1999年に発表されたサイモン・シンの2作目のノン・フィクション。
文庫で上下巻700ページ。


前作「フェルマーの最終定理」同様、過去から現在までの暗号の歴史を踏まえながら、暗号の仕組みを作成者側と解読者側の両方の立場から分かりやすく解説した上で、歴史的事実や暗号に関わった人々の人生までをドラマチックに描いた作品です。


スコットランド女王メアリーが処刑されるに至ったイングランド女王エリザベス暗殺計画に関わる暗号文書の解読から始まり、最終章では量子暗号と量子コンピュータにまで話は進みます。


この中で一番興味をそそられるのはやはりエニグマ解読の章。
エニグマ機とは第二次大戦時、ナチスドイツで使用されていた絶対解読不能と言われた暗号作成機の事。
著者はこの暗号作成機の構造から暗号の作成過程、それを解読した手法を詳しく、優しく解説してくれます。
エニグマ解読はイギリスの手柄のように一般的には思われていますが、実はその突破口を開いたのはポーランドのレイェフスキという人で、ポーランドとしてはいつ攻めて来るか分からないドイツの脅威に対する恐怖感から、少ない資材・人材を使ってこれを破る方法を考え出し、それをイギリスが有効利用したというのが正解だそうです。


エニグマの解説の後には、少し趣向を変えて古代語の解読に関する話を交えて現代の暗号、そして未来に作られるであろう暗号に話は進みます。
暗号作成と解読については多分に国家機密に抵触する部分が含まれるため、現代最強で事実上解読不可能なRSA暗号(解読するまでに異常に時間がかかるため解読できたとしても有効でなくなるため)の開発など、実際は公に開発したとされる人々の前にそれに携わっていた政府研究機関配下の研究者はその栄誉にあずかる事ができない事ばかり。
それにも関わらず、彼らは逃した栄誉についてはそれ程悔しくもなく、政府の仕事だからと当たり前のように話す。
出来た人々です。


最終章の量子暗号については、物理の量子力学の技術の応用という事で、急激に難易度が上がりますが、それでも著者はかなり分かりやすく説明してくれます。
本書が発表された1999年から既に10年以上経っていますが、もしかすると公に出来ないどこかで、既に量子暗号が実用レベルに達しているかもしれないし、量子コンピュータも開発されているかもしれない。
できるならば限られたわずかな権力者のみが使える技術ではなく、われわれのような一般人でも扱えるような汎用的な技術になって欲しいですね。


なお、本書には本書で紹介した暗号技術を使った暗号が10掲載され、それを初めに解読した者には1万ポンドの賞金が著者から贈られる事になっています。
まぁ、当然のように既に解読は終わってしまっていますが、チャレンジしてみる価値はあります。
訳者の青木薫さんたちがプロジェクトチームを組んで解読した過程も面白いです。


しかし、サイモン・シンは実に読ませますねぇ。
文章に引き込む力が尋常じゃないし、難しい話も面白く読ませてくれます。

これレビューでは、くやしいながら面白さの半分も表現できておりませんので、実際に読んでその面白さを実感してください。

 


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