(・・・その①からの続き)


昔、川上さんになにがあったのか、誰も教えてくれなかった

から、結局あたしにはわからない。けどずっと見かけ通り

冷めていると思っていた川上さんが、パパが前に言ってた

通り本当はすっごく熱い人だということはわかった。


物心ついたときからそばにいて、川上さんのことはよく

知ってると思っていたけど実は何も知らなかったんだな。

いったい何を見ていたんだろう、あたし。他にもこんなこと

だらけなのかも知れない。


「それはそうと、こないだから聞こう思うてたんやけど、

あんたその傷どうしたん?」
あたしもこないだから気になっていたことを、ママが聞いた。

川上さんは一瞬ためらったあと、ちょっと照れたように言った。
「10日くらい前、伯父貴にしばかれたんですよ」
「橘さん?」
ママはパパが“兄貴”と呼んでいた人の名前を挙げた。
「はい。ほかにも上のほうから直々に」


やっぱり。あたしは思わず川上さんの両手の指を確認した。

よかった、包帯もしてないし、ちゃんと10本全部ある!


どういうことかというと、パパの兄弟分など小島組の上部

組織である西岡組本家や心誠会本部の幹部たちから、

”お前が付いていながら親分が殺られるようなヘマしやがって”

とケジメを取らされた(しばかれた)ということだ。でも、ケガは

させられたけど、指をもってかれなかっただけ、まだしもだ。


川上さんのケガに気付いた時から、なんとなく予想はして

いたとは言え、ケガした本人を目の前に実際に聞かされると、

生まれたときから見てきたけど今まで意識してこなかった

ヤクザ社会の非情さを認識されられる。


「兄貴、せっかくの男前が台なしですね」
伊藤クンがからかった。ママが溜息をついて言った。
「はぁ、相変わらずね。下がなんかやると理由なんか

関係なく上のモンが他の組から狙われる、上になんか

あると事情も聞かずに下のモンが同じ組のモンから

しばかれる」


今回のことは小島組の中の誰も悪くないけど、川上さんは

組でも上のほうで、いつもパパについていたので今回

いろんな意味で一番大変な立場にあるみたい。それでも

川上さんは、
「あっちを立てればこっちが立たずですわ」
と、いつもの余裕を見せて笑っていた。


しばらくそのまま雑談しているうちに、あっという間に

夕方になった。ママがキッチンに立って言った。
「もうこんな時間やから、夕飯も食べて行きなさいよ」
「いえ、もうキリがありませんから」
川上さんはそう言って、伊藤クンをうながして立ち上がり

かけた。


そこへ女の人が訪ねて来た。どうやら伊藤クンの

彼女が迎えに来たらしい。伊藤クンはママに挨拶すると、

あたしに、

「玲菜ちゃん、これからいろいろ頑張ってね」

と言って、川上さんに、

「ほな、兄貴、事務所のほうで」

と言うと、あわてて出て行った。ママとあたしは顔を

見合わせて笑った。川上さんも笑って、
「ったく、しょうがないな、あいつは。あ、そろそろ俺も

失礼します」
と言った。


ママは何かを思い出したらしく、
「あっ」
と叫んで、
「ちょっと、そこで待ってて」
と言うと、急いで2階に行ってしまった。2人でママが

降りて来るのを待っているあいだ、川上さんが言った。
「玲菜ちゃんは俺にとっては妹のようでもあり、娘の

ようでもある特別な存在でした。今までありがとう。

ところで俺が前に言ったこと、わかってくれました?」

川上さんが前に言ったことって、本当はあたしには

居場所があるってことでしょ。あたしは黙って首を

振った。結局、いまだにあたしの居場所なんて

みつからない。川上さんだって前に自分で“そんなん

誰も一生みつからないもんだ”って言ってたやん。

それに最近では日々のいろんなことに追われて、

居場所をみつけようってことすら忘れかけていた。


「今わからなくても、近いうちにわかる時が来ますよ。

もうゲームは終わってしまったんだから」
またゲーム?ますます混乱。“ゲーム”って前にも

言ってたけど、抗争のことじゃなかったの?抗争は

もう終わったの?パパの復讐も?


