期末試験2日目。まあまあ出来たかな。


最近家の中もだいぶ落ち着いてきて、塾のほうも

順調だ。このあと三者面談があって修学旅行だ。


パパはあたしの学校での扱いや勉強の進み具合を

心配している。心配してくれるのは嬉しいけど、

相変わらず家に部屋住みはいるし、事務所も

やっぱりうちの裏にある・・・。


今日、真奈美ちゃんから手紙が届いて、

“しばらくは会わないほうがいいかも”と言って

いた。理由は詳しくは書いてないけど、あたしが

受験生ってことと暗にパパたちのことが書いて

あった。うちと真奈美ちゃんのお父さんの組は

特に敵対関係にあるから仕方がないと思い

ながらも、やっぱり悲しかった。


最近また組に対して、あきれや軽蔑や怒りの

気持ちが強くなって来ている。寂しい男たちの

くだらないメンツを守る抗争のために、友達も

友達じゃなくなる。こんなのって間違っている。



今日から警察の警戒も取れて、普通に出来るように

なった。結局、あたしもママも避難はしなかった。


普通に戻ったとは言え、まだ雰囲気が緊張している。

あたしまでいつも気が抜けない感じで、息苦しく肩も

重いし頭のこめかみのところが時々ズキズキと痛い。


本来は一番リラックスできるはずの自分のうちで、

組員でもないあたしが一緒になって緊張してなくちゃ

いけないなんていい迷惑だ。最近いつも家にいがちな

若い衆たちがウザったく思えてくる。ただでさえ受験で

イライラしてるっつーのに。同じ極道の家でも、部屋住み

なんかいなきゃいいと最近特に頻繁に思ってしまう。

あたしだって他の子供たちと同じように、たとえ親が

極道でも組のことに煩わされないで生活したいのに。

パパやママはあたしのこと本当に考えてくれてるの

だろうか?


