体育祭。休んでしまった。ずる休み。

熱が出たことにしてしまった。


去年のパパの活躍話もあり今年は若い衆たちも

何人か出ると言ってきかなかったので、パパの

張り切りぶりはいつもにも増して、
「うちの若いモンには負けへんで」
と言っていたけど、結局おじゃんになってしまった。


でもまだ少しぎこちないとは言え、クラスの大部分の

子たちがせっかく普通に接してくれるようになって

来たのに、パパだけならともかく若い衆たちまで

行ったら、また目立って何か変なこと言われるかも、

と思ったらどうしても行けなくなってしまったのだ。

パパにはそんなことは言えないので、仮病を

使ってしまった。

「また来年があるからええがな」
そう言いながらも、パパはかなりがっかりして

いたと思う。でも仮病とは知らないから、

あたしの体調を心配してくれて後味が悪かった。




とうとう2学期が始まった。宿題は、なんとか

昨日の夜遅くまでかかって終わらすことが

きた。だいたいは1人でやったけど、

どうしても出来ない分は電話で瑛子ちゃんに

聞いたりした。


髪の色のせいもあってか、相変わらず

よそよそしい子はいるけど、夏休みも

あったせいか前ほどいやな雰囲気は

なくなってたので安心した。でも1学期に

せっかく仲が良くなりかけた子たちとも、

お互いになんとなく話しづらい。


先生はあたしの髪の毛のことは

何も言わなかった。




昼頃、瑛子ちゃんが宿題をやりにきた。あたしの

脱色した髪とあまりにも宿題が進んでいないことに、

瑛子ちゃんは驚いていた。


もう1週間くらいしか夏休みも残っていないから、

毎日気合い入れてやらなきゃ間に合わない。一応

今日の分が終わってから、自転車で公園に行った。

瑛子ちゃんは塾の夏期講習に行った話をしていた。


あたしの髪の毛の話になった時、
「先生に何か言われたらどないするん?」
と、聞かれた。
「そんなん、そん時はそん時や」
あたしは答えた。
「和枝たちとまた付き合うてるん?」
瑛子ちゃんは聞いた。あたしはなんとなく答えづらくて

