昨日、今日と続けて集会に行った。思い切り走って

気分爽快。


おとといはあのまま寝てしまったらしい。ママは

ずっとあたしのそばについていてくれたみたいで、

昨日の明け方頃に目を覚ますとママが絨毯の上に

座ってあたしのベッドに突っ伏して寝ていた。ママの

寝顔を見ていたら少し気持ちが安らいだ。


目が覚めてからはママはあの話はそんなにしなかった。

ただパパはすごく後悔していて、あたしのことを心配して

いるから許してあげて欲しいと言っていた。あのあと

あたしが2階に駆け上がってそんなに経たないうちに

ママが買い物から帰って来て(その頃にはあの男の

人も帰り、部屋の中も全部片付けてしまったらしいが)、

成り行きを聞いて凄まじい喧嘩になったらしい。

「すぐ裏に事務所があるのに、なんでわざわざ

うちの応接間で・・・」
ってママは言っていたけど、そういう問題では

ないと思う。パパが強制してやらせたわけでは

なく、あの人が突然勝手にしたことだとも言って

いたが、あたしにとってはそんなこともどっちでも

いい。


朝、ママとちょっと話した以外は、誰もそのことには

触れなかった。というより、あれ以来パパや若い衆

たちとはしゃべっていない。


ママはあたしに夏休みの残りの間中、東京のママの

親戚(ママの姉妹やその子供たち)のところへ

行きたいか聞いてきた。行きたくないと答えた。

今、こんな状態で行っても楽しめるとは思えなかった

から。

生まれたときから指がない人なんてたくさんいる

世界で育って来た。実際、パパの友達やうちの

若い衆にも指のない人はいるし、突然指に

包帯を巻いているのを見たこともある。だから

うちの皆はたいしたことないと思ってるみたい。


でも目の前ではねられるのとは全然違う。あたし

だって一応“難しい年頃”の女の子なのに。

なんでうちにいる大人たちは誰もわかって

くれないんだろう。






朝ごはんのあとリビングでみんなでテレビを

観ていたら、パパに会いに男の人が来た。

パパより少し若い感じの人で組の人っぽかった。

伸次さんが玄関で取り次いだ。


パパはその名前を聞くと、リビングにいた

あたしたちみんなに自分の部屋か事務所に

行っているように言って、呼ぶまで来ないように

言った。ママは今日の食事当番のタケを連れて

買い物に行ってしまった。


リビング向かいの応接間には、その人とパパと

川上さんだけが残った。誰なんだろう。いったい

何しに来たんだろう。ちょっと不安だった。


あたしは自分の部屋でしばらくはじっとしていた

けど、音楽を聴こうとしてもマンガや本を読んでも、

宿題をしようとしても身が入らず、なんとなく

手もちぶさたで少し下に様子を見に行くことに

した。いつものように足を忍ばせて階段を下りて

応接間の入り口からそーっとのぞいた。3人は

ソファにすわって、気難しい顔をつき合わせていた。

その男の人はみたことのない人だった。


いったいどうしちゃったの。


ただならぬ雰囲気を感じて部屋に戻りかけた

あたしの目に小さい短刀がうつった。と、思う

間に、その人は今日に限って何故か白い

クロスがかけてあるサイドテーブルの上に

左手を置いて、あっというまに小指をはねた。

白い布の上に血がバーッと飛んだ。

「いやーっっ!やめてーっ!」
あたしはいつの間にか部屋の真ん中あたりに

立っていた。3人が弾かれたようにあたしの方を

見た。みんな指のほうに気を取られていて、誰も

あたしがそんなところにいることに気が付かなかった

みたい。あたし自身でさえも。


川上さんが立ち上がった。あたしは逃げるように

身をひるがえすと2階に駆け上がった。涙が

止まらなかった。自分の目もさっき見たことも

信じられなかった。信じたくなかった。夢だったら

いいのに。

「人殺しや覚せい剤してるかも知れへんやん」