あたしが何か言おうとした時、ママが何かの包みを

持って下りて来た。川上さんは、
「お預かりします」
と言って受け取った。あたしたちは玄関まで見送った。


川上さんは改めてママに挨拶すると、あたしの方を

向いて言った。
「お元気で。じゃ、いつかまた」
あたしは挨拶を返しながら、いつかまた会う日なんて

ほんとに来るのかな、と思っていた。


こうしてとうとう全員が行ってしまってから、なんだか

気が抜けてしまった。ついこないだまで全部で

11人もいた家の中は、今ではママとたった2人に

なって妙にひっそりと寂しかった。今までもパパの

出張とかでこういうことはあったけど、今回はわけが

違う。もう誰も一生帰って来ることはないんだ、ここには。


夕飯もダイニングの大きなテーブルでママと2人。

大人数用のテーブルは2人で座るには広すぎて、

不自然でむなしかった。いつかこんなのにも慣れる日が

来るんだろうか。ママはあたしの好物のハンバーグと

ポテトサラダを作ってくれたけど、胸が詰まって涙が

出そうであんまり味わえなかった。ここで大勢で

わいわい言いながら食べた食事が思い出される。


みんなにもう1度会いたい。戻って来て欲しい。

1日目でこれだもんな。この先、いったいどうしたら

いいんだろ。先を考えるのが怖いくらいだ。



最後に残っていた若い衆2人が出て行く日だった。


係りの急な用事で学校を出るのが予想外に遅くなって

しまったので、あたしが帰る前に出て行っちゃって

挨拶もできなかったらどうしようと思って猛ダッシュで

帰って来た。


4時ちょっと前に家に着いたら、川上さんと伊藤クンは

まだ忙しく準備をしていたので安心した。今日は塾は

休むことにした。ママがお茶を入れたと言って、あたし

たちをダイニングルームに呼んだ。


「すいません。なんか離れがたくて」
川上さんがダイニングに入って来ながら言った。
「しゃあないっすよ、兄貴。15年もいたんっすから。

わしなんて2年やけど、やっぱむしょうに寂しいですわ」
伊藤クンが言った。ママがコーヒーと、パパも若い衆も

あたしも大好物だった店のシュークリームを出した。


しばらくの間、あたしたちは差し障りのない雑談を

していた。こうやって話していると、パパが生きてた

頃と何ら変わらない気がする。今にも他の若い衆たちを

連れてパパがひょっこり帰って来そうだ。


でも現実にはパパはもうこの世にいなく、今こんなに

すぐそばにいる人たちは、もう少ししたらあたしとは

関係ない人たちになっちゃうわけで・・・。

悲しいようで、でも一方で未だに実感がわかない。


あたしは今が最後のチャンスだと思って、思い切って

パパが殺された時の状況を聞いてみた。パパが撃たれて

死んだのはあたしも銃の音を聞いたし、新聞やテレビにも

出たのでわかっている。でもどんな状況で撃たれたのか

とか、詳しいことは何も知らなかった。現場にいた若い衆

たちがいる今でないと、もう一生知るチャンスはない気が

した。


あたしが質問したら、みんな一瞬沈黙したあとママが

たしなめた。

「玲菜。子供は余計なこと知らんほうが・・・」

けど、川上さんがそれをさえぎって、
「姐さん、俺が話します。玲菜ちゃんには知る権利が

ありますから。子供といってももうすぐ高校生だし」
と言って話し始めた。


あの日、若い衆たちはみんな仕事があって、家にいたのは