はぐらかしてしまった。でも、和枝とは髪を脱色した日

以来会ってない。もちろん集会にも行ってない。


走るとスッキリするし、顔見知りの人たちも増えて

楽しいことは楽しいけど、やっぱどこかで完全に

チームの子たちの仲間にもなれないでいる自分が

いる。族とはいえ、しょせんはカタギであたしには

合わないのかも。それにまわりで心配してくれる

友達やママたちのことを考えると、嘘をついてまで

走りに行くのは気が引ける。




11時頃家を出てプールに行った。すぐ近くの

プールに行くのに、ただでさえどれも目を引く

種類のパパの車に分乗して行くのも大げさだし、

かと言って昼間から全員一緒に歩いて行くのも

目立ち過ぎるので、数人のグループに分かれて

歩いて行き、プールサイドで待ち合わせした。


でも、プールには前にはなかった“Tシャツ、

入墨の方の水泳禁止”の張り紙があった。

なので若い衆の中では、川上さん、ヒロちゃん、

ケンちゃん、タケ、伊藤クン、それに元部屋住みの

たかしくんは水に入れなかった。


でもTシャツを着たままや刺青をしてる人でも

泳いでいる人がいたので、
「ええやん、平気やよ」
ってあたしは言ったけど、パパは首を振って

言った。
「あかん、あかん。そう書いてあるんやから」

パパは変なところで規則を気にするからなあ。

墨を入れてない若い衆たちは、入れてる人たちに

気を遣って泳ぎに行こうとしなかったけど、パパが

強引に連れて行った。ほんとはみんな泳ぎたい

もんね。


たかしくんは去年結婚した美幸さんと、ちょうど

1歳になる息子の航介を連れて来ていた。

たかしくんは刺青のせいで泳げないので、

美幸さんに航介のお守りを押し付けられていた。


刺青を入れてる人やその家族には悪いけど、

パパが刺青していなくて良かった。せっかく

家族で来ても、一緒に泳げなきゃ意味がない。

ママも久しぶりに楽しそう。今日は久しぶりに

充実した1日だった。



刺青といえば、最近はうちの若い衆たちの

刺青も見ていない。特に背中や肩や胸の

メインのヤツ。


昔、あたしがまだ小さい頃は若い衆たちは

夏の暑い日やお風呂上りなど、家の中で

よく上半身裸で平気で刺青をさらしていた。


でもある時から、どうしてだかママとあたしがいる

“家”の部分では墨を入れてる人はどんな時でも

上半身裸は禁止になった。なのであたしはもう

何年も若い衆たちの刺青を見ていない。裏の

事務所や若い衆たちの部屋があるほうでは、

自由にやっているらしいけど。


もちろん、中には全身に墨を入れている子もいて、

そういう子たちの服からはみ出た刺青が目に

入ってくることは今でもある。リビングなんかでも

あたしがいない時は風呂あがりなどに上を

脱いでいる人もいるらしく、あたしが急に入って

行くとあわてて服を着ているのを見かけることが

ある。でもそういう時にほんの一瞬だけ背中の

刺青が見えることがあるくらいで、あとはもう

みることはない。



昨日パパに謝った。すごく嬉しそうだった。


そして今日、朝食の時パパは上機嫌で言った。
「玲菜、プールに行きたくないか?」
「いいけど、いつ?」
「ええんなら早いほうがええな。ほな、明日は

どうや」
「えーよ」
「ほな、みんなも行こか」
パパが言った。もちろん、みんな大喜び。

川上さんを除いては。


あたしはニヤニヤしながら、意味ありげに言った。
「あたし、新しい水着買わな。それから浮き輪も

買わなあかんわ、誰かさんのために」
川上さんがギクリとした。


みかけによらず、川上さんはカナヅチなんだ。

ここ何年もみんなで泳ぎに行ってないから、

ほとんどの子たちには何のことだかわからない。


あたしの言葉にパパは笑って言った。
「おお、そうや。川上、今日は早うに寝ておけや」
「川上の兄貴、どうかしたんすか?」
俊弘さんが聞いた。あたしが答えた。
「川上さんさあ、カナヅチなんやで。みかけによらず」
みんなは一斉に吹き出しそうになるのをこらえた。

そこへ突然、
「何がおかしいんすか、カナヅチの。わしかて泳げ

ませんわ」
と、伸次さんがムキになって割って入った。


伸次さんの頭を軽く小突いてタケが言った。

「ええか。おまえが泳げなくても、おかしくもなんとも

ないんやで。当たり前や。“そら、そうでしょう”みんな

言うで。川上の兄貴やからおかしいんや」
みんな笑った。
「こら、タケ。そら、どういう意味や」
川上さんが笑いながら言って、みんなまた笑った。


これでどうやらうちは元に戻ったようだ。一昨日、

川上さんと話したお陰でパパと仲直りできたような

ものなのに、ダシに使ってちょっと悪かったかな。

でもみんな楽しんでいるし、ま、いっか。


明日が楽しみだ。



(・・・その①からの続き)


そんなあたしに気付いてるのかいないのか、

川上さんは表情を変えずに言った。
「おやっさん、寂しいんですよ。いや、おやっさん

だけやない、この世界にいる男たち、みんな

寂しいんだと思いますよ。そやから姐さんや

玲菜ちゃんだけでなく、こうしていつもこんな

大勢部屋住みを置いているんですよ、きっと。

おやっさんだって迷ったみたいですよ。

玲菜ちゃんが生まれて、だんだん物心つく

ようになって、このまま若い衆たちの中で

育てていって大丈夫やろかって。特にまわりの

組長たちは子供がある程度大きくなると、

部屋住みをやめさせたり、家族には別に家を

借りたりして少しずつ組と家族を引き離して行く

人が多いですから。けど、おやっさん、自分が

寂しいっていうのもあるけど、それよりずっと

部屋住みさせてきた若い衆たちを急に突き

放すようなことは出来んかったんやと思いますよ。

組は寂しくて居場所のない男たちの溜まり場

ですからね。まあ、玲菜ちゃんに“介入するな”

