お昼少し過ぎ頃、和枝から電話が来てこれからまた先輩に
会いに行こうと誘われた。宿題も終わったし暇だったので
OKした。こないだママから和枝に奢るようにと貰った小遣いも
忘れずに持った。

今日は駅や港とは反対の方の誰かのアパートに連れて
行かれた。狭くて古いワンルームにたくさんの人が
集まっていた。こないだの夜みかけた顔もいくつかあった。
昼間っからゴロゴロ寝てる人や、ビールを飲んだりタバコを
吸いながらしゃべっている人、シンナーでもやっているのか
トロンとした目をした人もいた。部屋の中も雑誌やタバコの
吸殻や空き缶、コンビニの袋やスナックや弁当の食べかすなどで
ちらかっていて空気も悪かった。こういうところに来るのは
初めてで、ビックリして立ちすくんでいると、奥から多賀子と
弘美と靖子があたしの名前を呼んだ。

この子たちはあたしのことを“玲菜”と呼び捨てで呼ぶ。
今まで若い衆からも友達からも親戚からも“ちゃん”付けで
呼ばれたことしかなく、あたしを呼び捨てで呼ぶのはパパと
ママだけだったので、なんとなく照れくさいけど嬉しい。 

しばらく小さくなって様子をうかがっていると、玄関のドアが
開いてこないだ港で見かけた男の子と、もう1人同じ位の
年格好の男の子が入って来た。そのとたん、部屋でゴロゴロ
していた男の子たちがきちんと座り直したり立ち上がったりして、
口々に挨拶した。あたしが一瞬ア然としてポカンとしたままで
いると、弘美がビックリしているあたしの顔を覗き込んで、
笑いを含んだ声で言った。
「アハハ。びっくりしてん?あたしも初めて来た時、ビビッたワ。
けど、こういうのってかっこええ思わへん?」
あたしはただだまって口元だけで笑い返した。

ビックリしたのは本当だけど、あたしが驚いたのは
みんなまるでうちの若い衆みたいな挨拶の仕方をするんだもん。
一瞬、この人たちは暴走族じゃなくて極道だったんじゃないかと
思ってしまったのだ。



登校日なので学校に行った。 出席率は半分ちょっと。
瑛子ちゃんたちはみんな来ていた。和枝や靖子たちは
来ていなかった。


おとといは、家に着いたら12時近く なっていた。パパは
まだ帰っていなかったので助かったけど、ママは
カンカンだった。

ママが10時ごろ和枝のうちに電話したら、和枝の
お母さんから、2人と も7時ごろ出ていったきり
戻っていないと言われたらしく、いったいそんな
時間まで何をしていたのかとしつこく訊かれた。

あたしは正直に言ったら大変なこと になると
わかっていたので、和枝に駅前のファミレスで
おごってもらい、そのままそこでしゃべっていた
ことにしてしまった。とりあえずは信じてくれた
らし い。

しかも今回のお礼に今度和枝に奢るようにと
小遣いもくれた。お金を貰えてラッキーだけど、
ウソをついたのでちょっと悪い気もした。



昨日の約束通り、6時ごろ和枝のうちに行った。ママには
和枝のうちでご飯をごちそうになると言って家を出た。
和枝のうちに着くと、こないだ遊びに行った時は留守だった
和枝のお母さんがあたしを久しぶりに見て、喜んでくれた。
覚えていてくれたらしい。

和枝は自分の部屋にあたしを案内すると、今まで着ていた
カジュアルな服をガラっと大人っぽい格好に着替えて、
化粧をすると、

「行こうか」

と言って部屋を出ようとした。てっきり和枝の家で先輩と
会うと思っていたあたしはビックリして言った。

「ちょっと、待って。どこ行くん?」

「外でなんか食べてから先輩に紹介するから」

和枝は言った。

あたしはあわてた。

「あたし、ほとんどお金持ってないねんけど」

「へーき。あたし持ってる」

和枝は黒っぽいポーチをたたきながら言って、
さっさと玄関でくつを履き始めた。おばさんが
リビングから出て来て和枝に言った。

「出掛けるの?」

和枝はそれには返事をせず、冷たい目でチラっと
おばさんを見ただけだった。おばさんはオドオドした
ようにちょっと笑うと、今度はあたしに向かって言った。

「玲菜ちゃん、もう帰んの?夕飯でも食べてけばいいのに。
今も何か冷たいものでも出そう思うてたとこやったのに・・・」

なんだかおばさんがかわいそうだった。和枝の妹の
雪枝ちゃんが、リビングからちょこんと顔だけ出して
のぞいていた。あたしはかなり気がひけたけど、
和枝がもう玄関の外に出てしまったので、
仕方なく言った。

