1979年発表。
文庫2冊、724ページ
読んだ期間:5.5日
[あらすじ]
ミュンヘン・オリンピックのテロ事件の犯人に報復すべく、ユダヤ人グループが立ち上がった。
しかし、その計画は事前に察知されグループのメンバー二人が無関係の人々とともに虐殺されてしまう。
その首謀者は母会社<マザー・カンパニー>。
OPECと強力な関係を持ち、石油利権を背景に世界中の政府機関に影響力を持つ<マザー・カンパニー>はアラブ諸国の安定を阻害するこの計画を阻止するため、CIAの実行部隊を使い事前にこれを阻止したのだった。
しかし、思わぬ誤算が1つあった。
グループにはもう一人おり、その一人であるハンナ・スターンは生き延びてある人物のもとにたどり着いた。
その人物とは<ジブミ>を会得した伝説的暗殺者ニコライ・ヘル。
かつてハンナの叔父に命を救われたヘルはハンナに協力する事を決意するが、ヘルのもとに<マザー・カンパニー>の作戦指揮者ダイアモンドがCIAのダリル・スター、PLOのハマンを伴いやってきて、ハンナへの協力は自殺行為となると脅す。
実はダイアモンドはかねてからヘルを付け狙っていた。
若かりしヘルの手にかかったのが実の兄だったからだ。
ヘルは巨大組織<マザー・カンパニー>相手に極め付きに困難なミッションを実行にうつす…
覆面作家トレヴェニアンによる冒険小説の金字塔がこの「シブミ」。
トレヴェニアンの著作を読むのはこれが初めてですが、彼の作品である「アイガー・サンクション」は昔、映画化されたものを観た気がする(けどほとんど覚えてない…)。
なので本書が全くのファースト・コンタクトと言っても過言ではないです。
今から30年以上前の作品なので時代設定が古くなっており、ちょっと微妙な感じはしなくもないですが、それを差し引いても本作が傑作と言われる理由が納得できます。
非常に硬く難解な文章で、内容がすぐには頭に入ってこない事も多いですが、この文体が本書の味とも言えます。
個人的には好きです。
また非常に良く日本を勉強しており、これがアメリカ人の書いたものだとは思えないほどでホントに感心します。
以前、トマス・ハリスの「ハンニバル・ライジング」を読んだ時、結構良く日本を調べてるなと思いましたが、本書はそれより深く踏み込んでます。
また、ヘルが碁の達人と言うのも実にシブくていい。
学生時代少し囲碁をかじった身としては、シチョウやセキなど懐かしく思い出されて、そういう楽しみもあった。
上巻ではハンナたちが<マザー・カンパニー>から襲撃を受けるシーンから始まり、ダイアモンドがハンナが逃げた事、また彼女がヘルのもとに向かった事を知るところで話は終わりますが、その間にヘルの生い立ちが実に詳細に語られます。
ここが本当に面白い。
ニコライ・ヘルと言う特異な人物がいかにして生まれ、育っていったかは非常に興味深い。
英語、ロシア語、中国語、日本語、フランス語、ドイツ語、バスク語に堪能で見かけは全くの白人ながら精神は日本人、しかもサムライの精神を持ち、<裸-殺>と言う特殊な暗殺術を極め、一種のテレパシーとも言える近接感覚を持ち、さらに最高の性技まで兼ね備えた孤高の暗殺者。
(この<裸-殺>については本書ではほとんど説明されていません。これは過去に小説の内容を基に事件や犯罪が起こった事が要因だそうで、文章中にあえて注釈が差し込まれているほど。文章の流れを阻害してでも言いたかった事らしい)
このキャラクターを創造しただけで、もう勝ちって気がします。
ヘルの精神的な父親とも言うべき岸川将軍と、碁の師匠である大竹七段との関係も、欧米的なあけっぴろげでフレンドリーと言うものではなく、表面的な少し距離を置いたように見えながら心の奥底で深く結びついたいかにも日本的なもので、東京大空襲により娘を孫を失った岸川将軍がヘルとともに川べりを歩きながら悲しみに耐える姿は涙なくしては読めません。
本当に良く日本的な心情を書き表していると思います。