もうすぐ修学旅行なので班を決めた。あたしと同じ

班になった子で活発で男子からも人気がある女子が、

仲のいい男子たちから、
「おまえ、巻き添えくらって襲撃されんなよ。

ま、おまえやったらされても全然平気と思うけど」
と、からかわれていた。


冗談のつもりらしいけど、こんなときだからけっこう

キズついた。でも顔には出さないように一緒に

笑っておいた。


もうすぐ期末もあるし、余計なこと考えずに勉強に

専念しないとな。休んでいた塾にももう行けるし。



今日の夜、皆でリビングにいた時、パパがあたしと

ママがしばらく避難できるところを探すと言った。


うちの状況を知って、大勢の組関係の人たちが

自分たちも大変な中、“そっちの状況が落ち着くまで

奥さんと子供さんをうちで預かる”と言って来てくれて

いるらしい。街や学校ではあたしと関わるのを避ける

人がほとんどなのに、組関係の多くの人からそんな

ふうに言って貰えてすごく嬉しかった。パパや他の

寂しい男たちが組に命を賭ける気持ちが、少しだけ

わかった気がした。


でも組関係の人の家は、今のうちほどではないに

してもいつ同じような状況になるかわからんし、

あたしが受験生で長期欠席や転校は無理という

ことで避難できる地域が限られてしまうこともあり、

なかなか頼めそうなところがない。


あたしとママの2人でマンションかアパートを借りる

案も出たけど、それも組関係者とわかると断られ

たり追い出されることもあるらしく、いろいろ大変

みたいだ。


しかもママは、
「玲菜は避難させるけど、私は何があっても

皆とここにいる」
と言い張って、パパや若い衆たちを手こずらせた。

とりあえず組関係・カタギに関係なく、このまま

今の学校に通える場所であたしを預かってくれる

ところを探すことでこの話は終わった。


パパとママはあたしにもどうしたいか訊いてきた。

あたしは正直、どうしたいのか自分でもわからない。

受験なんかどうでもいいからこんな抗争から早く

逃れてどこかに行きたい気もするし、ママみたく

このまま皆とここにいてもいい気もする。よくわから

ないので、ママたちが決めたことに従うと言っておいた。




ここ数日間、あたしのまわりにいつも警察関係の

人がいるようになった。家のまわりにも警官が

あちこち立っているし、毎日数時間おきにうちにも

訪ねてくる。


パパは外出の時いつもは2人連れていた若い衆を

3人に増やした。その他に警察の人が監視役に

付いて来ることがあるらしい。ママの買い物にも

付いて来るらしい。あたしが学校に行く時も帰る

時も、うちの若い衆の他に勝手に警官が付いて来る。

どっちも学校の中までは来ないけど。


こんな不気味な感じなのは初めてで、抗争の

恐ろしさを実感させられた。若い衆たちも目を

いっそう鋭くさせて、いつも緊張している。あたしも

夜よく眠れなくなった。こんなこといつまで続くん

だろう。どうして急にこんなことになったんだろう。

光龍会かどっかの組がパパの組に宣戦布告でも

したのだろうか?それともこないだのガラス割りの

件を誰か近所の人が知って警察にタレ込んだり

したんだろうか?詳しいことは誰も教えてくれない

ので、あたしにはわからない。


パパたちはしじゅう警察にまとわりつかれて、

とても迷惑そうだ。仕事にも影響してくるのか、
「ほんまかなわんわ。これじゃ、商売あがったりやで」
とぼやいている。あたしたち全員、必要最低限の

外出以外は家にずっとこもっている。


学校の行き帰りは、今まで一緒だった友達とも

別々にしなきゃいけないし、ジロジロ見られて

いい気持ちはしない。学校の子や街の人たちも

この異様な雰囲気と、いつ巻き添えをくらうかもと

いう思いに怯えてるみたい。みんなに悪い気がして

肩身が狭い。


学校では少し話題になってるみたいで、わざわざ

うちのクラスにあたしの顔を見に来る子までいて

居心地が悪い。もしこれが長く続くようなら、

学校を休んだりしないとみんなに迷惑がかかる。

実際学校側でそういう話が出ているらしきことを

小耳に挟んだ。クラスの子たちも表立っては何も

言わないけど、内心は皆あたしと関わるのを

怖がっているのは伝わってくる。みんな抗争の

巻き添えを食うのを恐れて、あたしを遠ざけようと