夏休み前に教室でクラスの子が言った声が

頭の中に響いた。どれ位たったのか、気が

付くとあたしは自分の部屋のベッドで寝て

いて、ママがベッドに腰掛けて背中をさすって

くれていた。頭がぼんやりして同時に

ズキズキしていた。目も顔も腫れぼったい

感じ。夢だったのかもしれない。
「ママ・・・?」
「玲菜」
それ以上はどっちもなにも言わなかった。



登校日で瑛子ちゃんたちと誘い合って行った。

いつも通りクラスの半分くらいの生徒は来て

いなかった。


帰りは久しぶりに1年の時の仲間4人で公園で

時間をつぶした。夏休み中のせいもあるしクラスも

違うので、休みの前にあたしがクラスでどんな

状況になっていたか全然知らないようだ。

あたしもあえて話さなかった。


パパとは5日位前から口をきいていない。

あたしが勝手に飛び出した日、家に帰ると

パパはものすごく怒った。
「この戦争の最中になんや。どうなっても知らんで」

戦争?いったい、いつの時代のハナシや。

あたしたちはこの平和な80年代の日本を

生きているのに。そりゃ抗争は怖いし、パパが

あたしの心配をするのはわかるけど、でも

組の人たちが勝手にやっている抗争で、

組員でもないあたしの行動まで制限される

なんて納得いかない。大人たちの勝手になんて

負けたくない。


あれ?なんか族の子たちがよく言ってるような

セリフになっちゃった。いつのまにか影響を

受けちゃったみたい。




瑛子ちゃんから電話があって、久しぶりに宿題を

一緒にやることにした。


家を出ようとすると、たまたまリビングにいた

パパが言った。
「どこに行くんや」
「友達んち。宿題やりに」
パパは機嫌の悪い顔で言った。
「またあの不良のとこか。行かんでええよ。

宿題くらい家で1人でできるやろ」


頭にきたあたしは何も言わずに家を飛び出した。

こんなことは初めてだ。パパはきっとカンカンに

怒っているにちがいない。


最近、自分でも感情をコントロールできず、

ちょっとしたことですぐカッとなって行動を

起こしてしまう。あとになって後悔することが

よくある。これもパパの血かな。


でもパパだって和枝のことを良く知らないのに、

勝手に悪い子だって決め付けるのはよくないと

思う。ふだんパパが一番嫌がってるくせに、

そういうの。


それにあたしは和枝の家に行くなんてひとことも

言ってないし、今日は行くつもりもない。





また和枝の家に泊まることにして集会に行った。


夏休み前にクラスの子たちによそよそしくされた

ことや、抗争のことで家でも落ち着かないせいか、

近頃気が滅入ったりしがちだから、夜の光の中を

バイクのうしろに乗って走っているとストレス解消に

なっていい気持ち。


この夏休みから塾に行き始めるつもりでいたけど、

結局申し込みに行かなかった。今年は宿題もまだ

あまり手をつけていない。


夜みんなで集まったり、走ることのほうが楽しくなって

きてしまった。その間はイヤなことを全部忘れて

いられるから。



今日の夕方、前野さんの家の隣の建築中の

西岡組事務所が火事になった。原因はどうやら

放火らしい。また光龍会の仕業かなあ。


なんで放火なんて汚い手使うんだろう。

誰かが死んだり怪我したりしたらどうするんだろう。

まあ、むこうはそれが狙いなんだろうけど。


でも、もともとは同じ組の人たちだったのに、

こんなになれるものなのかなあ。パパも家で

時々光龍会の人の悪口を言っているけど、

そういう人たちの中には分裂前まで仲が

良かった人たちもいる。


その人たちもパパのことをこんなふうに

憎んでいるのかと思ったら、また怖くなった。

ただ分裂しただけなのに、どうしてこんなに

憎み合うのかな。共存はできないんだろうか。


みんな組の名前には“和”“共”“幸”“友”とか

いった字を使うことが多いのに、中身は正反対。