なんて、1番長くここにいるヤツの言えることじゃ

ないですけど」


東京育ちの川上さんは、本来きれいな東京弁を

話す。でも長くここにいるうちに時々ちゃんぽんに

出て来るようになったみたい。東京出身のあたしの

ママにも同じ現象が起こっている。あたしの言葉も

少し2人の影響を受けているかも。


「今でも覚えてますよ。初めておやっさんとこに

世話んなった日のこと。玲菜ちゃんまだ生まれた

ばっかで、こーんなちっちゃくて。俺がここ住む

ようになったの17の時で、その頃部屋住みも

今みたいにたくさんいなくて、毎日玲菜ちゃんの

お守りしてたんですよ」
いつもはクールな川上さんが、懐かしそうに

笑って言った。
「俺、その頃いろいろあってね。若かったからね。

玲菜ちゃんのお守りしてる時が1番気が紛れて

楽しくて、なんだかんだ言っちゃ、お守りさせて

もらってた」
「うん。遊んでもらったのちょっとだけ覚えてる。

でももっと大きい、幼稚園くらいの時のことやけど。

でもどうしていきなり全然遊んでくれなくなったん?」
川上さんはまた笑って言った。右のほっぺたの傷が

痛々しかった。
「それは俺だって仕事があるから、いつまでも

遊んではいられませんよ」


ちがう。あたしの聞きたいのはそんなことじゃない。

何かワケがあったのはわかっている。それが

なんだかはわからないけども。でも、あたしは

言っていた。
「そうやね。忙しい時なんか“ガキのお守りに

雇ったんやないで”なんてパパが怒鳴りそうや

もんね」
「いや、おやっさんはなんも言いませんでしたよ」
と、意外な答えを言ったあと、
「ほんとにその頃のこと、なんも覚えてないの?」
ちょっと安心したように言った。それから、
「今の玲菜ちゃんには、ちゃんと居場所があるじゃ

ないですか。自分で気付いていないだけで」
と言うと、いつになくよくしゃべっていた川上さんは、

また無口になって何事か考え込んでしまった。


あたしの居場所なんて、いったいどこにあるって

言うねん。自分でもさっき言ってたように、

自分が長年うちに住んでてあたしに組の事に

介入させといて、なんでいつのまにかよそよそしく

なっちゃってんの?わかんないことばっかり。


「じゃ、もう遅いから」
しばらく無言で座っていた川上さんが、そう

言って立ち上がった。
「あ、ごめん・・・なさい・・・」
もちろん、パパにぶたれた顔のことだ。
「その言葉、おやっさんに言ったって下さい」
あたしはベッドに座ったまま、それには答えずにいた。


歩きがけにあたしの前髪を触って川上さんは言った。
「髪、早う伸びるといいですね」
そしてちょっと笑った。あたしは顔をしかめてみせた。

やっぱ、川上さんはあなどれんな。なんであたしが

脱色したのを後悔してるのわかったんだろう。そして

出がけに一言、
「俺がさっき“よう覚えとき”言うたこと忘れないで

下さい。それからゲームが続いている限り、

やっぱり玲菜ちゃんには居場所がありますよ。

じゃ、おやすみなさい」
と言って出て行った。


またゲーム?いったい何のこと?やっぱ抗争の

ことなのかなあ。それよりどうしてあたしに居場所が

あるとか言うんやろ?居場所があるっていったい

どこにあるねん?1人になってあたしはしばらく

考えた。でも、さっぱりわからない。さっきの話だと

川上さんはあたしが生まれてすぐうちに来たらしい

けど、あたしには何故か幼稚園くらいの頃に初めて

出会った記憶がある。なんでやろ?  