している。すっごい疎外感。みんなと同じように、

あたしだって怖いのに。


違うクラスの瑛子ちゃんやちーちゃんや美貴や

和枝は、時々休み時間に様子を見に来てくれる

けど、やっぱり内心はビクビクだろう。それを責める

ことはできない。逆にそれでも様子を見に来てくれる

なんてありがたいと思う。でもそれと同時に、みんなに

気を遣わせているのがわかって悪い。やっぱり落ち

着くまで休んだほうがいいのかも。苦労して学校に

来ても、こんなんじゃどうせ授業にも身が入らないし。


でも担任の先生が授業中は特別扱いはしないけど、

厳重警戒になってから毎日帰りに校門の前に迎えに

来るようになった若い衆(と警官)のところまで送って

くれて、必ず、
「また、明日な」
と言ってくれるので、そのお陰で明日も学校に来て

いいんだ、と思える。肩身が狭いし怖いけど、明日も

また頑張って来ようという気になる。



今朝起きたら、あたしの部屋の窓がこなごなに

割れていた。


うちは大騒ぎになって、あたしは学校を休ませ

られた。あたしのベッドは窓からちょっと離れて

いるから、怪我とかは全然なかったけど。それ

よりもなによりも、あたしは朝起きるまで気が

付かないでぐっすり寝ていた。起きてママに

知らせたあと、すぐパパと若い衆たちが部屋に

入って行ってあたしは入れてもらえなかったので、

どうやって割ったのかはよくわからなかった。


パパの組は西岡組系列でも大阪市内や神戸の

繁華街にある子分が何百人もいるような規模の

組ではないし、それにうちは事務所と自宅が背中

合わせにくっついているので、もし狙うとしても

事務所と皆思っていて、まさか自宅の方を狙うとは

誰も思っていなかったらしい。


パパはもの凄く怒って、さっそく特注の防弾ガラスを

あたしの部屋と家中の窓に入れた。若い衆たちは

事務所側の1階にある部屋で寝ているとはいえ、

これだけ数がいて誰も襲撃に気付かなかったという

のもパパは気に入らないらしい。あたしの部屋の

ガラスのタイプとこの状況では、そんなに派手な

音はしなかったという説明をガラス屋さんに聞く

までは、若い衆たちにさんざん当たっていた。


「どこのどいつや。ぶっ殺したるで。なんで事務所

狙わんとうちなんや」
あたしがそっと様子を窺いに下に行くと、パパは

リビングでわめきちらしていたけど、ママから

あたしが全く気付かずに寝てたと聞いてあきれ顔で

言った。
「あれも鈍いんやか頼もしいんやか、ようわからん。

そやけど、どのみち女や。小島組は継がせられん」
男だったとしても組の跡継ぎとかありえへんし。

あたしはそう思いながら、そっと2階のママの部屋に

戻った。


そのあとあたしがみんなに、
「いったい誰がやったんかなあ。やっぱり光龍会

かなぁ」
となにげなく聞くと、みんな話をはぐらかしたりして

ごまかした。きっとパパにそうするように言われたん

だろう。パパったらあれだけみんなで大騒ぎしてる

のに、あたしがなにも気付かないとでも思ってるの

なあ。それとも本当のことを言えばあたしが

怖がるとでも思っているのかな。寝ている間にすべて

起こっていたせいか、正直あんまり怖くなかった。


今回のことで、また自宅にも防犯カメラを付ける

話が出た。事務所には元々あるらしいけど、

自宅は今まで何度も付ける話は出たものの

実際には付けていなかった。パパは他の組関係の

人たちの自宅への襲撃例を見てきても、敵対して

いるとはいえ、まだどこかで同じ稼業の人間を信用

しているところがあるみたい。事務所には襲撃が

あっても、まさか自宅にはないと思っていたようだ。

そうしているうちに自宅の防犯カメラの話は、いつも

いつのまにか立ち消えになってしまっていた。でも

今回は実際に自宅に襲撃されたので、今度

ばかりは本気で考えているようだ。


パパもあんなに怒るほどあたしのことを心配して

くれるなら、防犯カメラより部屋住みを置くのを

やめたり、事務所と自宅を離してくれたらいいのに、

とは思ったがそれは言わなかった。


前に川上さんが“パパは寂しい”と言っていたことが、

それを聞いた日からずっと頭の片隅にある。パパは

本当に寂しいの?あたしやママがいるのに?

あたしとママだけじゃだめなの?あたしたちより

若い衆のほうが大事なの、パパ?