“極道はカタギの人には手を出さない”とか言っといて、

本来はカタギであるはずの家族の住んでいる家に

まで襲撃したり。これじゃ新聞とかに“暴力団”などと

書かれてもしょうがない。本当に最近パパたちを

見ていても、言ってることとやってることが矛盾してると

思うことが多い。


また家の中の空気が緊張してきて、家にいても

落ち着かない。




森山のおじさんの家に火炎ビンが投げ込まれた

そうだ。玄関先だったので火はすぐ消えて誰も

怪我はしなかったみたい。よかった。でもすごく怖い。

うちも投げ込まれたらどうしよう。


うちのパパはどこかノンキで事務所はともかく、

うちのセキュリティにはあまり力を入れていないから、

襲撃されたらきっとイッパツだ。


あ、でもこれはこの前、光龍会会長の新藤栄さんちの

ダンプ事件の仕返しかも。森山のおじさんは西岡組の

組長代行だから。


でも両方とも自宅に襲撃するなんて最低。

家には組とは関係のない家族がいるのに。




和枝が集会に誘って来た。和枝のうちに泊まりに

行くことにして、久しぶりに集会に出た。気分が

スカッとした。


集会のことを知らないママは、和枝のことを

けっこうかっている。あたしが小学校1、2年の

時に仲が良かった印象が残っているのも

手伝ってか、
「みかけによらず、意外にマジメな子よね」
と、言っている。


若い衆たちは和枝が今まであたしの付き合って

いた子たちと全然違うタイプなので、和枝が来ると

おもしろがって遠慮なしにジロジロ見る。


パパは和枝のことが気に入らない。
「ああいうのと付き合っていると、今にロクなことに

ならへん」
と、和枝の話が出るたびに言っている。パパは

自分ではいつもみかけで判断されるのを嫌って

いるくせに。またまた矛盾を感じる。


族の子たちは前に何回か集会に顔を出した

あたしのことを覚えていて、再会を喜んで

くれた。最初はとっつきにくいけど、なれると

学校にいる普通の子たちより人懐っこい。


多賀子も学校でと同じように親しげに

話しかけてきた。弘美のことや兄貴のことが

あるので、あたしはどうしても多賀子の

ことはよく思えない。


先輩の1人にこれから正式にチームに

入ってもっと一緒に走ろうと持ちかけられた。

誘ってくれたのは悪い気はしないし、みんなと

夜走るのは気持ち良さそうでもあるし、族と

いうのはヤクザとカタギの中間にあるようで、

どっちにも居場所のないあたしにはピッタリな

気もするけど、まだ決心がつかなかったので

あいまいに返事しておいた。


多賀子はチームの中でも兄のことを持ち出して、

あきらかに一目置かれているようでちょっと

得意になっているように見えた。





今日で1学期もおしまい。


相変わらずクラスの子たちはよそよそしい。

男子はそうでもないけど。


誰かがあたしに聴こえていないと思って、
「小島さんのお父さんって暴力団の組長なんやて。

しかも平山さんのお兄さんの組らしいよ。だから

あの子らと仲良くしてるんやん」
「ヤクザなんてサイテーやんな。市民を泣かせた

金で贅沢して」
「ほんまや。人殺しとかもしてるかもしれへんし。

覚せい剤とかも」


もう、いや。どうしてこうなっちゃうわけ。

なんでパパが出てくるの?だいたい多賀子の

兄貴は同じ西岡組でもパパの組じゃないし。

それにパパたちはそんな悪いことしてない。


あたしは聴こえてないふりをして、なにげなく

席を立って廊下に出てしまった。涙が出てきた。

あわててロッカーの中に頭を突っ込んで物を

探すふりをした。


くやしいのか悲しいのか自分でもわからない。

聴こえてないふりなどせず、なにか言い返して

やればよかったかも。でも心のどこかで完全に

確信が持てないでいる。


パパ、人を殺したりとか麻薬とかしてないでしょ?