昔のことをいろいろ思い出しているうちに、

あたしが小さいときのパパのことを思い出した。

よくいろんなところへ連れて行ってくれて、

かわいがってくれたっけ。あの頃は本当に本当の

意味で幸せだったに違いない。抗争もなかったし、

今みたいに余計なことをいろいろ考えずにいられた

んだから。


さっきの川上さんの“パパは寂しい”という言葉が

思い出された。極道の世界や抗争は嫌いだけど、

パパはやっぱり好きだ。そんなことを考えていたら、

パパを無視してたのがかわいそうに思えて来た。

今日、帰って来たら思い切ってあやまろう。




昨日の夜、あの騒動のあと誰かがあたしの部屋を

ノックした。どうせパパかお風呂から出てパパから

話を聞いたママが説教しに来たんだと思って、

すぐにはドアを開けずワザととぼけて中から大声で

叫んだ。
「だれー?」
「川上です。ちょっと話があるんですが」
川上さんとは意外だった。一瞬、パパかママが

小細工しているのかと思ってちょっとムカっと

来たけど、確かに川上さんの声だったしこんな

ことは滅多にないので、ドアを開けて中に入れた。


あたしはベッドに腰掛けて川上さんを見上げた。

右側のほおが腫れてちょっと切れている。さっきの

もの凄い音は、やっぱりパパが殴った時の音らしい。

いったい何を言い出すのだろう。ほおのキズが気に

なりながらも、わざとらしくあくびをしながらあたしは

言った。
「人の部屋を訪ねるには、ちょっと遅すぎるんやない?」
「どうせいつももっと遅くまで起きてるでしょ」
川上さんはちょっと笑うと言った。軽くあしらわれた

ようで、なんとなくムカツク。だからあたしはただ

黙ってそのまま座っていた。


川上さんはあたしの返事なんか待たずに、勝手に

勉強机の椅子を引っ張って来て椅子をまたいで

あたしと向かい合うように座ると、背もたれのところに

ひじを置いた。“もう長いことこんなふうにしゃべって

ないな”と、ふと思った。


「久しぶりですね、こんなふうに話すの」
あたしの心を読んだかのように川上さんが言った。
「話ってなに?」
心の中を見透かされたような気がして、イライラして

あたしは言った。
「今日、あれから大変でしたよ。みんなでおやっさん

なだめるのに。ただでさえ気が立ってる時でしたから」
川上さんは言って、なにかを思い出したように

ちょっと笑った。普段からクールだし、パパとは長い

付き合いとは言え、どうしてこんなに落ち着いて

いられるのかわからない。パパの機嫌が悪く

なった時、一番大変なのは川上さんなのに。


あたしは無視しようとしたけど、我慢しきれなく

なって聞いた。
「そのキズ・・・」
川上さんはキズを手で軽く触ってうなずいた。
「今にも玲菜ちゃんのあと追いかけそうだったんで、

止めようとしたら素手でおもいっきり殴るんやもん。

まいったわ」
あたしのせいで殴られたみたいで、ちょっと悪い

ことした気分。


パパは今頃どうしてるんだろう。
「おやっさん、もう寝に行きましたよ」
川上さんが言った。またしてもあたしの心を

見透かした。この際みんな話しちゃおうかな。

今なら川上さんに話せる気がしてきた。でも

どう切り出していいのかわからず、口から出て

きたのは自分でも訳のわからない質問だった。

「ねえ、この矛盾だらけの世の中の、どこに

あたしの居場所を見付けたらええの?」
この唐突な質問に、さすがの川上さんも

面食らったようだ。何回か瞬きをして、あたしの

顔を見直した。


あたしは中1の終わりごろから身近で起こった

ことと、それについてあたしが考えたり悩んだり

していることをみんな話した。でも族の子たちと

ツルんでいたことなどは、怒られそうなので

省略してしまった。話してから、いろんなこと

胸の中に溜めていたんだなあ、と自分でも驚いた。

ついこないだまでパパやママになんでも話して

いたのに、最近は隠し事ばっかりになった。

それが抗争で大変な時期なのでこれ以上余計な

心配を掛けないようにと、あたしまで無意識に

遠慮しちゃってるせいなのか、単にそういう

年頃のせいなのか、そんなことも自分で

わからなくなった。


川上さんはずっと黙って聞いていたけど、あたしが

話し終わると、
「そんなん、だれも本当の居場所なんか一生

わからないんと違いますか」
と言った。
「でも、みんなそれぞれ属す世界があるのに。

普通のカタギの社会とか、パパや川上さんには

組があるし、学校やったらマジメな子とかツッパリの

暴走族とか。みぃんな、それぞれ自分がありのままに

出せるところに属して受け入れて貰ってるのに、

あたしだけどこにも入れてないやん」
「ほんなら聞くけど、玲菜ちゃん、どこに入りたいん

ですか?」
「それがわからんのよ。マジメな子は避けるし、

不良の子たちともピッタシは合わへん。カタギの

