2009年発表。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/ローカス賞/キャンベル記念賞受賞。
文庫2冊、773ページ
読んだ期間:6.5日


[あらすじ]
近未来。
石油の枯渇、海面上昇による沿岸都市の水没、遺伝子操作により引き起こされた新種の疫病が人類と農作物に多大な影響を及ぼし世界的な大混乱に陥っている中、潮防堤と種子バンクにより何とか体制を維持しているタイのバンコクで、アンダースン・レイクは、象をベースとした遺伝子組換獣=メゴドントを使ってエネルギー生産を行う工場を経営していた。
ある時、ある人物の情報を得るために訪れたいかがわしいクラブで遺伝子操作により生み出された生体アンドロイド=エミコと出会う。
日本の環境に合うように調整され、きめ細かい肌を維持するために小さな毛穴しかもたないエミコは蒸し暑いタイではすぐにオーバーヒートを起こす。
そんなエミコにレイクは惹かれて行く…

タイでは遺伝子操作により生み出された様々な疫病から国民を守るため、環境省が絶大な権力を握っており、その中でも取り締まりの実行部隊である検疫取締部隊、通称白シャツ隊を率いる隊長、ジェイディー・ロジャナスクチャイは、厳しい取締りとワイロが当たり前のタイ国内でワイロを受け取らない姿勢から”バンコクの虎”と呼ばれ、市民から英雄視されていたが、ある行き過ぎた取締りによりそれまでの彼の行動を好ましく思っていなかった何者らから目を付けられる事になる。
彼の秘書で隊員の一人である無感情の女性仕官カニヤ・ティラティワットは不安を覚える…

また、かつては企業経営者として成功していた老人タン・ホク・センは、マレーシアで起こった大混乱の中、富も家族も全て失い、今はアンダースンの下で秘書として細々と暮らしていたが、彼もひそかに復権を狙っていた…

そんな様々な人間の思惑が錯綜するバンコクで、ある事件が引き金となり国を揺るがす大混乱につながって行く…



2009年の主要SF賞を総なめにしたうわさの作品の登場です。
賞を取ったからと言って、イコール面白いとは限らない。
それはわかっておりますが、これだけ軒並み受賞しているとなれば読まねばならないでしょう。
最近は古典を多く読んできたのでここらでちょっと新しいものも読みたいなと思っていたところに正にピッタリのタイミングでの発売だったし。

さらにこタイトル。
「ねじまき少女」
オタク心をくすぐるタイトルですねぇ。
邦題がかってにこう付けたわけではなく、原題が”The Windup Girl”なのでホントにこのまま。
タイトルだけ見たら日本の富士見書房あたりの小説と言っても通りそうなくらい。

それだけにかなりの期待度を持って読み出した本書ですが、はたして評価はどうなのか?

と、その前に設定などを色々とまとめておきます。
(ほぼ巻末の訳者あとがきからの引用ですが)

まずはこの世界では石油が枯渇しています。
なので石油を燃料として稼動するものが壊滅状態です。
代わりにエネルギーとして活躍しているのがゼンマイ。
非常に高反応でエネルギー効率のよいゼンマイにより工場などの大型施設が稼動しています。
ゼンマイなので巻く必要がありますが、それを行うために作り出されたのがメゴドントと言う巨大な四足獣。
象をベースに作られたこの獣は低カロリーで多くの運動が出来るように調整されており、本書の中で終始、その巨体を揺らしながら使役されています。
また、海面上昇により、かつての世界の繁栄の中心だった沿岸都市のほとんどは水没。
遺伝子操作を繰り返した結果の反動から現れた各種疫病、全身に瘤を発症させ組織を破壊してしまう瘤病や肺を破裂させるチビスコシスなどがそれまでの食物から感染するため、こういった疫病に強い食物を作り出す遺伝子組み換え企業が世界中で絶大な権力を握っています。
また、この企業(カロリー企業と呼ばれる)はメゴドントの生産も行っているため、食物とエネルギーの両方を握っている事になります。

