パパは昨日から珍しくヒロちゃんとタケの2人だけを
連れて、神戸に行ってしまっている。あたしは午前中の
塾から帰ってから、なんとなく庭でブラブラしていた。
そのうちそれにも飽きて、玄関先で掃除をしたり、水を
撒いたり靴をみがいたりして忙しく働いている伸次さんと
俊弘さんを座って眺めていた。
しばらくして家から川上さんが出てきて、門の外にとめて
あったパパのプライベート用の車の方に歩きながら声を
掛けてきた。
「これからおやっさん迎えに神戸まで行くんやけど、
一緒に行かへん?」
最近は以前ほど若い衆たちと話していないところへ
もってきて、川上さんがパパやママに頼まれた時以外で
あたしをどっかに誘うことなんて滅多にないので、内心
首をかしげながらもその笑顔につられて思わずうなずいて
しまったあたしは、後ろの座席でなく助手席に乗り込んだ。
助手席のが景色もよく見えるし、話もしやすいから好きだ。
走っているあいだ、塾や学校のこと、最近観たテレビや
聴いている音楽、そして友達のことなどを話したりして
いた。あたしはしゃべり疲れてしばらく窓の外を見て
いたけど、ふと思いついて訊いてみた。
「こないだ話したとき、あたしが小さい頃のことで
何か覚えてるかって訊いてはったけど、その頃
何があったん?あたしマジで覚えてへんねん」
川上さんはしばらく考えてから口を開いた。
「俺、前にも話した通り玲菜ちゃんが生まれて
半年位の頃におやっさんのとこに来たんですけど、
そのすぐあと3年半くらい別荘行ってたんですよ」
へえ、知らなかった。川上さん、懲役に行っていた
なんて。あ、でも元からいたんでなく、あたしが幼稚園
くらいのときに初めて出会ったっていう印象があるのは
そのせいか。よかった。あたしの記憶がヤバイのかと
思ったやん。
「なんで別荘行くことになったん?」
「ちょっとその辺の事情はかんべんしてください」
ふーん、いったい何やらかしたんやろ。
「とにかく出てきてからもいろいろあって、他の組から
狙われたりしてたんですわ。けど俺はそんなことに
なってるの知らんから、前と同じように暇なときは
玲菜ちゃんの相手したりしてたんやけど、
・・・ほんまに何も覚えてないんですか?」
川上さんはまた聞いた。
「うん。全然。っていうか、あたしは幼稚園の頃に
川上さんがうちに来て、しばらくはよう遊んでくれた
って記憶しかないねん。それがいつのまにか全然
遊んでくれなくなってて・・・イキナリなんでやろって」
「何か誤解があるようやから言うんですけど、玲菜ちゃんが
幼稚園の頃一緒に遊んでる時、俺がベルトんとこに
持ってたチャカ見付けてやたらと触りたがったことが
あったんです。刺青にも異様に興味持って、いっつも
俺や他のヤツらの背中見たがって。そのうち、自分の体や
持ってた人形にもマジックで刺青みたいな絵描いたり、
幼稚園で描いてくる絵も刺青した人間ばっかりになったり
して」
「へえ。そんなことあったんや」
あたしは全く覚えてなかったので、びっくりすると
同時に幼い頃の自分のアホさ加減に笑ってしまった。
川上さんも一緒に笑って話を続けた。
「今じゃ笑い話だけど、あの時はちょっと問題に
なったんですよ」
ああ。もしかしてそれがキッカケで、家のほうでは
墨入れてる人は上半身裸禁止になったんか。
あたし割に子供時代の記憶はあるほうだと思って
いたのに、意外とアテにならんな。
「そうこうしてるうち、2人で遊んでるときに
襲撃されちゃったんですよ。玲菜ちゃんに
怪我はなかったし、俺もたいしたことなかった
けど。俺や組のヤツの側にいる限りこれからも
そういうことはあるだろうし、次もまた無事で
いられるとは限らない。だから、それからは
できる限り玲菜ちゃんと組のことを遠ざける
ようにしてきたつもりなんやけど・・・。
玲菜ちゃんは本来カタギであるべきなんだし」
川上さんの左肩のあたりにはカナリ大きい疵がある。
昔作った疵で、そのせいで今も時々その疵が痛む
ことと、左腕が肩までくらいしかあがらないということ
しか、あたしは今まで知らなかった。川上さんはそうは
言わなかったけど、それがその時の襲撃の傷だと
直感した。きっとあたしをかばって一生消えない怪我を
負ったのだろう。
すごいショックだった。今の話にも、こんな大変な
ことがあったのに全然覚えてないことにも、こんな
思い出したくないことを話させてしまった自分にも。
あたしってイヤな子だ。若い衆たちはみんなこんなに
いい人たちばっかなのに。みんな本当の家族でもない
あたしのことをいっぱい考えてくれてるのに。イラつい
たりムカついたり、邪魔とかいないほうがよかったとか
思ったりして。
「ごめんね」
あたしはそれしか言えなかったからそう言った。
川上さんはあたしがあやまった理由を勘違いした
みたいで、
「いや、むしろあやまらないといけないのは俺で。
俺は何があっても自分で入った道だからいいんです。
けど関係ない玲菜ちゃんを巻き込んじゃって。俺の
ほうこそ、すいません」
あたしはそれ以上なんと言っていいかわからず、
ただ黙ってうしろに流れて行く景色をみつめていた。
これからはずっと前みたく若い衆たちとちゃんと
しゃべろうと密かに決めた。