パパだけだった。パパはリビングでテレビを観たり新聞を

読んだりしてくつろいでいた。事務所にいた川上さんは、

ちょっとした用でお昼少し前ごろ家に来て、リビングで

パパと話していた。あたしが下に飲み物を取りに行って、

リビングですれ違いになったときだ。


パパが家に1人でいるのを知った川上さんは、事務所に

戻ってから若い衆の1人の洋平という子をガードによこした。

それがあたしが2階に戻る時に見かけて挨拶を交わした

若い子だ。


洋平が来てからしばらくは何もなかったらしいけど、

そのあと“怪しい車が事務所のまわりをウロウロしてる

みたいだから、一応家のほうも用心しとけ”という事務所

からの電話を洋平が家で受けた。電話を切ったあと

様子が気になった洋平は、念の為リビングを出て、直接

玄関からでなくその左隣にある防弾ガラス張りの応接間

から庭に降りて様子を窺いに行ったそうだ。


ガラス戸を開けて庭に降り立った瞬間、隠れていた男に

拳銃を突きつけられた。その時、洋平はパパのいる

リビングに向かって、
「おやっさん、逃げ・・・」
と叫びかけたところへ、男に手で口をふさがれて続きは

言えなかったらしい。パパは洋平の声を聴いて、
「なんやねん、大声だして」
と、言って応接間に入って来た。


ガラス戸はさっき洋平が開けたままだったので、パパは

ちょうど部屋の真ん中あたりに来たところで、隠れていた

もう1人の男に散弾銃を撃ち込まれたらしい。


一方、川上さんは誰かが家にいる洋平に忠告の電話を

かけているのを事務所でたまたま聴いて、事務所でも

その時はまったく緊迫した様子はなかったらしいが、

ちょっと気になってうちの方へ通じるドアを出たところで、

散弾銃や拳銃の音を聴いた。とりあえずすぐ横の階段を

駆け上がって、あたしに部屋から出ないように言ったあと、

急いで音のした方へ行ってみたけど犯人の姿はもうなかった。


でもどうやら犯人は、パパの組とは昔から敵対していた

光龍会系広沢組の組員らしく、逃げる時洋平のことも

撃って逃げた。腕と足に3発ほど弾をくらった洋平は、

意識もあり口を利いたり物を食べたりはできるそうだが、

まだ病院にいる。まだ18歳だって。


パパが撃たれた瞬間の話を聴いたのは、今が初めて

だった。詳しいことは川上さんも洋平から聞いたらしい。

冷静に聴いていたつもりだったけど、気が付くと心臓が

ドキドキして手の指先が冷たくなっていた。


「兄貴は暇をみつけては、洋平の見舞いに行って

んすよ」
伊藤クンが言った。
「あいつ、うちに来てまだ半年で、当初から俺がずっと

面倒見てましたから」
川上さんが言った。


「洋平も運の悪い子よね。あれだけ怪我しても

あの人が無事なら幹部待遇やったけど、死んで

しまったらただの組のやっかいもんや。かわいそうに」
ママがしんみりと言った。
「いや。やっかいモンにはさせませんよ、絶対に」
いつもはクールな川上さんが、伊藤クンがハッと

顔を上げるほど強い口調で言った。


「俺はどうなってもあいつだけは守ります。あん時、

おやっさんが俺にしてくれたように。もうこんな形でしか、

おやっさんへの恩返しはできませんから」
ママが言った。
「川上。もうそれは生きてる時に充分返したやないの。

あの人かてわかってるハズよ」
伊藤クンが鼻をすすり始めた。


(その②へ続く・・・)