「あの、また来ます。お邪魔しました」

そして雪枝ちゃんに向かってニッコリ笑って手を振った。

表に出ると和枝はどんどん駅の方に向かって歩いていった。
不機嫌そうな顔をしていたが、何も言わなかった。あたしも
おばさんに対する和枝の態度にはどうかと思ったけど、
やっぱり何も言えなかった。普段の事情も知らないのに
余計なことかと思ったし、和枝の機嫌を損ねるのも面倒だった。

駅を超えて更に20分くらい歩いて、港が見えてきた。

あたしは夜は滅多に港のまわりには行かない。
このまわりはいつも地元の不良や暴走族の子らが
たむろしているので有名なところだ。ママや学校の
先生からは、小学生の頃からずっと、暗くなってからは
1人や友達同士では絶対に行ってはいけないと言われている。
でも和枝は急ぎ足でたむろしている子らのところへ
歩いて行った。仕方なくあたしもあとに続いた。

和枝はほとんどの子と顔見知りらしく、みんなと挨拶を
交わしている。みんなあたしたちよりは年上みたいで、
高校生かそれ以上の人たちのようだった。チラホラと
同じ学校の2、3年の先輩の顔もみえた。和枝も
ほとんどみんなに敬語でしゃべっている。

タバコを
くわえながら話に夢中になっている和枝の横にしばらく
ぼんやりと座っていると、誰かに肩を叩かれた。

靖子とその他に数人、学校で顔を見覚えのある
1年の子たちがいた。服や化粧の関係か、または
夜の暗闇の中で見るせいか、学校で見る時とはみんな、
特に女子は別人のようでちょっと不思議な感じがした。

気付いたらあたしたちが来た時より、もっとたくさんの
子たちが集まって来ていた。腕時計をみると8時半ちょっと
過ぎだった。

そのうち和枝は先輩らしき女の人と立ち上がると、
靖子ともう1人うちの学校の1年の子とあたしに言った。

「そこのファミレスに何か食べに行かへん?」

集まっていた中の男の子2人が駅のそばのファミレスまで
車で送ってくれた。和枝の女の先輩も男の子2人も
大人っぽく見えるけど、16歳だそうだ。みんな高校へは
行っていないらしい。

ファミレスではあたしたちみんなの分を男の子たちが
ごちそうしてくれた。食べ終わったあと、みんなでまた
元いた港まで戻った。さっきよりまただいぶ人が
集まっていた。車で来ている人もいるけど、バイクが
1番多いようだ。皆、大きな音や声をあげて好き勝手に
走りまわっている。また時計をみたら11時過ぎていた。

ヤバイ、もう帰らなきゃ。ママたちが心配している。まわりを
見回したけど、みんなは全く帰る気配がなかった。
言い出しづらかったけど、思い切って和枝に言った。

「あたし、もう帰らな・・・」

和枝はイヤな顔もせず、さっきファミレスでおごってくれた
男の先輩のうちの1人をつかまえて、あたしを送るように
頼んでくれた。これから皆はバイクで走りに行くらしく
先輩は最初しぶっていたけど、あたしと和枝を乗せて
ちゃんと家の前まで送ってくれた。

実際はうちの前ではなく、うちから数軒離れた
家の前だけど。うちの前だと、万が一うちの誰かが
みていたり、エンジンの音で気付いたりすると
いけないので、和枝のアドバイスでわざとそうしたのだ。
和枝はそのまま先輩と一緒に皆のところへ戻っていった。


ここんとこ毎日、友達4人で 宿題をしている。今日は
初めてあたしの家で集まった。この分だとけっこう
早いうちに宿題が片付きそう。小学校の時までは
1人でやっていたのでなかなか片付かず、夏休みが
終わるぎりぎりに若い衆たちに手伝って貰ってなんとか
終わらせていた。


3人が来た時、リビングにはママと五郎と久志くんしか
いなかった。2階のあたしの部屋で勉強していると、
途中で久志くんがスイカののったお盆を持ってきたので、
休憩することにした。久志くんは、
「どぉ、勉強 はかどってる?」
と、みんなに聞いた。みんなはそれぞれに答えた。
しばらく言葉を交わして久志くんが下に行ってしまうと、
ちーちゃんが聞いた。
「あの人、誰?玲菜ちゃんのお兄ちゃん?」
あたしはなんと答えようかと迷っていた。
「ううん、違うけど・・・」
「でもここに住んでるん?」
「うん」
「ふ~ん」
みんなは久志くんのことを親戚か何かと思ったらしく、
それ以上は何も聞かなかったので安心した。