一方、著者の母国であるアメリカについては非常に辛辣な扱い方をされており、アメリカの文化を資本主義の権化であるかのようにこき下ろしてます。
ここにはどういう心情があるのか良くわかりませんが、当時のアメリカに対する嫌悪感というかこのままではいけないと言う警鐘と言うか、そういった訴えがあったのかもしれません。
そして下巻ではいよいよ現在のニコライ・ヘルが登場するわけですが、これがまたひねくれた書かれ方で登場します。
冒頭から約100ページ弱にわたり、ヘルが趣味としているケイビング(洞窟探検)の様子が詳細に書かれています。
しかも図入りで。
図があるのは本書ではこれだけ。
この肩すかしっぷりは見事。
しかもハンナたちがしくじりったミッションを<マザー・カンパニー>と対立しながら実行にうつすまでの様子は実にあっさりと書かれており、本書の本当の目的はそこではなく、ニコライ・ヘルと言う人物をいかにかっこよく紹介するかであったのがやっとわかるという仕掛け。
トレヴェニアンと言う作家が実に個性的でひねくれた人かが良くわかります。
主人公を中々登場させないじらしぷり。
これは冒険小説の名を借りた一種のパロディー小説かとも思えるそんな小説です。
(ヘルのカミソリを使った性技とか、まじめに書いていれば必要?と思える箇所もある(必要と思う人は多いと思いますが(^^;))
トレヴェニアンが書いたヘルの物語は結局この1作品だけになっており、実にもったいないところですが、「犬の力」のドン・ウィンズロウがヘルのファースト・ミッションを描いた「サトリ」が2011年に発売されています。
こちらは岸川将軍の自決を助け(ホントは自決できなかったのでヘルが手を下した)投獄されたヘルが最初の暗殺任務につくというアクションに重点を置いた作品で、「シブミ」に登場するダイアモンドの兄との因縁も詳細に語られています。
個人的は「サトリ」はありがちなアクション小説になっている気がするのでそんなに評価していませんが、興味を抱いた人はご一読を。
まだ文庫化されていないので単行本上下巻になってます。

文庫2冊、724ページ
読んだ期間:5.5日
[あらすじ]
ミュンヘン・オリンピックのテロ事件の犯人に報復すべく、ユダヤ人グループが立ち上がった。
しかし、その計画は事前に察知されグループのメンバー二人が無関係の人々とともに虐殺されてしまう。
その首謀者は母会社<マザー・カンパニー>。
OPECと強力な関係を持ち、石油利権を背景に世界中の政府機関に影響力を持つ<マザー・カンパニー>はアラブ諸国の安定を阻害するこの計画を阻止するため、CIAの実行部隊を使い事前にこれを阻止したのだった。
しかし、思わぬ誤算が1つあった。
グループにはもう一人おり、その一人であるハンナ・スターンは生き延びてある人物のもとにたどり着いた。
その人物とは<ジブミ>を会得した伝説的暗殺者ニコライ・ヘル。
かつてハンナの叔父に命を救われたヘルはハンナに協力する事を決意するが、ヘルのもとに<マザー・カンパニー>の作戦指揮者ダイアモンドがCIAのダリル・スター、PLOのハマンを伴いやってきて、ハンナへの協力は自殺行為となると脅す。
実はダイアモンドはかねてからヘルを付け狙っていた。
若かりしヘルの手にかかったのが実の兄だったからだ。
ヘルは巨大組織<マザー・カンパニー>相手に極め付きに困難なミッションを実行にうつす…
覆面作家トレヴェニアンによる冒険小説の金字塔がこの「シブミ」。
トレヴェニアンの著作を読むのはこれが初めてですが、彼の作品である「アイガー・サンクション」は昔、映画化されたものを観た気がする(けどほとんど覚えてない…)。
なので本書が全くのファースト・コンタクトと言っても過言ではないです。
今から30年以上前の作品なので時代設定が古くなっており、ちょっと微妙な感じはしなくもないですが、それを差し引いても本作が傑作と言われる理由が納得できます。
非常に硬く難解な文章で、内容がすぐには頭に入ってこない事も多いですが、この文体が本書の味とも言えます。
個人的には好きです。