今日は俊弘さんと伸次さんが出て行く日だ。


昼過ぎには行ってしまうらしく、朝、あたしが

学校に行く時にお別れの挨拶をした。



今日の夕方、タケが引っ越して行った。


お調子者のタケは相変わらずで、
「玲菜ちゃん、ええ女になって待っといてや」
とか言いながら行ってしまった。


みんなこれからどうするつもりなのか全くわからない。

このまま誰かが小島組の跡目を取るのか、誰かが

独立するのか、解散してみんなバラバラにどっかの

組に引き取られて行くのか。これを機にカタギになる

人もいるかもしれない。


パパがいなくなって、あたしたちももうすぐ組との

関係を絶つと聞いた今、組関係のことはなんとなく

聞きづらくて聞かないでいる。ママはこの家と裏の

事務所をサラ地にして売りに出すつもりらしいところを

みると、もしかしたらパパの組はなくなっちゃうのかも

しれない。


今日の夜、突然気が付いたのだけど、川上さんが

あちこちに傷を作っていた。体も怪我してるらしく、

動いたりしゃべるたびにときどき痛そうに顔を

しかめたりしている。他の若い衆たちもすごく

気遣っているのがわかる。なにがあったんだろう。

パパがこんなことになって、これ以上みんなに

なにかあったらもう、イヤだ。



新学期で久しぶりに友達に会った。みんなあたしの

ことを気遣ってくれてる様子もあったけど、事件が

起こったのが夏休みの間だったことや、受験生で

自分のことで大変ということもあり、基本的には

そっとしておいてくれたので気が楽だった。


正直に言うと、事件が夏休み中に起こってくれて

よかった。事件のことは新聞やテレビにも出たので、

またこんなことで学校で注目されるのは耐えられない。


そんなことをちょっとでも思ってしまうあたしは、

薄情な子供だろうか。




やっと家に帰って来た。久しぶりの懐かしいあたしの家だ。

でもなんだか家の様子が違う。パパがいなくなったんだから

当然かも知れないけど。それ以外でも何かが違う気がする。


あの日のボディチェックの時から、ケンちゃんとヒロちゃんが

警察に捕まってしまって、久志くんが部屋住みをやめて

うちから出てしまっていた。密葬のあと、組葬の手配や

警察の取り調べなどがあったらしく、若い衆たちは疲れて

みえる。けど気を遣ってか、あたしには無理して明るく

話しかけてきてくれる。あたしもそれに応えて、できるだけ

明るくふるまった。


夕方、俊弘さんとタケが話しているのをちょっと聞いて

しまったんだけど、組はパパの復讐に燃えてるみたい。

これからよけい抗争がひどくなるのかなあ。抗争のせいで

人のパパ奪いやがって。


けどパパを殺ったんだから、もううちには襲撃はないだろう。

でもこの中の誰かが復讐に行くのかも、とか、その復讐の

せいでどこかの組の人の家族があたしやママと同じ思いを

するのかと思うともうやり切れない。


夕飯の時ママが、
「来月からみんなの引っ越しがあるからね」
と言った。どうも家の中の何かが違う気がしていたのは、

そのせいだったのか。確かにもうパパがいないのに、

若い衆たちもいつまでもうちにいてもしょうがないもんね。

みんなもこれからいろいろ大変だろう。


この家はあたしとママの2人には広すぎるし、こんな

ことがあったので、みつかり次第近くのアパートか

マンションに引っ越すことも聞いた。当たり前かも

知れないけど、全部あたしがいない間に決まっていた。

パパの小島組はどうなっちゃうんだろう。みんなが出て

行ってあたしたちも引っ越したら、あたしたちはもう

組との関係を一切絶つんだって。


心誠会本部のほうでは、“何かできることがあったら

言ってくれ”とか、うちの若い衆たちの中にも残って

あたしとママの面倒を見ると言ってくれた子もいた

らしいけど、本来組員でもないママやあたしが

いつまでも組の世話になるわけにもいかず、ママは

あたしと2人でやっていこうと決意をしたから、あたしも

そのつもりで覚悟するように言われた。それがどういう

ことなのか実感がわかないけど、たった2人きりの

家族としてママのことを助けていくつもりなので、

出来るだけ力強くうなずいてみせた。


あさってから学校だ。塾もだいぶ休んでしまった。

受験、大丈夫かなあ。あたしが親戚の家に行っている

あいだに、密葬に来れなかった学校や塾の友達も、

電話をくれたり親とお焼香に来てくれたらしい。皆、

あたしのことを心配してくれていたって。嬉しかった。

これからのことがすべて不安だったけど、なんとか

やっていけるかもと思えてきた。




(・・・その②からの続き)