そんな中で登場する主人公の少女、エミコは日本で遺伝子操作により作られた秘書兼コンパニオンガールを職業とする生体アンドロイド。
エミコ自身は自分の事を新人類と呼んでいますが、独特のぎこちない動きからねじまきと呼ばれ、タイ国内では非合法とされさげすまれています。
彼女はかつて、日本の企業家の源道の秘書としてタイに入国しますが、主人である源道があたらしい秘書を欲しがったためタイに捨てられてしまい、生活のため性奴隷として暮らしを立てています。

こう言った設定をまずは前提として理解しておく事が本書を読むには必要となります。
と言うのは、本文中ではこのあたりは小出しにしか説明されませんので、最初の内はこの世界観を理解するのに戸惑います。
なので主要人物が何をしようとしているのかもちょっと捉えにくいです。
これは実は下巻中盤あたりまでそういう雰囲気が続きます。
だから正直行ってどうしてそんなに高評価なのかちょっと疑問に思いました。

そこでちょっと考えて見ると、作品世界の舞台がタイと言うのが一つの理由ではと思います。
多分ですが、欧米の人々から見ればアジアと言うのは今でもちょっと不思議な世界だと思っているのではないでしょうか。
不思議な世界で不思議な人々が不思議な倫理観や行動様式でなにやら色々な事をしでかします。
こういう事が目新しいと思ったんではないかな。
本書に登場する人々は大半がタイ人であり、中国人であり日本人。
欧米の人間はごくわずか。
読んでいる人は正にそこに登場する少数派の欧米人と同じ感覚を味わえる。
そういうところがウケたんではないかな、と。
さらに主人公であるエミコの設定。
「最近、日本ではメイド喫茶とか言うのが流行ってるらしいじゃん」と言う興味の一端を表す事にもなっているかも。
ただ、メイドと言うよりは芸者と言うか花魁(遊女)と言った方が近いですが。

で、日本人がこれを読むとどうかと言うと、まぁ、タイのようなアジア的な世界は実体験で経験しているのでそれほど目新しくはなく、また、エミコの存在も、美少女アンドロイド&メイドの設定は日本ではマンガやアニメで頻繁に見かけるもので新鮮味は大してない。
(まぁ、どちらかと言うと18禁マンガの世界ですが)
なので設定ではそんなにウケないと言う気がします。

と、こんな事を書いておきながら、日本のSF賞を受賞してしまったら、どうしよう。
何だかんだ言ってわたしの感覚が全世界から乖離している事になってしまう(^^;

ただ、本書はそれだけではないのも確か。
特に下巻後半の怒涛の展開は手に汗握るものです。
破壊と混乱、暴力と死の溢れるバンコクの描写や意外な人物の意外な行動とどんでん返しのストーリーはさすがに各章受賞作品だなぁと思います。

色々と気になるところはあります。
たとえば石油枯渇後の世界のエネルギー事情。
石油に代わる発電といえば、今、悪い方で注目されている原子力発電や太陽光、風力、水力、地熱など色々と代わりがあるはずですが、こういったものがなぜ廃れ、代わりにゼンマイが現れたのかの理由。
生態系に多大な影響を及ぼした遺伝子操作禍が発生した過程。
致命的な海面上昇が起こったメカニズム。
これらの大災害にどうやって人類は立ち向かったのか。
こう言った事がはっきりしないのはなんとも歯がゆい。

読み終わって思ったのは、この本はもしかして3部作の真ん中なのか?と言う事。
それなら納得が出来そうです。
前の方にも書きましたが、面白くないわけではありません。
変なたとえですが、スター・ウォーズ・エピソード4が全体の真ん中だったからと言ってつまらんかったかと言えばそうでもない。
それどころかSF映画史に残るほどの傑作だったわけで、本書もそうかも知れません。
とか言って、本書が3部作だなんて事はどこにも書いてないので、これはあくまでわたしの妄想の域です。
誤解の無いように。
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