昼間は和枝と前に行ったアパートに行って
先輩たちに会った。今日はイヤなことがあった。
女の先輩の1人があたしが誰にでもタメ口をきいて
いてナマイキだ、ケジメをつけろと文句を言ってきた。
和枝がまるくおさめてくれたけど、カタギなのに極道の
ようなことを言う族の人たちに対して、はじめに感じた
ような違和感をまた感じた。おもしろくなかったので、
走りには参加せず早目に家に帰った。
夜、あたしがリビングで珍しく1人でテレビを観て
いると、パパが8人全員を連れて帰って来た。パパは
機嫌が悪そう。それでもあたしがいるのを見ると、
「ただいま」
って言った。最初に口をきくのをやめてから、もう
2週間ちょっと経つ。こんなに話さないでいるなんて
自分でもビックリ。まあ最近あたしもあんまり家に
いないので、顔を合わせていないからっていうのも
あるけど。
今日もチラっと見ただけで、無視した。パパはちょっと
ムッとしたように、
「おまえ、いいかげんにしとれよ」
って言った。あたしはわざとテレビから目を
離さないでいた。パパも機嫌が悪いだろうが、
あたしも今日は昼間の出来事で機嫌が悪い。
若い衆たちはどうしていいかわからず、とまどっていた。
川上さんがそんなみんなをそれぞれの部屋の方へ
ひきとらせようとしているのが、目の端にうつっていた。
パパはママがいるキッチンの方へ行ってしまって、
あたしはまた1人リビングに取り残された。
あたしはテレビに集中してるふりをして耳を澄ませた
けど、よっぽど小声で話しているらしく、ほとんど
何も聞き取れなかった。パパがお風呂場の方に
行ってしまうと、ママがキッチンから出てきて言った。
「玲菜、ちょっと夕飯の支度手伝って。今日はみんな
忙しいんよ」
あたしがキッチンに行くと、ママは野菜を刻むように
いいつけた。ママは肉に下味をつけていた。あたしが
サラダを盛り付けているとき、それまで黙っていた
ママがいきなり口を開いた。
「もう、いいかげん許してあげたら?」
「え?」
あんまり突然なんでびっくりしたけど、パパのことだと
すぐにわかったので適当にごまかした。
「別にもう気にしてへんけど・・・そういう年頃なんよ」
あたしが言うと、ママはもうそれ以上何も言わなかった。
ただ、
「そんな髪して、2学期になって学校で何か言われても
知らないから」
と独り言のように言うのは忘れなかった。
この髪については、脱色してきた日の夜にもママと
ひと騒動あった。実はあたしも、今見ると自然な
髪の色の方があたしに似合っていたと思い始めた。
黒いまゆと茶色い髪のコントラストがどうも許せない。
まぁ、そんなに目立つわけじゃないし、伸びるまでの
辛抱だからいいか。
夕飯の後、みんなでリビングでテレビを観ていると
電話が鳴った。ママはお風呂に入っていた。
川上さんが取りに行った。あたしはテレビからそっちの
方に集中力をうつした。川上さんが戻って来て、パパに
何か耳打ちした。パパはサッと表情を変えて大声で、
「そやから、光龍会の木ノ内を殺れば・・・」
って言いかけた。川上さんがあわてて止めた。
あたしはテレビから目を離して振り返るとパパの
方をじっと睨んだ。
「玲菜ちゃん、すんませんけど上に行っといて下さい」
ヒロちゃんが気を利かせたつもりで言った。あたしは
無視してパパを睨み続けた。
「おまえは上に行ってなさい。パパたちは大事な話が
あるさかい」
パパが言った。
大事な話?人殺しの相談がパパにとっては大事な
話なの?悲しくて腹が立った。パパ、指のことが
あった時、反省してるって言ったんじゃなかったの?
「なんであたしが上に行かなならんのん?聞かれたく
ないんやったら、パパたちがどっかに行ったらええや
ないの」
パパはますます機嫌が悪くなった。
「2階に連れてけ」
パパが誰にともなく言ったので、久志くんと川上さんが
テレビの前の床の上の大きなクッションに座っている
あたしの横に来た。
「さあ、上に行こ」
久志くんが言ったけど、あたしは2人をチラっと見上げた
だけでテレビの画面に目を移した。もちろん番組の内容
なんかは最初から全く頭に入っていない。
「早う連れてかんかい、ボケッ」
パパが怒鳴った。川上さんと久志くんがあたしを立たせ
ようとして腕をつかんだ。
「さわんじゃねえ、ばかやろう」
思わずあたしは叫んでいた。川上さんたちはビックリして
手を放した。
「なんや、その口はっ」
パパが腰を浮かして怒鳴ったので、あたしはあわてて
立つと背中にパパが怒鳴る声を聞きながら、走って
2階に行く階段のほうに向かった。
階段を上がる途中で、川上さんが何か言う声とバシッと
いう凄い音と、それと同時くらいにみんなが口々に短く
叫ぶ声が聴こえて、そのあとまた静かになった。
あたしは乱暴に音を立てて自分の部屋のドアを閉めると
ベッドの上にドサッと倒れ込んだ。この頃、すべてが悪い
方向へと向かいつつある。弘美のこと、族にも居場所が
なさそうなこと、学校の友達に避けられてること、宿題も
全然やってないこと、パパとのこと、組の抗争のこと。
矛盾だらけ。誰も相談できる人もいないし、話したところで
わかってくれる人もいない。