パパが撃たれた日から、今いる親戚の家に預けられる

まで毎日を茫然と過ごした。


密葬の日。火葬場から帰って来客もまばらになり、

あとは若い衆たちやその奥さんたち、一部の親戚の

人たちに任せて、あたしとママは2人っきりでパパの

骨と一緒に奥の座敷の隣の仏壇のある部屋にいた。

あたしはその手伝ってくれている親戚の人たちが

帰る時に一緒に行って、うちが落ち着くまでそこにいると

いうことになっていた。


「失礼します」
と言って、川上さんが1人で入って来た。このところ、

みんな真剣に思い詰めた顔をしている。ママが無理に

笑顔を作って、弱々しい声で言った。
「ごくろうさん。ありがとね。あんたがよく気を利かして

やってくれたから、ほんまに助かったわ。これから組葬の

方もあるから、少し休んだら?」
川上さんはそれには答えず、いきなりあたしたちの

前に手をついて頭を下げた。
「姐さん、玲菜ちゃん、すいませんでした。おやっさん

守りきれなかった」


あたしは絶句して、川上さんの背中をみつめた。

ママも唖然としていた。あたしたちは、誰もしばらく

動かなかった。あたしは何か気のきいた言葉を言おうと

した。でも頭の中が真っ白で、言葉がみつからない。

自分でも知らないうちに目の奥が熱くなって、涙が

あふれてきた。ママが言った。

「顔をお上げんさいよ。あんたのせいやない。

しっかりしいや、な、川上」
ママはさっきとは打って変わって、いつもの気丈な

声に戻っていた。


「玲菜ちゃん、もう行くで」
突然、パパのお母さんの弟、つまりパパのおじさんが

ふすま越しに呼んだ。あたしはぐずぐずしてふすまを

開けられたりしないように、目に溜まった涙を着たまま

だった制服のそでで拭きながら、あわててなるべく

元気そうに返事をした。

「はーい。今、行くわーっ」

あたしはさっと立ち上がると、何も見ないようにして

一目散に部屋を出た。ママが言っているのが聴こえた。
「あの人もいい子分持てて幸せやったね」


家に残ったママや若い衆たちは今頃いろいろと大変

だろう。反対されてもあたしも残って何か手伝ったほうが

よかったかも。今頃みんなはどうしてるだろう。早く家に

帰りたい。でも家にいたらあの日のことばかり思い出し

そうで怖い。やっぱここに来ていられて良かった。少しは

気が紛れる。ママやみんなが悲しんでいるのを見なくて

済むし。



(・・・その①からの続き)


