執筆:1307~1321年頃?
文庫1冊、525ページ
読んだ期間:3日


いよいよ最後の「天国篇」です。


<天国の構造>
天国は10の天体からなる構造。
ダンテが巡る順に、


①第一天:月光天
②第二天:水星天
③第三天:金星天
④第四天:太陽天
⑤第五天:火星天
⑥第六天:木星天
⑦第七天:土星天
⑧ヤコブの梯(はしご)
⑨第八天:恒星天
⑩第九天:原動天
⑪第十天:至高天


となります。


天国では時間と空間の概念が現世と異なる(区別が無い)のでどのくらいで巡ったかは記されていません。


①では、ダンテが読者に警告を発します。
本書ではかなり高度な神学論が、自然科学や天文学などの知識をベースに詩的表現を多用して展開されるので、そう言った予備知識の無い者はここから先は読むの止めなさい、と。
確かにその通りで、何言ってるのかわからんケースが大量に出てきます。
ただ、言葉のつながり、単語の選択が絶妙なので歌を歌うようにスムーズに読み進める事が出来ます。
意味は良く分からないですけどね(^^;
まぁ、その時、その時で訳注を読めば後追いで理解できます。
この①には、生前、誓願を立てながらもそれが果たされなかった人々が暮らしています。
政治利用された尼僧などがその例です。


②にいるのは、現世で名をあげ誉れを高めようとして善行を働いた人々です。
ロシア皇帝ユスティニアヌスなどがいます。


③にいるのは、愛のとりことなった人々がいます。
色々いますが、中世西洋史がよくわからないわたしにはピンとこない人ばかりです(^^;


④は賢人が住む場所です。
「神学大全」を記したトマス・アクイナスやソロモン王もいます。


⑤は殉教者が住む場所です。
ここにはダンテの祖先であるカッチャグイダが現れ、ダンテに語りかけます。
彼はイスラム教徒と戦いで殉死しています。
カッチャグイダは自分の生きていたフィレンツェの状況とダンテがこれから現世で味わう事になるであろう苦難について語ります。
他にはヨシュアなんかがここにいます。


⑥は現世で正義を愛した人々が住む場所です。
ここでダンテはある疑問を提示します。
「地獄篇」で辺獄(リンボ)に落ちた人々=洗礼していない人々の救済についてです。
そもそもキリスト教が誕生する前に死んだ人々、洗礼の前に死んだ子供たちの救済の事ですが、死後に第二の生を得て洗礼を済ますと救われるという、ちょっと掟破り的な救済方法が示されます。
かなり苦しい気がしますが…
ダンテ自身、この問題については苦慮していたようで、苦肉の策なんでしょう。
ここには、ダビデ、トラヤヌス帝、コンスタンティヌス帝などがいます。


⑦は観想のうちに一生を終えた人々が住む場所です。
観想とは「そのものの真の姿をとらえようとして、思いを凝らすこと」だそうです。
無縁かな(^^;
聖ベネディクトゥスが代表的な人物です。


⑨になるとかなり神に近づいて来ます。
ここではいきなりキリストが至高天に向かう途中の姿を見、ダンテは呆然とします。
さらに天使ガブリエルに付き添われてマリアがキリストの後を追う姿も見られます。
ここには神に祝福された人々が住んでいます。
聖ピエトロ(ペテロ)はダンテに信仰とは何かを問います。
他にはヤコブやヨハネ、アダムの魂にも遭遇します。


⑩では多くの天使が現れます。
9階級の天使たちが群れ集っています。
天文学を紐解いての神学論の展開がここにも現れます。
ちょっと分かりにくいところです。


⑪でダンテはついに天国最高峰に昇り詰めます。
ここは最後の審判に向けた神の軍団(天使と祝福された人々)が待機する天国の市。
ここで聖ベルナールが現れ、聖母マリアとの邂逅の仲立ちをします。
マリアの下にはエバ、洗礼者ヨハネ、フランチェスコ、ベネディクトゥス達が、また、救われた子供たちやアダム、大天使ガブリエル、聖ピエトロなども集まっています。
まさに聖書オールスターの様相。
そして最後に神自身の姿を眼にしたダンテは感動に打ち震えながら旅を終えます。


という流れです。
ダンテが現世に戻ってどのような生活をしたかとか、どのように「神曲」を記したか、という話はありません。
神との邂逅が最終目標だたわけです。


この天国はとにかく眼のくらむような光のあふれる世界で、大量に乱舞する天使たちと常に鳴り響く荘厳な音楽と合唱の世界。
これをありがたいと思うか怖いと思うかはその人の宗教観に左右されそうです。
わたしとしては読み進めていくに従い、後者の方がどんどん強くなって行きました。
なんというかちょっと住みにくいという印象。
常時、聖歌隊が歌いパイプオルガンが鳴り響く大聖堂に住むようなといったら良いでしょうか?
何か洗脳される過程のような印象。
神々しいのはたまにある方がいいでね。
なのでわたしは辺獄でお願いしたいです。


①の感想でも述べたように、ここでは神学論が展開されるので、そういった面に疎いわたしにはかなり理解しづらい状況でした。
さらにこれにひねった詩的表現がまとわり付いてくるので大変です。
なので、そういうのは面倒だと思う人には「地獄篇」だけ読むというのも一つの手かも。


「天国篇」の巻末には、「神曲」登場人物の詩やダンテの時代の詩人の詩などが掲載されていて、そちらも面白いです。
特にダンテと犬猿の仲だったというチェッコ・アンジョリエーレという人の詩が面白い。
非常に俗っぽくて皮肉な詩で、ダンテ自身をこき下ろしたものもあります。


ダンテの生きた時代は、皇帝を中心とした皇帝党と法王を中心とした法王党の二大勢力がしのぎを削り、法王党に属するダンテは35歳の時に国務大臣クラスの要職に着きます。
しかし、法王党の中での派閥争いでダンテの属する白党が敵対勢力の黒党に負け、ダンテは永久追放に遭います。
まさにこの頃から「神曲」を書き始めたと言われているわけです。
なので、「神曲」の中にはダンテの私怨を晴らすためと思われる記述も多く、彼が憎む相手が地獄に落とされていたり、彼の愛する人が天国に迎えられていたりしています。
まぁ、いかにも人間らしいとも言えますね。
結局、ダンテは祖国に戻る事無く56歳で亡くなるわけで、相当に無念だったんだろうな。
自分自身の魂はどこに行ったんでしょうか?


この文庫版3巻にはギュスターブ・ドレの版画が挿絵として入っており、紙面が小さいですが、緻密さは伝わって来ます。
ぜひ大きいサイズで見たいと思い、「名画で分かるバイブル」という本を買いました。
出版社が倒産したたため手に入りにくいようですが、中々いいですよ。


本書は極力読みやすくという点を重視して訳されていて、非常に読みやすいです。
この手の本だと通常は巻末にまとめて置いてある訳注も、各歌の終わり毎に配置してあるので、その訳注がどの行にあたるのかを探すのも楽ですし、本文中にもカッコ書きでワンポイント注釈が入るなど、訳者の平川祐(ホントは示右)弘さんの心遣いが大変ありがたいです。
興味のある方は、この河出文庫、平川訳の本書をオススメします。
(いやー、やっと書き終わった。長かったなぁ)



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