人からは違う目で見られて、かといって組員に

なれるわけやない」
「玲菜ちゃん、組のことに介入しずぎやね。

ヤクザはおやっさんであって、玲菜ちゃんやない

んですよ。よう覚えといてください」


また始まった。あたしはカタギの子と変わらない

生活をしてるつもりなのに、まわりは特別な目で

見る。まるであたしがカタギじゃないような目で

見る。もちろん極道の人からも、完全に仲間には

入れてもらえない。中途半端にしかなれない。

どこにも入れない。


「ほら、またすぐそれや。昔からみんなして、

パパもママもふたことめには他の組関係の人の

子供らを引き合いに出して、“どうしてあの子ら

みたく普通のカタギさんの子供と同じように

できんのか”って言うんやもん。そやったら

どうしてうちに部屋住みなんか置いておくんや。

生まれた時から毎日一緒に暮らしとったら

イヤでも関わらざるをえんやんか。首つっこんで

欲しくないんやったら、最初っから3人で静かに

暮らさしてほしーわ」


あたしだってこんなひどいこと言いたいわけ

じゃないのに。思わず涙が出そうになった。

でも見られたらイヤなので、必死に誤魔化した。


(その②へ続く・・・)

昼間は和枝と前に行ったアパートに行って

先輩たちに会った。今日はイヤなことがあった。


女の先輩の1人があたしが誰にでもタメ口をきいて

いてナマイキだ、ケジメをつけろと文句を言ってきた。

和枝がまるくおさめてくれたけど、カタギなのに極道の

ようなことを言う族の人たちに対して、はじめに感じた

ような違和感をまた感じた。おもしろくなかったので、

走りには参加せず早目に家に帰った。


夜、あたしがリビングで珍しく1人でテレビを観て

いると、パパが8人全員を連れて帰って来た。パパは

機嫌が悪そう。それでもあたしがいるのを見ると、
「ただいま」
って言った。最初に口をきくのをやめてから、もう

2週間ちょっと経つ。こんなに話さないでいるなんて

自分でもビックリ。まあ最近あたしもあんまり家に

いないので、顔を合わせていないからっていうのも

あるけど。


今日もチラっと見ただけで、無視した。パパはちょっと

ムッとしたように、
「おまえ、いいかげんにしとれよ」
って言った。あたしはわざとテレビから目を

離さないでいた。パパも機嫌が悪いだろうが、

あたしも今日は昼間の出来事で機嫌が悪い。

若い衆たちはどうしていいかわからず、とまどっていた。

川上さんがそんなみんなをそれぞれの部屋の方へ

ひきとらせようとしているのが、目の端にうつっていた。

パパはママがいるキッチンの方へ行ってしまって、

あたしはまた1人リビングに取り残された。


あたしはテレビに集中してるふりをして耳を澄ませた

けど、よっぽど小声で話しているらしく、ほとんど

何も聞き取れなかった。パパがお風呂場の方に

行ってしまうと、ママがキッチンから出てきて言った。
「玲菜、ちょっと夕飯の支度手伝って。今日はみんな

忙しいんよ」


あたしがキッチンに行くと、ママは野菜を刻むように

いいつけた。ママは肉に下味をつけていた。あたしが

サラダを盛り付けているとき、それまで黙っていた

ママがいきなり口を開いた。
「もう、いいかげん許してあげたら?」
「え?」
あんまり突然なんでびっくりしたけど、パパのことだと

すぐにわかったので適当にごまかした。
「別にもう気にしてへんけど・・・そういう年頃なんよ」
あたしが言うと、ママはもうそれ以上何も言わなかった。

ただ、
「そんな髪して、2学期になって学校で何か言われても

知らないから」
と独り言のように言うのは忘れなかった。


この髪については、脱色してきた日の夜にもママと

ひと騒動あった。実はあたしも、今見ると自然な

髪の色の方があたしに似合っていたと思い始めた。

黒いまゆと茶色い髪のコントラストがどうも許せない。

まぁ、そんなに目立つわけじゃないし、伸びるまでの

辛抱だからいいか。


夕飯の後、みんなでリビングでテレビを観ていると

電話が鳴った。ママはお風呂に入っていた。

川上さんが取りに行った。あたしはテレビからそっちの

方に集中力をうつした。川上さんが戻って来て、パパに

何か耳打ちした。パパはサッと表情を変えて大声で、
「そやから、光龍会の木ノ内を殺れば・・・」
って言いかけた。川上さんがあわてて止めた。


あたしはテレビから目を離して振り返るとパパの

方をじっと睨んだ。
「玲菜ちゃん、すんませんけど上に行っといて下さい」
ヒロちゃんが気を利かせたつもりで言った。あたしは

無視してパパを睨み続けた。
「おまえは上に行ってなさい。パパたちは大事な話が

あるさかい」
パパが言った。


大事な話?人殺しの相談がパパにとっては大事な

話なの?悲しくて腹が立った。パパ、指のことが

あった時、反省してるって言ったんじゃなかったの?


