1932年発表

文庫1冊、315ページ

読んだ期間:3日




[あらすじ]

機械文明の進んだ果てに起こった九年戦争の後、人類は10人の総統による分割統治下の管理社会へと変化した。

その世界では、受精卵を最大で96分割し、96人の同一遺伝子をもった人間を作ることが出来る上、摘出した卵巣から2年間で100以上の卵子を排出する事を可能とした。

これらを組み合わせて作り出されるクローンは1万人以上。

さらに受精卵の状態から階級が割り当てられ、自分の階級と社会に対する愛着を睡眠学習で強制的に刷り込まれる。(熱所作業者には暑さを心地よいと思わせる刷り込みが行われる。)

さらに過去の歴史の完全削除と家族制度の廃止が徹底的に行われ、それを推し進めるためにフリーセックスが奨励され、そのために小さな子供の頃から遊びのように擬似性交が行われる。

そんな世界での人々の幸福は、自身の階級の中では誰もが同じ姿形、同じ仕事、同じ服装という与えられた平等性、わずかな不快感は「ソーマ」という酒か麻薬のような薬品で補う、こういったユートピア社会を形成していた。

しかし、そんな世界でも常に不満を持つものがいた。

一人はバーナード・マルクス。

彼は何らかの手違いからか、同じ階級の中では小柄に生まれてしまい、その事に強い劣等感を持っていた。

そして彼の友人、ヘルムホルツ・ワトキンス。

優秀な頭脳を持つ彼は、優秀なるが上に、この社会に対して疑問を持っていた。

あるとき、バーナードは昔ながらの生活を営む蛮人保存地区に旅行に行くが、そこで明らかに自分達の世界の人間であるにも関わらす、蛮人保存地区で生まれ育ったジョンという青年に出会う。

バーナードはジョンとその母親を連れてユートピア社会に戻るが、それにより徐々に混乱が広がっていく…




本書は、管総理が若い頃読んだ本として取り上げられていたのでミーハー的興味から買った本です。

たまたま、読む本も無かったのとディストピア小説としても傑作との触れ込みだったので、これなら良さそうと思って読みました。

このジャンルだとジョージ・オーウェルの「1984年」が真っ先に挙げられると思いますが、残念ながらそちらは未読なので、比較できず…




読み出すと、活字の小ささにちょっと苦痛がありました。

この手の古い本にはよくある事で、1ページあたりの文字密度が高い。

それとちょっとだけ言い回しが古い。

ただ、これらの弊害(は言い過ぎか(^^;)は直ぐに気にならなくなります。




冒頭から始まるユートピア社会の描写は、読んでてとにかく気持ち悪くなります。

あらすじにも書いたように、今の感覚ではここに登場する人間が、人間とは思えなくなる。

とにかくグロテスクです。

与えられた人生を何の疑問も無く操り人形のように生きている人間たち。

だからと言って、ロボットのように無感情ではなく、人間らしい感情も一部にはあります。

それだからこそ、生き物としてのいびつ性は高く、読んでいると居心地が悪くなります。

確かにこういう世界なら大きな争いは起こらないでしょうが、それが本当に正しい事なのか?

そんな代弁者として蛮人のジョンが登場します。

彼は科学文明の発達したユートピア社会に対するものめずらしさから、当初は興味津々で生活を始めますが、徐々にその社会からの遊離感に苛まされ、結局は一人で生きて行こうとしますが、社会は彼をそっとしてはおきません。

最終的に選んだ道は自殺。

この世界では今のわたしたちは生きて行けないようです…

(だいたい西暦2600年くらいの設定らしいです。結構な未来ですね)




ほぼ終始一貫してこのユートピア社会に対しては違和感のみがあるんですが、一度だけ、それも仕方ないかと思えてくるシーンがあります。

ラスト近くでジョンと総統が会話するシーンで言う総統の言葉に思わず同意してしまう箇所がありました。

「純潔は熱情を意味し、神経衰弱を意味するんだよ。ところが、熱情と神経衰弱は不安定を意味する。そして不安定は文明の破滅を意味する。」

だからこそ、世界はこのユートピアを選んだというわけです。

こう言われると、説得されてしまいそうになります。

とは言え、ジョンに訪れる無機質なエンディングを読むと、人類のこれからに不安を覚えます…




最後にちょっとおまけですが、本書では過去の遺物として破棄されるものの中に宗教も含まれますが、代わりに取り上げられるのが「フォード教」とでもいう代物。

これは自動車王のフォードを神のように扱った一種の宗教的なもので、英語で言う"OH MY GOD"が"OH MY FORD"になったり、十字架の代わりにT字架(T型フォードのT)があったり、このあたりは面白かったですね。






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