ここで、最後に裁判官からの質問コーナーとなりました
私の脳内疲労ストレージは99%の状態からの、その最後の質問なんて想定しておりませんでした


今までのお互いの尋問を聞いての、最後の答えられるチャンスかもしれない
裁判官
私
という順で書いていきます。
相手方の何がそんなに怖いと感じましたか?
婚姻生活の中で、自分自身が一人の人間として見られていなかったこと。
相手の気分で私の心は疲弊し、いつも相手の機嫌や顔色を伺い、少しでも私に落ち度があれば大きな声を出す。
それを私だけならまだしも、
子供にまでした時に、生きた心地がしなかった。
私は生きていて、いいのだろうか?
でも、子供をなんとしてでも守らなければならない。
とにかく、一緒に居る時がいつも怖かったです。
婚姻生活の再開はあり得ますか?
一切、あり得ません。
最後に、あなたが婚姻生活の間書き留めていたと言う日記についてですが、証拠として提出していただきたいのですが、可能ですか?
はい。提出させていただきます。
質問は以上となります。
この後、同じようなターンが相手にもあるかと思いきや、それはありませんでした。
弁護士の先生の見解だと、あそこまで、自分には非がなく、悪いのは全て私と主張してきた相手の言い分に対して、何も聞く事がなかったのではないか?という、裁判官の示しではないかとのこと。
相手が、反対尋問で私の弁護士に対して話していた態度。
のうのうと、自分でやってきたことを認めず、自分は何も悪いことをしていない、反省の余地すら見受けられない態度。
あぁ、この人は誰が何と言おうと、自分がしてきたことを省みず、そのまままた、進もうとしている。
そんなの、ずっと前から分かっていたけれど
カウンセリングを受けても尚、その様な考え方なのかと、絶望した。
カウンセリングだって、本当のところ、継続して受けているのか、フェイクで一回だけ行ったのか定かではないけれど、
何をしても、どう言われても、自らの考えや行動全てを改善する努力を見せない相手の神経に
心を疑う。
そんな人間が、息子にとって[は]、
父親なんだ。
そんな人間でも。
物理的に一緒に住んでいなくても
血は繋がっているわけで、DNAが刻み込まれている。
現実は痛いほど受け止めているのに
それを頭が、拒否している。
分かっているけれど、そんな人間が父親だと
へらっと、口から言ってしまう軽さ。
母親としては、とても受け入れ難い。
でも、仕方ないんだ、現実はそうなんだから。
そんなことを頭でぐるぐると考えていたら、裁判官から、次回の期日の話をされた。