2025年、4月28日の夜でした。
14年一緒に過ごした愛猫が、虹の橋を渡っていきました。
年末に前兆があり、年が明けハッキリと体調の変化を感じ病院へ連れていきました。
悪性リンパ種という、わかりやすく言えばガンで、完治が難しい病気でした。
何かの間違いだ
強い子だからすぐ良くなる
そう自分に言い聞かせて、治療にかけるしかありませんでした。
しかし予後が悪く、診断から約3ヶ月、あっという間に逝ってしまいました。
亡くなる53日前。ふっくらして、見た目だけなら本当に病気だったのかわからないくらいでした。
しかし、こんなまんまるの我が子の体は、腫瘍だらけだったのです。
亡くなる10日前。まだ自力でキャットタワーに登っていました。
抗がん剤と食事が減った影響でげっそりして、ほぼ骨と皮状態でした。黒目の色もだんだん緑色になり、目も見えづらい状態だったと思います。
亡くなる4日前。
もう、歩くことも難しい状態でした。
こんな状況でも、家に残して仕事に行く飼い主は、なかなか最低だと自分でも思います。お金がたくさんあれば、仕事をいくらでも休んでそばにいてあげられたんだろうなぁ、とか考えてしまいます。そう考えたら、生き物を飼う資格なんか最初からなかったのでしょう。
愛猫との出会いは、2011年。あの東日本大震災の少し前でした。
当時私は猫、というか愛玩動物にあまり興味がなかったのです。興味がないということは、もちろんペットショップなんか子供のころインコを飼ってた時以降行った記憶がないくらいでした。
猫は特に、少年時代に友人の飼い猫にかかとを噛まれてから、成人した後も猫に対してあまりいい印象はなかったというか、どちらかというと好きではなかったんです。
当時の職場は東久留米市で、隣駅のひばりヶ丘のアパートに住んでいました。
私が店長ということもあり、たまにですが暇な日は会社で決まっている昼休憩時間より多くとり、スタッフサービスしていました。(ただ私がのんびり休憩したかっただけというのはここだけの話です)
時間を持て余し街をぶらぶら歩いていると、平成初期にあったような古びたペットショップを見つけました。
いつもなら、そんなお店があったとしても外から見るだけで立ち止まりさえせず通り過ぎるんですが、その日はなぜか吸い込まれるようにお店に入ったのを今でも覚えてます。
一階は餌やペットグッズで、生き物が展示されているのは二階でした。
お世辞にも綺麗とは言えない店内、その時点で店を出てもおかしくないはずなのに、私は興味本位で古びた階段を登りました。
中には、まだ赤ちゃんの犬や猫が合わせて10匹ほど展示されていました。
そこで、私たちは巡り合いました。
小さなケージに入ったその猫は、他の猫より少しだけ体が大きく、ただひとりだけ、私に向かって、まるで何かを伝えたがっているかのように、興奮気味に格子に張り付いていました。
その姿を見た瞬間、もう他の子たちは視界に入っていませんでした。
そしてそっと近づき、なんの言葉もないまま私も格子の隙間から指を入れました。
それが「家族」として長い時を共に過ごす愛猫との初めての触れ合いでした。
6歳の頃、原因不明の急性腎不全になり、入院しました。
数日の入院後、死にそうだった入院前の状態が嘘のように、完全回復しました。
そんな強い猫でしたのでいつも「本当に元気だね〜、俺より長生きするんじゃないの?」とか「キミは本当におばあちゃんの年齢なの?」とか、ふざけて話しかけたりしてました。
残念ですが現実はそうではなく、こうなる運命が最初から決まっていたかのように、しっかり平均寿命くらいで死んでしまいました。
見た目はまんまるの普通の猫だけど身体はちゃんとおばあちゃんだったんでしょう。
虹の橋の物語。
それは昔、どこかの誰かが失ったペットを想い綴ったポエムを、近代の誰かが世に広め、それがペットロスになってしまった人々の慰めになっているようです。
いにしえの言い伝えでもなければ、どこかの宗教の教えでもありません。
無論あってほしいと思いますが、虹の橋なんてものは、きっとどこにもありません。
私が死んだ時、虹の橋のふもとで待ってくれている猫は、きっといません。
ですが、私はこう思います。
今の世代かもしれないし次の世代かもしれないし、何百年何千年後かもわかりませんが、魂が巡り巡って、何かの縁でまた会えるんじゃないかって、本当にそう思ってるんですよ。
我が国には「袖触り合うも他生の縁」ということわざがあります。
道ですれ違う時に袖が少し触れたくらいの関係でも、前世で何か繋がりがある人かもしれないという感じの意味でしょうか。
偶然に偶然が重なって、東京のはずれの小さな街の小さなペットショップで出会い、袖触り合うどころか家族となった私と愛猫は、前世でかなり深い繋がりがあったのかもしれません。
あと二週間ほどで、一周忌です。
一周忌を区切りにして、哲学堂の動物霊園に納骨するつもりで予約しました。
しかし、直前になって心が揺らいでしまいました。
合祀には遺骨の保管期限があります。6年後に縁もゆかりも無い北海道の大地に散骨されるんだったら、私の終の棲家になるであろう実家の庭に埋めたほうがいいのではないだろうか。
今日母親に相談したところ、良い言葉をもらいました。
「どこに骨を埋めようと心の中にいるんだから、心で思って手を合わせればいいんじゃないか」
その言葉に背中を押され、予定通り納骨することになりました。
納骨前の最後の日は、うちの子が大好きだったであろう私の枕元の右側に骨壷を置いて一緒に眠ろうと思います。




