ほんとに死ぬのかよとかやりつつも、
いつもの、なんともいえない、
まったりとヤンチャな友情ノリが続いていくのだった。
今の私たちも、まったく同じだなあと感じたりする。
そして、5月3日、三崎公園に用意されていたのは、
いわゆる『余命1ヶ月の花嫁』的なことであった。
ただし、あれよりもスケールはハンパない。
遠くにいるはずの顔、懐かしい顔、古い知り合いのヨメやら子やら、
「どこまで声かけたんだよ!」といったラインナップ。
おそらく、ここにはヨメの会いたい人の90%が集められていたはずだ。
そして……これはイレギュラーであるのだろうが、
公園のド真ん中を占拠しているせいで、
フツーに遊びに来てるみなさんの視線がささるささる!
私たち全体が完全に「感動的ウエディング見世物」と化しており、
愛ある野次馬と身内の境界線など見当つかないことになっているのだ。
遅れて車椅子に乗ったヨメが到着して、
ものすごい状況の中、結婚式が始まった。
ヨメとギテーが、手作りのバージンロードを歩いてきた。
ガキツカ真っ青の本物ゴスペルの人たちが、ナマ歌を聴かせてくれた。
つけひげをつけたKMO神父がカミカミの司会をした。
おもちゃの指輪を交換しあった。
愛の誓いをシャウトさせられた。
愛のキッスは、もちろん大人ならではの濃厚なやつにしておいた。
地元のアダルトアイドル「GO!GO!まっちーず」のまっちさんが
なぜか少年隊の「君だけに」を歌ってくれた。
「なぜおまえが!?」というサプライズ花束贈呈があった。
退場はみんなからの紙吹雪の中である。
ヨメはずっと泣いていた。
ときには、声を上げて嗚咽していた。
私は奥歯をかみしめて、これはオモロいことなんだと
ずっと自分に言い聞かせていた。
ヨメはネイルをつけてもらい、
ティアラも乗せてもらい、青空をバックにキレイだった。
腕にはいつもと同じ、痛み止めの貼り薬がタトゥーのように
貼られていたが、それもひとつのおしゃれのようだった。
ふと思い出したのは、
ティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』という映画のラストだった。
あの場にいた、ヨメの女子高時代の友達、社会人時代の友達、
おさななじみ、一緒につるんでいたギテーの友人関係、その彼女、
またその友達、友達の子どもで今はすっかり大きくなった男の子……
世話好きでおせっかいの姉御肌キャラとしてヨメが生きてきた38年間、
彼女と関わり、彼女と情を交わしてきた人のほとんどが、
GWの青空の下、三崎公園で一堂に会し、
正装でヴァージンロードの両脇、笑顔で祝福してくれているという、すさまじさ。
彼女のやってきた世話や、ふりまいてきた情やおせっかいに対する
「お礼」をみんなはこの場に持ってきているのだった。
ありがとう、を伝えるために。
おめでとう、と伝えるために。
あなたに会えてよかった、と伝えるために。
人の人生が報われる瞬間って、見たことがありますか?
ちょっと今回の件に関しては、どう書いたとしても言葉は足りそうもなく、
どうせこじんまりとした身内のものになるだろうと思って、
声もかけていなかったヨメの両親・きょうだいにも急遽来てもらうことになり、
その後、三崎公園は大々的な撮影大会へと突入していった。
ひとりひとり、名前を出して礼を言うのも照れくさいので、
総称で替えさせてもらいたいが、
あの日、ひとつひとつの準備に奔走してくれた、相変わらず濃厚で
冗談とお祭りとおせっかいが大好物のフレンズのみなさんと、
あの場に足を運んでくださった友情力に篤いフレンズのみなさんと、
なんだかわからないまま暖かい目で見守ってくださった野次馬のみなさん、
すべての方々に改めて、
本当にありがとうございました、
と、言わせてください。
38年間の人生で一番ドラマチックだった一日、
5月3日は、私たちの大切な「結婚式記念日」になりました。
カラーボックスの上に白いシーツをかけただけの祭壇、
そこから公園の芝生越しに見える小名浜港の
初夏の海の波光がきらきら輝き続けていた、
あの風景と青空の下、
私たちはみなさんと共にあったのですね。
もう一度だけ、
感謝!
でも、
まだまだこれからも生きていきますよ~だ。