別にウソをついたり隠したりするつもりはないんだけど、
小学校の中ごろまでは友達がうちに遊びに来た時、
若い衆の誰かに会っても特に何も聞かれることもなかった。
たまに聞かれても、
「お兄ちゃんや」
と言ってしまっていた。パパの仕事を隠す、というよりは
ただ単純に兄弟がいる気分を味わいたかったから。
でも最近ではそれでは通用しない。パパの仕事を
隠すつもりはないとは言っても、あたしもけっこう
気を遣っている。

久志くんは20歳になったばかりだし、外見や服装も
普通の学生と変わらないので、余計に皆そんなに
気にしなかったんだろうけど、これがタケや
たかしくんや川上さんみたいなタイプだったら
ちょっとあぶなかったかも。

休憩にしてスイカを食べていたら、ママが和枝から
電話だと言いにきた。瑛子ちゃんたちは驚いて顔を
見合わせた。下に降りて行って電話に出ると、和枝は
明日の夜先輩たちを紹介したいので、和枝の家に
来るように言った。

あたしが部屋に戻ると美貴が言った。
「和枝ってうちのクラスの山下和枝やろ?
なんで玲菜ちゃんに電話してくるん?」
あたしは言った。
「あの子、小学校4年まで同じ学校やったから」
美貴がまた言った。
「知ってる。5年からはうっとこの学校に転校して
来たんよ。あんま、付き合わんほうがええよ。
派手で目立ってるし、先生や先輩にも
目ェつけられとるし」
瑛子ちゃんも言った。
「うちら旅行の時同じ班で、最後の夜けっこう
しゃべったやろ。まぁ、それはええねんけど、
あの人たちタバコや酒持って来て夜中に
飲んでたやん」
他の2人がビックリした。あたりもビックリして言った。
「え?あの旅行の時?いつ?あたし全然気が
つかなかってん」
瑛子ちゃんは笑いながら言った。
「玲菜ちゃん、早うに寝ちゃったやん」
あたしたちはみんな笑った。美貴がまた言った。

「とにかくほんまに気をつけたほうがええよ。他に
どんな悪いことしとるかわかったもんやないわ」

和枝はもちろん他の3人も、しゃべってみた感じでは
見かけほど悪い子たちじゃないような気がしたけど。
なんとなく明日和枝と会う約束をしたことは
言い出しにくくなってしまったので、黙っていた。
それによく知りもしないのに見かけで判断する
美貴たちになんとなくムカついたのも事実だ。

カタギの家の子たちでも和枝たちみたく
ちょっと目立つと、フツーの子たちから
悪く言われちゃうんだと思うと、なんとなく
かわいそうでもあり、少しだけ親しみも湧いた。

夜、パパから五郎、ダスキン、桜井くんの3人が
来週いっぱいで部屋住みをやめると聞かされた。
もちろんこれからも小島組にはいるんだけど、
部屋住みするのはやめるのだ。こういうことは
しょっちゅうで、だいたい3年くらいで入れ替わることが
多いみたい。うちでそれ以上いるのは川上さんだけだ。

今回は何人もいっぺんに出ちゃうせいか、あたしも
いろいろ考える年頃になってきたせいか、今までの
時より寂しい気がする。またすぐ別の子たちが
来るんだろうけど。

たかしくんも結婚するのでもうすぐ近くのアパートに
引っ越すらしい。結婚を機に出る人も多いみたい。
たまにはカタギになる人や逃げ出しちゃう人、
破門になる人、懲役に行っちゃう人もいる。



またちーちゃんの家で4人で 宿題をした。
小5の弟と小3の妹がいて、宿題が終わったあと
公園で妹と少し遊んであげた。

あたしは一人っ子だし、昔からまわりに大人しか
いなかったから、小さい子とかって新鮮でおもしろい。

しばらくして喉が渇いたので近くのコンビニに
行ってアイスを買ってまた公園に戻った。

明日はみんなで瑛子ちゃんの家で
宿題をすることにした。



瑛子ちゃんと美貴とちーちゃ んと遊んだ。
学校のグラウンドで部活の練習をしている子たちを
見たりブラブラしたあと、ちーちゃんの家に行った。
この3人は、今クラスで1番仲が良く4人グループに
なっている。

ちーちゃんはこないだの3月に和歌山から引っ越してきた。
他の2人もそれぞれ違う小学校の出身だ。クラスには
ほかにも同じ小学校からの子で仲のいい子が何人かいる。

夏休みでみんなと毎日会えないのがつまんない。
たまにはこうやって一緒に遊んだり、宿題をしてはいるけれど。



和枝がまた電話してきた。旅行は無理でも、近いうちに
先輩たちを紹介したいと言っていた。なんとなくその先輩と
いう人たちのタイプも想像がついたので、あまり気が
進まなかったが、特に断る理由もないのでOKしておいた。

