週間エコノミストOnline版(毎日新聞社)に、シリーズ「がん新時代」が連載されています。(2025年10月~)
この記事を書いている2026年2月は「⑥抗がん剤の診療マニュアルと患者の現実の声」がアップされました。
ここまでのシリーズを読んでのざっくりした感想は、「がんに対するイメージや医療原則は50年前とあまり変わっていない」です。それが近年のがんへの理解と医療技術のアップデート、多様化とマッチせず齟齬を生じている。
◆50年前、がんはミステリーだった◆
シリーズ①「発生と再発の元凶「がん幹細胞」とはなにか」でアメリカのがん研究の第一人者マサチューセッツ工科大学のロバート・ワインバーグ博士は1999年刊行の著書『がん研究レース』(岩波書店)から引用がありました。
「がんはどのようにして生ずるのか? 20年前、われわれはこの問いに対する明快な答えを持っていなかった。がんが、われわれの体の正常な組織から生じた無統制に増える細胞であり、放射線、化学発がん物質、がんウイルスなどがその原因となり得ることはわかっていたが、それ以上はまったくのミステリーだった」「1980年代半ばに至るまでの10~20年の間、抗がん剤やその他のがん治療法は、ほとんど改善されなかった。それは、抗がん剤を探し求める研究者たちが、発がんのメカニズムに関する正確な知識を持ち合わせていなかったがために、ただやみくもに手探りするしかしようがなかったためである」。がんの大家をして「ミステリー」「ただやみくもに手探りするしかなかった」と言わしめる時代が、がん治療にあったことは事実だ。
私の抗がん剤メーカー勤務経験を踏まえた無料レポート「なぜ未だに抗がん剤の賛否論があるのか?」や昨年秋のセミナー「がんに効くとは?」で述べた1900年代後半のがん医療の状況です。
正体不明の恐ろしい怪物に急所がどこかもわからずミサイルを撃ちまくる・・・昔の怪獣映画のような対処が当時のがん治療だったのです。
ゲノム解析の進歩などで現代は“がんの生態”が明かされつつあり、それに伴って分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、ウィルス製剤などターゲットを絞った様々なバリエーションの薬剤が登場しています。反面、高額な新薬が医療財政を圧迫することにもなり、記事では新薬開発の事情、病院経営の構造的問題、医師や患者の過度な新薬信仰にも触れています。
◆診療ガイドラインだけで全ての患者は救えない◆
さて私が注目するのは、「道具は使いよう 薬はさじ加減」があまりに脇に置かれていることです。日本の保険医療制度が薬剤費のムダに意識が向かない仕組みになっていること。製薬会社の思惑とともに、未だに旧来の「がんのイメージ」が医療者側にも患者側にもはびこっていることが一つの要因になっているように思います。
以下記事(シリーズ「がん新時代」④ 抗がん剤の「正しい」使い方と量とは何か)より
日本赤十字社医療センターの化学療法科部長・國頭(くにとう)英夫氏は言う。
「現在の薬剤用量の決め方は科学的にも臨床的にも、不適切な場合があります。その理由として挙げられるのは、1950年代から使われてきた殺細胞性抗がん剤という従来型のがん治療薬は、どこまで毒性に耐えられるかという〝最大耐用量〟をもとに投与量が決められてきた経緯があるからです。しかし近年、主流となっている抗腫瘍分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤では、その最大耐用量が必ずしも最も効果的な量、つまり〝最大有効量〟とは限らないと考えられています。多くの薬剤で、じつは通常量そのものが、過量だとも指摘されている。実際に、規定の量より減量して治療をしても、効果は変わらないという研究報告がいくつもあります」
17年にアメリカで設立された「Optimal Cancer Care Alliance(OCCA)」は「最適ながん治療とは何かを追求する」のを使命としている。そのホームページにはこう記されている。
「現在のがん治療で、なぜ過剰投与が行われるのか。それは歴史的に、がんに対して有毒な化学療法を用いる際にどれだけの量を投与できるか、つまり量が多いほどいいと考えられてきたからです」。そして続ける。「私たちはいまではよりよく理解しています。新たに開発された精密な医療薬は、患者に過剰投与しなくても十分に効果を発揮します。低用量により副作用が少ない、または副作用がまったくない状態で、同様の効果を得られるのです。こういった科学や医薬品開発の劇的な変化を踏まえて、臨床医や規制当局は次のことを問うべきです。がんを効果的に治療するために、どれくらいの量を与えれば十分なのか?」
以下記事(シリーズ「がん新時代」⑥ 抗がん剤の診療マニュアルと患者の現実の声)より
近年、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、製薬企業に対して創薬の臨床試験の際に最大耐用量ではなく、低用量を使用するようにとも促しているが、反応は鈍いのが現状だ。
がん治療に関しては、「診療ガイドライン」「がん診療レジデントマニュアル」がある。そこには標準治療の指針、そしてどのがんに、どの抗がん剤を、どれだけの期間と量使用するかなどが明記されている。それらの作成には、がんの専門家たちが公正な議論と厳密な判断を重ね、何度も改訂を繰り返してきた経緯がある。数十年にわたる多大な科学的知見と費用と歳月の集積が、そこにあるのは事実だ。「現代医学の最新、最良の治療を行うための指針」ともいわれる所以(ゆえん)である。
しかしそれでもなお診療ガイドラインやマニュアルの妄信は、医師にとっての大きな落とし穴だと、そう言わなければならない。現代医学ではがんは細胞、つまりは遺伝子変異の病だというのが明らかになっている。患者ごとにDNAは異なり、年齢や体格、意思や生活スタイルが違えば、治療法もまた同様ではないのは必然だろう。ガイドラインやマニュアルはいわば「最低限の知識」「教科書」であり、実際の診療はより複雑だ。そこに医師の力量、ひいては生死への思想哲学までもが問われていく。
私が取材したがん体験者さんには、診療ガイドラインを外れた、もしくは他の取り組みを加えた方が多いです。そのなかのおひとり医師の大田浩右さん(尿管がんステージ4 2024年10月取材時に余命宣告から11年経過)は次のように語っています。
「今の医療はガイドラインに準じて施されます。ガイドラインがバイブルになっていますが、ガイドラインどおりにいかない病気はいくらでもあるのです。その典型ががんです。
(中略)
ガイドラインにもっと選択肢があるべきなのです。抗がん剤の場合は患者さんの状態によって低用量、休薬などきめ細かなガイドラインでないと現状に適しません。私の場合もガイドラインが変更されるまで待っていたら命が幾つあっても足りないですから(笑)、小さい病院の主治医に変更して自分の希望を入れてもらいました。」
人体、細胞は自然の生き物です。本来多様なのです。さらに人間は新しい脳の発達によって人体にフィードバックされる現象もあります。それらすべてをガイドラインだけでカバーはできないのです。
*関連記事
「大田浩右さん(医師) 尿管がんステージ4から11年(取材日:2024年10月)」
無料レポート「なぜ未だに抗がん剤の賛否論があるのか?」
昨年秋のセミナー「がんに"効く"とは?」
シリーズ「がん新時代」① 発生と再発の元凶「がん幹細胞」とはなにか
シリーズ「がん新時代」②なぜ、体内にがん細胞は生まれるのか
シリーズ「がん新時代」③ 抗がん剤は、どう使われるべきか
シリーズ「がん新時代」④ 抗がん剤の「正しい」使い方と量とは何か
シリーズ「がん新時代」⑤ 抗がん剤の用量は、果たして適切なのか
シリーズ「がん新時代」⑥ 抗がん剤の診療マニュアルと患者の現実の声









