もしあなたのなかに、「何らかの絶望的な記憶が人生のアーカイブに残っていて、この世が安楽の場ではないという舞台設定になっている」としたら、その舞台から退くプログラムが起動してしまうかもしれない。


■天命を全うするプログラム■

微生物から植物、動物に至るまで生き物(生命体)はみな、「生存本能=寿命を全うするプログラム」を生まれながらに持っています。本能ですから、その作業は無意識に淡々と遂行されます。

私たち人間の基本的な生命活動もまた、無意識に脳と各部位の連携でコントロールされています。呼吸や心臓の拍動はいちいち意志で調整しなくても状況に応じて自動制御されますし、飲食物を消化・吸収し栄養素から必要な細胞や物質を合成し、不要なものは排泄するのもオートマチックです。加えて、自己治癒や修復の仕組みも備えています。擦り傷、切り傷の修復、風邪からの回復、落ち込んだ気持ちから立ち直る・・・これらの初期プログラムは、生まれた後に人工的にインストールされたものではありません。

さらに人間は、生きる目的や意味付けが人生や健康に大きく影響します。人生で目的意識や生きがいをもつ人は寿命と健康寿命が長い傾向があることが、米国と日本で行われた調査で明らかになっています。 (ニューヨーク州のマウントサイナイ医科大学の研究チームの調査 米国と日本で実施)

つまり人間の場合、時間としての長さ(寿命)と今生の目的・役回りを合わせて「天命」と呼ぶ一生があり、「天命を全うするプログラム」を予め備えているのです。


■天命を終わらせるプログラム■

一方、私たちは例外なく死にます。誰もが、いつかは肉体から離れる日が来ます。人生の終え形は様々で、病もあれば、事故や災害もある。がんが人生の幕引き役であるなら、それもまた自然の営みです。つまり、天命を終わらせるプログラムも持ち合わせていて、生命力を使い切ったときに作動します。

ところがもし、天命を終わらせるプログラムが当初の設計より早く起動してしまう事態を自らが招いてしまっているとしたら? もしくは、人為的に天命を全うするプログラムに不具合を起こしているとしたら?

「自分には愛される資格も、生きる値打ちもない」
「この世は生きる価値がない舞台」
「この世という舞台に私の役柄はない」
という思い込みがあれば、それに沿ったアクションが無意識に起動してしまうかもしれません。

生きていてもしょうがない、つまらない、悲しい
生きていていることがみっともない(恥、迷惑、罪悪感)
~しないとこの世に居られない
~でないとこの世に居られない
~この世は私が幸せになれる場ではない
これ以上生きていても苦しい
この世は恐ろしい所だ
この世は敵ばかりだ
この世は理不尽だ
この世で私は被害者だ、犠牲者だ
生まれてこなければよかった

がん患者さんに、そんな思いを垣間見ることがあります。そしてその思いは根底に潜む愛着障害から派生していると考えられるケースが少なくないのです。


■愛着障害とは?■

【愛着】
「子どもと特定の母性的人物(もちろん父親でも構いません)との間に形成される、強いむすびつき」

愛着は親(養育者)と子どもの関係性において最も根幹をなすものです。親との関わり合いによって、安心感や信頼感を身体で覚えることで「愛着」の感覚が健やかに育つと、子どもは成長し外の世界に踏み出していける。この世に安全な場所(安全基地)があるという安心感がベースにあると、社会の中で困難に遭っても安定したこころで向き合うことができます。

【愛着障害】
「安全が脅かされるような体験をしたときに、こころを落ち着けるために戻る場所がない状態」

このようなこころの状態をつくる原因としては、親が子どもに対して虐待やネグレクトなどのマルトリートメント(不適切な養育)をする、あるいは養育者が何度も替わるなどが原因で、子どもにとっての安全な場所が提供されないことです。

【虐待】
・身体的虐待
・性的虐待
・ネグレクト(育児放棄)
 食事を適切に当てない、おむつやトイレの世話をしない、長時間の置き去り
・心理的虐待
 暴言、言葉による脅し、夫婦間での暴力(DV)

【マルトリートメント=不適切な養育】
子どものこころと身体の健全な成長・発達を阻む養育をすべて含んだ呼称。一見、残虐性が感じられず、ひっそりと目立たないような類いの虐待ながら、継続されることにより、子どもを傷つけ、こころの発達を阻害していく。“しつけの一環”として、生活のなかに溶け込み、習慣化しているものも数多く存在する。言葉を介してのものが多い。