「なんであたしが上に行かなならんのん?聞かれたく

ないんやったら、パパたちがどっかに行ったらええや

ないの」
パパはますます機嫌が悪くなった。
「2階に連れてけ」
パパが誰にともなく言ったので、久志くんと川上さんが

テレビの前の床の上の大きなクッションに座っている

あたしの横に来た。
「さあ、上に行こ」
久志くんが言ったけど、あたしは2人をチラっと見上げた

だけでテレビの画面に目を移した。もちろん番組の内容

なんかは最初から全く頭に入っていない。
「早う連れてかんかい、ボケッ」
パパが怒鳴った。川上さんと久志くんがあたしを立たせ

ようとして腕をつかんだ。

「さわんじゃねえ、ばかやろう」
思わずあたしは叫んでいた。川上さんたちはビックリして

手を放した。
「なんや、その口はっ」
パパが腰を浮かして怒鳴ったので、あたしはあわてて

立つと背中にパパが怒鳴る声を聞きながら、走って

2階に行く階段のほうに向かった。


階段を上がる途中で、川上さんが何か言う声とバシッと

いう凄い音と、それと同時くらいにみんなが口々に短く

叫ぶ声が聴こえて、そのあとまた静かになった。


あたしは乱暴に音を立てて自分の部屋のドアを閉めると

ベッドの上にドサッと倒れ込んだ。この頃、すべてが悪い

方向へと向かいつつある。弘美のこと、族にも居場所が

なさそうなこと、学校の友達に避けられてること、宿題も

全然やってないこと、パパとのこと、組の抗争のこと。

矛盾だらけ。誰も相談できる人もいないし、話したところで

わかってくれる人もいない。




昼間、和枝の家で髪の色を抜いてもらった。

あたしの髪は全体的に赤茶色っぽくなった。

この方法で和枝やその他のチームの子たち

みたいな色になるには、何回か繰り返さないと

いけないらしい。それでもずいぶんイメージが

変わった気がする。


また集会で走った。今までカタギの世界にも

極道の世界にも属せなかったあたしは、最近、

どっちつかずで宙ぶらりんな自分の居場所が、

この族の世界にみつかるような気がしている。


指のことがあってからあんまり家にいたくない。

あたしが知らないだけで、あの家の中ではもっと

汚いことが起こっているかもしれない。指を詰める

のを見てからそんなふうに思えて来て、家にいると

気が重い。

夜11時頃、家に帰った。いつも通り和枝のうちで

宿題ということになっている。実際には1度瑛子ちゃんと

一緒にやった時以外、全く手をつけていないので

ちょっとヤバイかも。


パパとみんなはリビングでテレビを観たり新聞を

読んだり、足のツメを切ったり雑談をしたりしていた。

あたしが入って行くとみんなは、
「遅くまでごくろうさんです」

と、口々に言った。ちょっと気が咎めた。ケンちゃんが、
「あ、玲菜ちゃん、なんか雰囲気が変わった」
と、言った。パパは改めてあたしを見てから溜息を

ついて新聞に目を戻した。
「まったく」
と、つぶやいているのが聴こえた。


あたしはお風呂に入っているママに声だけかけて

2階にあがった。



また集会に行った。ここ数日は、夜けっこう遅く

なってもパパもママも何も言わない。一応、

和枝のうちで宿題をしていることになっている

からか、あんなことがあったあとなので、さすがに

文句を言いづらいのか。


あれからパパとは1回もしゃべっていない。

しゃべってないのは指のことがある前からだけど。


若い衆たちとは挨拶や軽い雑談くらいは

するようになったけど、指のことがあってからは

みんなあたしに対する態度がおっかなびっくりだ。


それでもパパは近頃は抗争も落ち着いて来て

いるせいか、機嫌がいい。若い衆たちも前

みたいに元気になって食事の時も冗談を言って

騒いだりしている。家の中の張り詰めた空気も

いつのまにか消えた。


パパは時々あたしの機嫌を取るようにいろいろ
話しかけてくるけど、あたしは全く無視。ママも

若い衆たちもどうにもできないでいる。


もう組のことでこっちまでわずらわされるのは、

まっぴら。