おばさんが戻ってきてテレビをつけてくれたり、冷たい

飲み物やおかしを出してくれた。朝食を食べたきり何も

食べていなかったけど、あたしは手をつける気がしな

かった。でもあまりおばさんに心配をかけるのもイヤ

なので、テレビに集中しているふりをした。


川上さんが迎えに来た。どのくらい時間が経ったのだろう。

もう外は暗くなっていた。さっき会ったばかりなのに、

川上さんはいつもとどこか違ってみえた。外に出ると

昼間の蒸し暑さの残る空気と、近所の家々で夕飯の

支度をしている匂いが混ざってしていた。そこだけいつもと

変わらない様子になぜか少しホッとした。


「大丈夫?」

歩きながら川上さんは聞いてくれた。あたしは黙って

うなずいた。

「おやっさん、家に帰って来ているから、

気をしっかり持って会ってやってください」


パパが帰って来てる。ほら、やっぱり死んでない。

でも気をしっかり持って会えってことは、頭とかやられて

あたしのことわかんなくなってたりするのかな、と思った。


家の前にはさっきよりもっと多くの組関係の人たちが

集まっていて、あたしと川上さんに次々に、

「ごくろうさんです!」

と頭を下げた。あたしはいつからかこの極道独特の

挨拶を嫌っていたけど、この時ばかりは慣れ親しんだ

この挨拶に安心させられた。


うちの前にいたのは、外見や雰囲気からみんな組関係の

人たちだと思っていたのに、一部挨拶をしてこない人たちが

いたのでそれは四課(マル暴)の警察関係者だろうと思った。

他にも制服の警官たちもいた。


家の中にも大勢の人がいた。あたしはリビングではなく

奥の座敷に連れて行かれた。中の様子がすっかり変わって

いて、そこにパパが寝ていた。白い布がかぶせてあった。

死んだ人を見るのは初めてだったけどあたしは一瞬で

何が起こったのか悟った。


ママも帰って来ていて、パパの側に座って泣いていた。

昔よくうちに来た、ママが姐さんと呼んでいるおばちゃんや

何人かの見覚えのある女の人がママのまわりにいるのが

おぼろげにわかった。


組関係の男の人もたくさん集まって来ていた。みんな

つらそうで、あたしも我慢できなくなって泣いた。でも

どこかでこれが現実に起こっていることとは思えずにいた。


抗争で誰かが死んだの撃たれたのという話は今までイヤと

いうほど聞いてきたけど、まさかそれが本当に自分たちの

身に降りかかって来るなんて思ってもみなかった。

撃たれた瞬間パパは何を思っただろう。


高校生になるところを見て欲しかった。去年はヤクザの娘と

いうことに対するクラスメートの目が怖くて仮病を使って

休んでしまったパパが楽しみにしていた運動会にも今年は

来て欲しかった。大人になったら一緒に飲みに行って

大人同士の会話もしたかったのに。


ずるいよ、パパ。パパ、寂しがり屋のくせに、あたしたちみんな

置いて行っちゃってさ。パパがいなくなってこれからあたしたち

どうなるんだろう。



(その③へ続く・・・)



あれから10日以上経ってだいぶ気持ちが落ち着いて

来たから、あの日あたしが見たことを出来るだけ詳しく

書こう。長い月日が経ってあたしが大人になってからも、

ずっと忘れないために。



8月14日木曜日。

もちろん学校は夏休み中で、ちょうど塾も休みだった。


あたしは朝ごはんのあと、ずっと自分の部屋で塾の

宿題をやっていた。途中でのどが渇いたので、下に

冷たいものを取りに行った。リビングにはパパと

川上さんだけで、他の子たちは仕事があるみたいで

誰もいなかった。あたしが入って行くと入れ違いに、

川上さんはリビングを出て裏の事務所に通じる

ドアがある廊下のほうに向かった。ママは東京の

学生時代の友達がこっちに来ているので、朝から

大阪市内まで出掛けて行った。


あたしが麦茶をコップについでいると、パパが言った。
「勉強ははかどってるんか?」
「うん、まあ一応ね」
あたしが答えると、パパは、
「そうか」
とうなずいた。それから、
「あ、そうや。今度の日曜な、またママと3人で

どっか行こうや。なん、おまえ、たまの息抜きも

必要やがな」
こないだの公園がよっぽど楽しかったに違いない。

パパは嬉しそうだ。
「ええよ。楽しみにしとくわ」


2階に戻る時、事務所に繋がる廊下からこっちへ

やって来る新入りらしき子の元気のいい挨拶に

軽く頭を下げて、あたしは自分の部屋に戻った。


あたしが再び勉強を始めて1時間位経っていたと思う。

突然、パンッ、ダンダンダンッという聞き慣れない妙な

音と、何かが割れる音と人の叫び声のようなものが

いっぺんにした。あたしは反射的にシャーペンを放り

投げて椅子から立ち、少しの間じっと耳を澄ませて

まわりの様子を窺った。


シーンと静かで何も聴こえなかった。また下で人の

声がしたような気がしたので、あたしは下に行こうと

してそっとドアを開けた。そしたらものすごい勢いで

階段を上ってくる川上さんがいた。
「玲菜ちゃん、部屋に戻って。絶対に出ないでください」

あたしは下のことが気になったけど、とりあえず部屋に

戻ってベッドの上に座った。川上さんはそのまままた

下に降りて行ったようだ。いったい何がおこったのか

すごく不安だったけど、いつにないさっきの川上さんの

取り乱した様子に部屋を出る気にはなれなかった。


しばらくして救急車が停まるのが聴こえた。パパに

何かあったの?