以上、「子どもの脳を傷つける親たち」(友田明美 NHK出版新書)より

著者の友田明美さん(小児精神科医)の研究によれば、虐待やネグレクトなどのマルトリートメントを受けた子どもには次のような傾向が報告されています。

・虐待が子どもの脳を変形し機能を低下させる。脳の機能への影響は生涯にわたる。喜びや達成感を味わう機能が弱い。

・マルトリートメントを受けた子どもの1/3が、愛着障害を起こす。愛着障害がある子どもは、脳の報酬系回路の反応が低い。

・褒められる経験が少ないと、自己肯定感や自立をつかさどる機能がうまく働かなくなる。

・はっきりとした愛着障害と認められなくても、大人になって仕事や対人関係をきっかけに、影響が表出することがある。

愛着障害について小児精神科では、うつ、発達障害、依存症、引きこもり、不登校など引き起こすと注目されるようになりました。また、大人でも対人関係の問題、適応障害、うつ・不安、依存症、親子・夫婦関係、恋愛関係などに影響すると考えられています。

さらに、精神科医の岡田尊司さんは、「愛着障害とは、生存と種の維持に困難を生じ、生きづらさと絶望をもたらし、慢性的に死の危険を増やすという意味で、死に至る病なのである」も述べています。(「死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威」岡田尊司 光文社新書)

愛着障害の情報に接して思い出したのが、宗像恒次先生(元筑波大学大学院教授)の研究です。

宗像恒次先生は、心ががん抑制遺伝子の発現や免疫系にいかに影響するのか? そして臨床にどう反映されるのか? 患者さんの自覚的な感覚だけでなく、実際に患者さんの身体・・・がん抑制遺伝子、免疫、腫瘍マーカー、画像情報、がん細胞・・・にどのような変化が生じるのかを6年にわたり追跡しました。研究の結果、下記の4つのがん抑制遺伝子は愛によってスイッチオンする(発現率が高まる)と発表しています。

・p53遺伝子(全がん)
人を愛する情動でオンになる

・RB遺伝子(全がん)
自分を満足させ、自分に自信がついてくることでオンになる

・RUNX3遺伝子(おもに胃がんなど)
愛をめぐる本来の見通しが改善することでオンになる
(将来への見通しの悪さがストレスとなって抑制されることが考えられる)

・BRCA2(おもに乳がんなど生殖系がん)
愛される情動でオンになる


■天命のプログラムを再起動させる■

人間の脳はまずいことが起きたとき、意識と無意識の境界が揺らぎ無意識に刷り込まれたことが表出しやすくなります。がんは天命を全うするプログラムの不具合をあぶり出すきっかけになります。

「刷り込み」は他者から押し付けられたような語感がありますが、その多くは自分が出来事や体験にラベリング(意味付け、理由付け)してファイリングしデータ保存(記憶)しています。とくに悲しみ、恐怖、つらさが強かった体験は、自己の存在を守るために「後付け再構成」をして保存されます。

例えば、弟ばかり可愛がって女性である私はないがしろにされたと思い込んでいた卵巣のがん患者さんは、「私は女だから母に愛されない」というセルフイメージを持っていました。カウンセリングをすると、彼女は[私を愛してくれない母]というフォルダに母親の画像を詰め込んで脳に保存していました。 

「そのフォルダに入っている画像のお母さんはどんな顔をしていますか?」と彼女に問うと、「怖い顔、しかめっ面、無愛想な顔」と答えました。そこで、「実際に手元にあるお母さんが写っている画像をすべて見直してください」と指示したところ、患者仲間と笑っているお母さん、お母さんが抗がん剤治療中に作ってくれたお弁当の写真などが出てきました。「愛してくれていないわけではなかったみたい・・・」 彼女の中に母に対する意識の変化が芽生えると、女だからないがしろにされていたのではなく、嫁いでいく娘として大事に育ててくれた面があることに気づきました。

その後、不安で仕方なかった再発の治療も克服していきました。

彼女の無意識にプログラムされた不要な思い込みを編集し直したことが、がんに何らかの作用をもたらしたかどうかは解明の手立てがありません。しかし、この世は安心な場で愛されている感覚を持てたことは、少なくとも天命を全うするプログラムを邪魔する不具合を取り除けたのではと考えます。

病気に深く関わる愛着障害をベースにしたセルフイメージ、思い込み、掟などがあるなら、アンインストールや上書きをすることで「天命を全うするプログラム」の再起動が期待できます。