和枝がうちに来た。学校の帰りにそのまま来た

らしく、制服だった。別のクラスになってしまった

和枝は、いよいよ族も抜けてマジメにやりだした。


あたしが知らない間にあっちはあっちでいろいろ

あったらしく、族の連帯もたいしたことないって

ことがわかり、アホらしくなったんだそうだ。

一応将来の夢もあるので、高校にも行けるように

頑張っているらしい。髪の毛も黒く染め直し、

制服もほぼ規定どおりのを着ている。


たまたまうちにいた若い衆たちは、和枝の

あまりの変身ぶりにまたびっくりだ。ただ

和枝は学校のワル仲間たちに“受験生に

なって急にマジメになった裏切り者”という

目で見られているらしく、それがつらいと

言っていた。


気持ちはわかるけど、和枝は学校のワル

たちの中ではずっと中心的存在だったから、

そういうふうに思う人がいてもしょうがないと

思う。ヤキ入れられないだけマシだ。


昨日真奈美ちゃんから手紙が来て、

“今度遊びに行こう”って書いてあった。

こないだファミレスで偶然会ってから、

また手紙をくれるようになった。



今日の新聞で、光龍会系木ノ内組系小野組内

沢田組というところの組員が撃たれたのを知った。

しかも14歳の娘の目の前で。あたしとタメやん。


娘の修学旅行の出迎えに行っててのことらしい。

撃たれた人は2ヶ月の重症だって。2ヶ月で済んで

本当に良かった。けど、その人の娘は自分の目の

前で父親が撃たれたなんて、どんなにショック

だっただろう。しかも修学旅行の出迎えでだなんて、

友達の手前もあるし。いくらパパたちとは敵対して

いる組の人のこととはいえ、顔も知らないその

女の子があたしとダブって心配してしまう。


西岡組の人がやったんだけど、子供まで巻き

込むようなヤツ破門にしちゃったらいいのに。

また抗争が激しくなりそうだ。



いよいよ中3。今年は受験生。もうのんびりして

いられない。


春休み中、ママと塾の申し込みに行って来た。

瑛子ちゃんが行ってるところと同じにしようか

迷ったけど、ママが知り合いの息子が去年

行っていたところがいいというウワサを聞いて

きて、そこに行くことに決まった。塾なんて

どこでも同じような気がするが、一応合格率が

高いらしいので、まあいいや。


新しいクラスは知ってる子があまりいない。

中2の時はイマイチだったので、かえって

よかったかも。担任は40代前半の男で、

見るからにひょうきんでおもしろそうな先生だ。

英語担当。



夜、というより夜中だな、1時半頃だったから。

起きてさっそくもらってきた塾の問題集をしていた

あたしは、おなかがすいたので下に降りて行った。

うちのキッチンは、リビングを通らないと行けない

ようになっている。リビングに入って行くと、

驚いたことにまだ明かりがついていて、中には

川上さんとタケと俊弘さんと伸次さん、それに

元部屋住みの新田さんも来ていた。あたしが、
「こんな遅くまでしゃべってておなか減らないん、

みんな?」
と言うと、みんなは減ったというので、こっそり

家を抜け出して近所の朝4時までやっている

ラーメン屋に行った。パパに見つかったら大変だけど、

たまにはこういうスリルもワクワクしておもしろい。


帰り道も、雨上がりの湿気を含んだ空気の

においと春の初めの緑のにおいに、時々

深夜営業の食べ物屋から流れてくるにおいが

混ざって、それが妙に嬉しくて夜中なのに

足取りも軽くつい笑いが出てしまった。


小さい頃、お祭りなどがあるとよくパパが

連れ出してくれた夜のにおいと同じで、すごく

懐かしいような気がした。




西岡組系川原組内大山一家という組の

田丸弘一という組長が、子分たちに

殺された。


連絡を受けてうちの若い衆たちは、みんな

びっくりしていた。テレビのニュースでも

やっていた。これにはあたしもびっくりした。


うちはみんなうまくいってるみたいで良かった。

当然、家の中でも小さなこぜりあいや喧嘩は

しょっちゅうだけど、どれも取るに足らないような

ことだ。


もちろんパパの下には部屋住みの子たち

以外にもいて、その人たちのことは良く

知らないけど、うちの部屋住みを見ている

限り大丈夫だと思う。


このごろ、パパたちはまた眼がつりあがって

怖い顔をしている。きっとこの前の2月27日に、

斉藤のおじさんのお墓の前で、西岡組の人が

2人殺されたからだろう。殺された人の中には

ずいぶん若い人もいて、こうなるともう復讐と

いうより無差別殺人みたいだ。


またこれで抗争がひどくなるのかな。せっかく一応

落ち着いてきていたのに。



もうすぐ期末試験が始まる。


3年生の受験はもうほとんど終わったから、

校内の雰囲気が落ち着いてていい。


近頃、あたしのゴリラは家中の人気者。


タケやパパまでがいろいろいじくって遊んでいる。

たまには若い衆の誰かが無神経に枕にしている

こともある。