そのあと、瑛子ちゃんから電話があった。瑛子ちゃんとは
旅行の班を決める時、一緒にジャンケンで負けて
和枝たちの班に移ってから特に親しくなった。今では
クラスで1番仲がいい。

近所の本屋に一緒に行ったあと、コンビニで
アイスを買って公園で食べた。



夕飯の支度をしているママのところへ行って、和枝の
先輩たちとの旅行の話を切り出してみた。

予想通り、ママは反対した。

「よく知りもしない人たちと子供だけで旅行なんて、
とんでもない」


と言われた。

「でも和枝の先輩も行くんよ」

「そやかて、子供には違いないやないの」

あたしはいろいろな手を使って説得したけど、
ママはもう聞く耳を持っていなかった。

料理はヘタだけどいつも明るい桜井君が
食事当番で一緒にキッチンにいたので、
ウマイこと言ってあたしの味方になってくれるかと
思いきや、逆に桜井君は、

「そら、絶対やばいわ。やめといたほうがええ」

と言ってあたしの敵に回った。

裏切り者め!もうアンタが掃除当番や洗濯当番の時、
こっそり抜けてタバコやパチンコ行ったり彼女んとこ行く時、
パパや川上さんにうまく言っておいてやらへんからな。


そのあとで和枝の家に電話して、やっぱり旅行には
行けないと伝えた。ちょっと残念だったけど、一方で
なんとなく安心した。和枝は別に気にした様子も
なかったのでよかった。


夏休み中。今年からは夏休み 恒例の朝の玄関や
家の周りの掃除の手伝いはナシと言われた。
やった~!でもその代わり勉強を頑張るように言われた。

昼間、和枝から電話があってこれからあたしんちに
来てもいいかと訊いてきた。宿題も今日の分は
終わったし、ヒマだったのでOKして途中まで迎えに
行くことにした。コンビニで待ち合わせした。うちに来る途中、
偶然靖子に会った。これから和枝の家に行くところだったらしい。
それであたしたちは方角を変えて和枝の家に行くことにした。

和枝の家は誰もいなかった。いろいろ話してるうちに、
この夏休みに和枝の先輩たちが旅行に行くので、
あたしも一緒に行こうと誘われた。ちょっと迷った。
今まで友達だけで旅行に行ったことはないし、
その先輩という人たちもあたしは全然知らないし。
ママたちがOKするとも思えなかった。あたしが
迷っていると、和枝は多賀子と弘美も呼ぼうと
言って2人の家に電話をしにいった。

多賀子の家ではお母さんが出て、昨日から
帰っていないと言ったらしい。弘美はしばらくして
やってきた。
「多賀子、昨日から帰ってないなんてどこに
いってるんかな」
弘美が言った。それからしばらく、和枝と靖子の3人で
“あの先輩のところだろう”とか“いやあっちの男の
ところに違いない”などと話して盛り上がっていた。

あたしは黙って聞いているだけだったけど、
そんなにいろんな男の子と泊まり歩いているらしい
多賀子やそれを当たり前のこととして話している
3人に内心驚いていた。こういうカンジの子たちは
今まであたしとは縁のないタイプだ。旅行の班が
一緒になってからこんなふうに時々一緒に
行動するようになったのが、自分でも不思議なくらい。

そのうち靖子が多賀子のお兄さんがヤクザになった
らしいというウワサを聞いたと言い出した。
「ウッソ。そんなウワサ聞いたことないわ。でも
多賀子をみてるとありえるな」

と弘美が言った。

あたしは突然出てきた“ヤクザ”という言葉に
思わずビクっとしたけど、誰にも気付かれなかった
みたい。パパの職業のことを知ってるはずの和枝も
いたので、あたしのこともそのうち言われるような
気がして内心ドキドキしたけど、すぐに話は違う
方向へ進んだので安心した。

それからしばらく雑談して、先輩と旅行のことを
家族に訊いてみるということで別れた。3人は
それからまたどっかに行ったみたい。


やっと家に帰って来た。

旅行はそれなりに楽しかったけど、やっぱ家が
一番落ち着く。疲れていたけど、おみやげを
渡しながらみんなに旅行先の話やクラスの子から
仕入れてきた怖い話などをして盛り上がった。

明日は学校は休みで、あさってはもう終業式


旅行最後の夜は、やっと他の3人とも話すように
なって楽しかった。消灯のあと、おかしや飲み物を
持ち寄って遅くまでしゃべっていた。でも途中で
眠くなって記憶がなくなった。そのあとも他の皆は
盛り上がっていたみたいだけど、あたしは寝て
しまったのでよくわからない。

靖子、弘美、多賀子の3人もしゃべってみたら
意外といい子たちだった。今までのはあたしの
偏見だったのかな。