また非常に良く日本を勉強しており、これがアメリカ人の書いたものだとは思えないほどでホントに感心します。
以前、トマス・ハリスの「ハンニバル・ライジング」を読んだ時、結構良く日本を調べてるなと思いましたが、本書はそれより深く踏み込んでます。
また、ヘルが碁の達人と言うのも実にシブくていい。
学生時代少し囲碁をかじった身としては、シチョウやセキなど懐かしく思い出されて、そういう楽しみもあった。
上巻ではハンナたちが<マザー・カンパニー>から襲撃を受けるシーンから始まり、ダイアモンドがハンナが逃げた事、また彼女がヘルのもとに向かった事を知るところで話は終わりますが、その間にヘルの生い立ちが実に詳細に語られます。
ここが本当に面白い。
ニコライ・ヘルと言う特異な人物がいかにして生まれ、育っていったかは非常に興味深い。
英語、ロシア語、中国語、日本語、フランス語、ドイツ語、バスク語に堪能で見かけは全くの白人ながら精神は日本人、しかもサムライの精神を持ち、<裸-殺>と言う特殊な暗殺術を極め、一種のテレパシーとも言える近接感覚を持ち、さらに最高の性技まで兼ね備えた孤高の暗殺者。
(この<裸-殺>については本書ではほとんど説明されていません。これは過去に小説の内容を基に事件や犯罪が起こった事が要因だそうで、文章中にあえて注釈が差し込まれているほど。文章の流れを阻害してでも言いたかった事らしい)
このキャラクターを創造しただけで、もう勝ちって気がします。
ヘルの精神的な父親とも言うべき岸川将軍と、碁の師匠である大竹七段との関係も、欧米的なあけっぴろげでフレンドリーと言うものではなく、表面的な少し距離を置いたように見えながら心の奥底で深く結びついたいかにも日本的なもので、東京大空襲により娘を孫を失った岸川将軍がヘルとともに川べりを歩きながら悲しみに耐える姿は涙なくしては読めません。
本当に良く日本的な心情を書き表していると思います。
一方、著者の母国であるアメリカについては非常に辛辣な扱い方をされており、アメリカの文化を資本主義の権化であるかのようにこき下ろしてます。
ここにはどういう心情があるのか良くわかりませんが、当時のアメリカに対する嫌悪感というかこのままではいけないと言う警鐘と言うか、そういった訴えがあったのかもしれません。
そして下巻ではいよいよ現在のニコライ・ヘルが登場するわけですが、これがまたひねくれた書かれ方で登場します。
冒頭から約100ページ弱にわたり、ヘルが趣味としているケイビング(洞窟探検)の様子が詳細に書かれています。
しかも図入りで。
図があるのは本書ではこれだけ。
この肩すかしっぷりは見事。
しかもハンナたちがしくじりったミッションを<マザー・カンパニー>と対立しながら実行にうつすまでの様子は実にあっさりと書かれており、本書の本当の目的はそこではなく、ニコライ・ヘルと言う人物をいかにかっこよく紹介するかであったのがやっとわかるという仕掛け。
トレヴェニアンと言う作家が実に個性的でひねくれた人かが良くわかります。
主人公を中々登場させないじらしぷり。
これは冒険小説の名を借りた一種のパロディー小説かとも思えるそんな小説です。
(ヘルのカミソリを使った性技とか、まじめに書いていれば必要?と思える箇所もある(必要と思う人は多いと思いますが(^^;))
トレヴェニアンが書いたヘルの物語は結局この1作品だけになっており、実にもったいないところですが、「犬の力」のドン・ウィンズロウがヘルのファースト・ミッションを描いた「サトリ」が2011年に発売されています。
こちらは岸川将軍の自決を助け(ホントは自決できなかったのでヘルが手を下した)投獄されたヘルが最初の暗殺任務につくというアクションに重点を置いた作品で、「シブミ」に登場するダイアモンドの兄との因縁も詳細に語られています。
個人的は「サトリ」はありがちなアクション小説になっている気がするのでそんなに評価していませんが、興味を抱いた人はご一読を。
まだ文庫化されていないので単行本上下巻になってます。
