日本で初めてのワンマン運転 | 新田鉄人「久慈だョ!全員集合」

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難病と闘いながらピンの鉄道芸人、その他で活動する、元本物の鉄道の駅員と電気部、さらに保線の経験を持つ、新田鉄人のブログへようこそ!岩手県久慈市公認、北三陸久慈市ふるさと大使。潜水士の資格取得済。

荒川夢悟「テツろぐ」-関鉄キハ2000形_0001.JPG
今では、自動運転装置やホームドアのある路線や閑散とした線区のあちこちで行われている、鉄道車両のワンマン運転。列車のワンマン運転とは、バスのように運転士1人だけが乗務し、運転の業務と車掌の業務を兼ねて行うものを言います。ワンマン運転を行う車両は、運転士の体調が急変した際の事故防止策が義務付けられています。
この列車のワンマン運転を日本で初めて本格的に実施した路線が、茨城県にある関東鉄道竜ヶ崎線です。JR常磐線と接続のある佐貫と、東方向の竜ヶ崎を結んでいます。ワンマン運転が開始されたのは1971年(昭和46年)の8月1日からです。
この路線は、もともとは乗客数はありましたが、減少が続いて現在は写真のキハ2000形の単行運転が基本です。わずか3駅の路線ですが、どの駅も竜ヶ崎に向かって右側にあるため、運転席がホームに寄っており、竜ヶ崎に向かう場合は右側、佐貫方面は左側にあります。これは、ホームの視認性を高めるためです。
荒川夢悟「テツろぐ」-関鉄キハ532形_0001.JPG
そしてこの路線には、名物車両があります。国鉄キハ20形の機器を流用して製造された、キハ532形です。基本的には1月に4~5日運転され、古き良き時代の気動車の走行音を残しています。一見するとクーラーがないように感じますが、冷房化工事済みです。新造扱いですが、車内の扇風機には国鉄を示す「JNR」の文字も見られます。
そんな関東鉄道竜ヶ崎線。今も安全性を重視しつつ、ワンマン運転が続けられています。