帰りのホームルームの時、先生が弘美が

2学期から別の中学に転校するって言った。

みんなそれをきいてザワザワし始めた。わざと

らしくあたしのほうを見る人もいた。多賀子は

素知らぬ顔をしていた。


学校の帰りに1人で弘美の家に寄った。旅行の

おみやげを届けた日以来だ。そのあとも何回か

電話はしたけど、1度も取り次いでもらえなかった。

おばさんも初めの頃と違って、なんかつんけんして

いるようで気にかかっていた。


今日は強引に上げてもらって約2ヶ月ぶりに

弘美に会った。少しやつれたようでもあったけど、

思ったより元気そうだった。


「弘美、転校しちゃうん?」
弘美は黙ってうなずいた。“多賀子のことが

原因なん?”とはどうしても直接ききにくかった

ので、しばらく2人して黙って座っていた。

「寂しくなっちゃうね。今までもそうやってん、

弘美が休んでるあいだ」
弘美はまだ黙ったままで、あたしのほうを

見ようともしない。
「これからもあたしに出来ることがあったら言っ・・・」
「調子のいいこと言わんといてよ!」

いままでそっぽを向いていた弘美が、急に

あたしの顔をにらんで怒鳴ったのであたしは

びっくりして目を見張った。弘美は続けた。
「今まであたしが1番必要な時に、なんも

してくれへんかったくせに!」

なんのこと?あたし、友達として出来ることは

精一杯してきたつもりなんだけど。
「あんたのお父さん、ヤクザの組長やいうから

あんたと仲良うしとったらあいつらも手出し

でけへんと思うてたのに、あんたがなんも

してくれへんからあたしが・・・」

そういうと弘美はすごい勢いで今まで

座っていたリビングを出て行ってしまった。

同じリビングにいたおばさんはオロオロしている。

あたしはピョコンと頭を下げると弘美の家を出た。


うすうすわかっていたとは言え、そんな理由で

弘美があたしと仲良くしていたなんてショック

だった。それになんで今日はどこ行っても

あたしが悪者になってるの?あたしが組員って

わけでもないのに、なんでみんなふたことめには

ヤクザ、ヤクザって言うの?



小さい時からなにをしてもパパのことがついて

まわった。なにか良いことをすれば“へぇ、

お父さんヤクザなのにあの子はけっこう

しっかりしてるんやね”とコソコソ言われた。


なにかちょっとだけ、誰でもしているような

悪いことをしたら“やっぱりお父さんが

ヤクザやから無理ないわ”って陰口を

たたかれた。


みんなあたしに何を期待しているの?

何をすればただのあたしとして見てもらえるの?



パパもママもあたしが小さい時、パパのことで

いじめられて泣いていると、
「おまえは何も悪いことしてないんやから、

気にせず堂々としていなさい」
としかった。


あたしだってそう思いたいけど、まわりはそうは

思ってくれへんやん。だから今まで必要以上に

いい子ぶってみたり、悪ぶってみたり行ったり

来たりしていた。


時々、どうふるまったら皆が納得してコソコソ

言わなくなるのか、わからなくなって頭が

おかしくなりそうになる。




どうやら気のせいではなく、クラスの子たちは

あたしを避け始めている。多賀子の仲間に

なったとかって勘違いしてるみたい。あたしと

仲が良かった子たちはあからさまに避けたり

しないけど、それでもなんか前とは違う感じ。


弘美をいじめて登校拒否においやった多賀子たちと

仲良くしているように見えて、裏切り行為とか

思われているのかも知れない。けどそれは

大きな誤解で、向こうが勝手に寄って来る

だけなのに。来るなとも言えへんやん。


だいたい、元々仲間だった弘美をあんなにした

張本人の多賀子にはみんないざとなると

ペコペコしているのに、あたしにだけ

手のひらを返したように冷たくするなんて、

なんかおかしい。矛盾しているなあ。


もうすぐ夏休みなのに、こんな状態なんていやだ。