心臓はもちろん、耳までもがドキドキ鳴ってうるさい。

ゴクリとつばを飲み込んで大きく息をして、気分を

少しでも落ち着けようとした。


下がすこし騒がしくなってきたので、勇気を出して

こっそり様子を見に行った。そっと階段を下りる時、

意志に反して足がガクガクした。


家の中は思ったより静かだった。ママはまだ戻って

いないらしい。部屋住みの子たちはもちろん、普段は

事務所にいる人たちが大勢来ているのが見えた。

電話は鳴ってないけど、タケがどっかにかけまくって

いた。


パトカーも来て、警察の人が何人も家の中に入って来た。

絵理子ちゃんのお父さんとたかしくんが、入って来るなり

警察に無理矢理尋問されていた。


玄関は開けっ放しだった。門の外には人だかりがして

いるのが見えた。あたしは訳もわからず怖くなった。


川上さんがこっちに来るのが見えたので、自分の

部屋にいなくてはいけないはずのあたしは、

みつからないようにあわてて2階に戻ろうとした。

けど、川上さんはとっくにあたしに気付いていたみたいで、
「ちょっとこっちに」
とあたしを呼んだ。


白っぽいスーツとシャツに赤黒いものがいっぱいついて

いて、それが血とわかった時には本当に不安だった。

“いったいパパに何があったん?”と聞きたくても怖くて

聞けなかった。川上さんの顔を見たら泣きたくなったけど、

まわりに大勢の人がいたのもあり泣かなかった。


パパが運ばれて行った病院に行くと言われ、川上さんの

あとに付いて玄関の外に出ようとしたら、また警官が

もっとたくさん入って来た。そして家の中にいる人を

全員玄関の外に出して、門の前で一列に並べて

ボディチェックをし始めた。


外ではすっごいたくさんの野次馬が何事かと興味深げに、

けど遠巻きにみつめている。これがあたしに現実に

起こっていることとは思えずに呆然としていたら、あたしも

一緒に列に並ばされた。怖かった。刑事があたしのことを

調べようとした時、隣に並ばされていた川上さんが、
「この子はここのお嬢さんですから、組とは関係ありませんよ」
って言ってくれた。


あたしが見るからに未成年で、しかも中学生なのが

わかってか、あたしはボディチェックはなしで、でも病院には

行けずにそのまま3軒隣の家に連れて行かれた。


病院には組関係の人たちが大勢詰め掛けていて、

大混乱になっているらしい。あたしから見たら他人で

ある組関係の人たちが行けて、なんでたった1人の娘で

あるあたしがパパのそばに行けないのか、理解できな

かった。


連れて行かれた家にはその時おばさんだけしかいなくて、

おばさんはあたしをリビングに座らせてくれた。この人たちは

もちろんカタギだ。たまたま家が近くなだけ。いつも感じの

いい人たちだったのに、こんなことに巻き込んじゃって悪い

気がする。


おばさんが何かを取りに部屋を出て行って、あたしは

ひとりになった。ひとりになったら泣けてきた。おばさんが

戻って来ちゃうとやだから、そばにあった台ふきで急いで

涙を拭いた。


しばらくそこにいると、誰かが訪ねて来た。おばさんが

玄関まで出て行って、
「どないやった?」
と、声を密めて聞いているのがわかったので、気付かれ

ないように首を伸ばして玄関の方を見た。俊弘さんらしき

人が黙って首を振った。


え。パパ死んじゃったの?って一瞬だけ思って、すぐに

そんなわけないかって打ち消した。きっと弾がしっかり

貫通してて、よっぽどひどく怪我したのかも、なんて

考えていた。



(その②へ続く・・・)



今、親戚の家に来ている。カタギの家だ。うちは

当分いろいろゴタゴタするから、あたしはいない

ほうがいいと言われた。


ここの家でのやりとりを見ていると、平和だなーって

つくづく感じる。家族の会話に極道がらみの話が

出ることもないし、もちろん部屋住みの若い衆も

いない。


あたしだってこういう家に育っていれば、こんな

悲しい思いや、やり場のない怒りや不安を感じたり

しないで済んだのに、ってちょっとだけ思って

しまった。


でもやっぱりあたしはパパの子供でよかったと

心から思う。パパがもうこの世にいないなんて、

今でも信じられない。


もう声を聴くことも、手を触れることもないんやな。


うそみたい。実感がわかないよ。家に帰ったら

フツーにリビングに座っていて、若い衆たちを

怒鳴ったりあたしに笑いかけてくるような気がする。